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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百五十九話 やっぱり、死ななきゃ治らない?

シディーの兄、ガルトーが作った聖剣に、鹿神様の加護を付与してもらった俺たちは、再び帝都の屋敷に戻ってきた。しばらくすると、アガルタの迎賓館のパターソンから俺に、迎賓館まで来て欲しいという連絡があった。


俺は早速、迎賓館に転移する。シディーも一緒だ。部屋で休めと言ったのだが、彼女はどうしても付いて行くという。封じ込めたキャバレットのことが気になるらしいのだ。


「ああ、アガルタ王様、コンシディー王妃様までも……。お忙しいところお呼びだてして申し訳ございませんでした」


相変わらずパターソンはペコペコと何度もお辞儀をする。マジで腰を痛めないのだろうか? いや、既に腰を痛めているのかもしれない。そんなことを考えていると、彼は、まずはこちらへと俺を窓際に案内した。


「恐れ入ります、王妃様はその……ご遠慮いただけますか? あっ、ちょうど今、見ることが出来ます。まずはアガルタ王様、その窓の外の鏡をご覧ください」


不思議そうな表情を浮かべるシディーを目で制して、何事かと思いながら窓の外にある、木の枝に吊るされている鏡を見る。よく見るとそこには、メインティア王らしき人物が映っていた。しかも、彼はどうやら全裸でいるようだ。そして、壁に向かって両手を上げながら、カクカクと卑猥に腰を振っている。これは、絶対シディーに見せるわけにはいかない。


「何のプレイだ? あれは?」


「5日ほど前から、ずっとあの調子なのです」


「はあ? 5日も裸でいるのか?」


「はい……その……」


パターソンが言うには、キャバレットの霊が封じ込められた短剣を託された日から、彼はこの部屋に閉じこもっているのだという。決して誰にも扉を開けることを許さず、部屋の中から時折「はぁぁぁぁぁぁぁ」だの、「オッホォォォォォ」などの嘆息とも喘ぎ声ともつかない声が聞こえてくるらしく、パターソンたちはそれで王の生存を確認していたのだという。


部屋に籠って5日目あたりまでは、食事の時間は部屋から出てきたそうだが、それ以降は部屋から出て来なくなった。部屋をノックしても返事はなく、部屋に入ろうとすると、扉が開かない。何とか、かろうじて体半分くらいは開くのだが、何をどうしてもそれ以上は開かない。仕方なく彼らは、その隙間から水や食事を差し入れているのだそうだ。


そんな状態になって2日。果たして差し入れた食事を食べているのかどうかもわからない状態が続き、彼らはいよいよ心配になった。そこで、外の木に登り、枝がミシミシと音を立てる中、何とか王がひきこもっている部屋の窓を覗いてみると、俺が見た光景が広がっていたのだという。彼らは常に王の様子を見るために一計を案じ、窓の中が見える位置にある木の枝に鏡を吊るし、隣の部屋からでも中が見える体制を整えた。


常に王の姿を確認することは出来ないが、それでも時おり鏡に映るその姿から、どうやら彼は気が向けば差し入れられた食事を手づかみで食べているらしく、餓死する心配はなさそうだった。だが、一体それがいつまで続くのか、さすがにパターソンたちの心配は頂点に達した。そこで、仕方なく俺に助けを求めてきたというわけだ。


「しかしだな、どうしろというんだ? どう見ても変態プレイ中としか思えないんだが?」


「そんなことを仰らないでください。王が……我が王が心配なのです。本当に狂ったのではないかと……」


パターソンはポロポロと涙をこぼしながら話しかけてくる。俺は大きなため息をつきながら、彼に言葉をかける。


「まあ、あれを見せられては、狂っていると思われても仕方がないな」


「やはり……そうでしょうか……。もう10日以上になりますものね。その前からですから、ほぼ、三週間近くになります……。ああ、こんなことになるのなら、早く連れてくるべきなのでした……」


「連れてくる? 何の話だ?」


訝る俺に、パターソンは驚いたような表情を浮かべて口を開いた。


「ノレーンの懐妊がわかって以来……。三週間、三週間近くも、我が王は女を抱いていないのです。朝に昼に夜に女を抱かねば満足されない王が、ひと月近くも空閨なのです。今までなかったことです。そんな状況に我が王が耐えられるはずもないのは、子供でも分かる話なのでした。ああ、私が付いていながら何と言うことだ……。こんなことなら、どこかで女を手に入れて、王に抱かせればよかったのです……」


「……ッ、最低」


シディーが、まるで汚いものを見るかのような目でパターソンを見ている。俺は苦笑いを浮かべながらその様子を眺めていると、シディーがゆっくりと俺に視線を移す。


「要は、メインティア王を部屋から出せばよいのですよね?」


シディーのその言葉に、俺はチラリとパターソンに視線を移す。彼は驚いたような表情を浮かべながらコクコクと頷いている。その様子を見たシディーは、面倒くさそうな顔をしながら部屋の中を物色する。そして、ノレーンと何かを話し合いながら、大きな白い布を持って来て広げ、そこに何やら文字を書きだした。


「美しい!」

「何と美しいのだ!」

「とても美しいですね! まるで絵のようです!」

「ああー消えてしまうー惜しいなーこんなに美しいものが消えてしまうー残念だー」

「チッ。……でも、美しいですね! 本当に感動しますぅ」


……俺のセリフ廻しが気に入らないのだろう。シディーが舌打ちをしている。そして、睨んでいる……怖い。


いや、俺は頑張ったのだ。本気を出して、歌舞伎の十五代目市村羽左衛門のようなセリフ廻しを真似てみたのだ。何? 十五代目羽左衛門を知らない? ……それならいい。でも、よかったら調べてみな? 超オトコマエだよ? ともあれ、俺たちは、シディーが白い布に書いたセリフを、迫真の演技で読み上げたのだ。


「メインティア王は、美しいものがお好きですよね? リノス様の棒読みが気になりますが、たぶんこれで釣れると思いますよ?」


「何を言うんだ。敢えてあのセリフ廻しにしたんだ。……それにしても、魚じゃないんだから。そんなことで出てくるかな?」


そんなことを言っていると、メインティア王がひきこもっている部屋の扉から、ドン! と何かを叩くような音がする。全員の視線がそこに集中する。またしばらくすると、ドン! ガリッ!ガリッ!ガリッ!と何かを引っ掻く音がする。そして、しばらくの静寂のあと、ゆっくりと扉が開かれた。


「美しいものとは、どれだい?」


キラキラとした目で現れたメインティア王。一糸まとわぬ裸体、顎の周りに苔のように生えている髭……。完全に変質者の風貌で、見る者全てに不快感を与えると同時に、ここ数日風呂に入っていなかったのだろう、部屋の中からもさることながら、彼の体からも、ものすごい臭気が放たれていた。


「ウップ」


その臭いに耐えかねたシディーは口元を抑えながら脱兎のごとく部屋を出ていってしまった。感性が研ぎ澄まされている時期だけに、嗅覚も人並み以上になっているのだろう。彼女に感じる臭気は、鼻がひん曲がる程度では済まなかったのだろう。


「……一体、何をやっているんですか?」


「ああ、アガルタ王、君か。叔父上の魂を鎮めようと思ってね。ちょっと頑張り過ぎてしまったかな?」


いつものように、にこやかな笑みを湛えながら口を開くメインティア王。俺もその臭いには耐えかねてしまい、すぐさま俺は臭いを除去する結界を自分に張った。パターソンたちも顔をしかめている。ただ、ノレーンだけはポーカーフェイスなのか、表情が変わっているようには見えない。


「まずは、風呂に入ってもらいましょうか。おい、パターソン」


俺が促すと、彼はすぐさま王を浴室に連れて行った。そして、残った従者たちは王の部屋に入り、「ウエッ」とか「オエッ」とかいった声を上げながら、部屋を掃除し始めた。俺はその間に帝都の屋敷に帰り、ソレイユの部屋に向かう。


「あら、お珍しいですね。まだ日の高いうちから……。でも、うれしい」


「あ、いや、そうじゃないんだ。いや、脱がなくていい……。その……ソレイユの持っている香水を借りられないかと思ってね」


「香水、ですか?」


「ああ、できるだけ香りの強いヤツがいいかな」


「それでしたら……この、カリサリキの香りなどおすすめですわ」


「ありがとう、それを借りていくよ」


そう言って俺は再びメインティア王の部屋に転移した。部屋に入ると、風呂から上がったのだろう、バスローブ姿のメインティア王が、ソファーにゆったりと腰かけていた。俺は彼には構わず、すぐさまひきこもっていた部屋に、ソレイユから借りた香水をふんだんに振りまいた。そして、メインティア王の前に座る。もうよかろうと結界を解除してみたが、やはりまだ臭う。俺は黙って彼にも香水を振りかけた。


「いや、迷惑をかけたね」


「一体何をやっていたんですか? 全裸で踊っていましたよね? どう見てもスケベ大明神に祈りをささげているようにしか見えなかったですよ?」


「ハッハッハ! そんなまさか。いや、叔父上の魂を慰めるためのものを作っていたんだ。絵筆を使うから汚れるんだ。裸になっていたのは、そのためだよ」


「腰を振っていたのは?」


「そんなところまで見ていたのかい? あれは眠気覚ましだ。絵を描きたいという欲求があるにもかかわらず、睡魔が勝ってしまう時があってね。その時は全身を揺らして睡魔を跳ねのけていたのだよ」


「いや、そこは寝ましょうよ」


「そうもいかんのだ」


突然、彼は真顔になり、低い声でしゃべり始めた。


「叔父上の憎しみは相当なものだ。……パターソンがすべて教えてくれたのだ。それを慰撫するのは、並大抵のことではない。叔父上の魂は、未来永劫、我がフラディメ国において鎮め続けねばならないのだ。そのためには、我らもその覚悟を叔父上に見せる必要がある。ダラダラとしていては、叔父上にその思いは伝わらない。だからこそ、私は不休不眠で叔父上の魂を鎮める証を作ったのだ」


その時、従者の一人が、王の部屋が片付いたと報告に来た。彼は鷹揚に頷きながら、俺に向かって声をかける。


「その証はほぼ、完成したんだ。君にも見せよう」


そう言って彼はスタスタと部屋に入っていった。仕方なく、俺もその後を付いて行く。


ソレイユの香水をもってしても、部屋にはまだ、若干の臭気が残っていた。この臭いはおそらく……アレだ。マジでこの数日間、部屋から出ていなかったらしい。そんなことを考えていると、扉のすぐ前の床一面に、白い大きな板が置かれているのが見えた。どうやら、このデカイ板を扉に立てかけていたようで、それで扉が開かなかったのだ。メインティア王は、パターソンたちに命じてその板を引き起こし、壁に立てかけさせた。


……そこには、今にも動き出すのではないかと思うような、とんでもなくリアルな人物画が描かれていた。


キャバレットと思われる大柄な男、その隣には、彼の妻と思われる美しい女性。そして、その間には、聡明そうな顔をした少年が描かれていた。しかも、描かれている三人は、互いに手をつなぎ合っていた。一見しただけで、深い愛情で繋がり合っている家族の姿がそこにあった。


「我が国で、叔父上一家のことは消された形になっている。私は、叔父上のことを忘却の彼方に葬り去るべきではないと思う。叔父上一家のことは、我ら王家が子々孫々に至るまで、その魂を鎮め続けなければならない。叔父上は、ご自身や家族が忘れ去られることを最も恐れておいでなのだ。叔父上の魂を慰撫するのは、我々が彼を、彼の家族を忘れないことだ。叔父上のことは、未来永劫我が国で祀る。……ご安心くださいね、叔父上」


彼は優しそうな笑みを浮かべて、傍らにあった、キャバレットが封印されている短剣を見た。何となく、ではあるけれど、その短剣の雰囲気が変わったような気がした。


「私が帰国する時はこれを持って帰ろう。ちゃんと、持ち運びができるように、バラバラに出来るようになっているから、パターソンたちは、安心していい」


そう言って彼は、満足そうに頷いた。


「失礼します」


突然部屋に入って来たのは、ちょっと小太りの、小柄な女性だった。


「恐れ入ります。ノレーン様のご機嫌伺いに参りました」


「ああ、どうぞ」


パターソンが彼女を部屋に招き入れる。その直後、俺に小さな声で、彼女は先日からノレーンの体調管理を担当することになった医師だと説明してくれた。


「それでは、ノレーン様のこと、よろしくお願いします」


「待て、パターソン!」


突然声を上げたのは、メインティア王だった。俺は何事かと彼をガン見する。


「そなた……名は何と言う?」


「えっ? あっ、はい。お初にお目にかかります。ノレーン様の主治医をしております、カナルと申します」


「カナル……。年はいくつだ?」


「はい、28歳でございます」


メインティア王は、ゆっくりとカナルの許に近づいていく。そして、彼女の顔をじっと見る。


「あの……」


「美しい! 参れ!」


「えっ? あのっ。 え?」


メインティア王はいきなりカナルの腕を掴み、ものすごい速さで隣の部屋まで引きずっていった。その後をパターソンが慌てて追いかけていった。


「やっぱり、バカ殿じゃないか……」


そんなことを呟きながら、呆気に取られてしまった俺は、しばらくその場を動くことが出来なかった。

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