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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百四十二話 連中と飲み食い

よく晴れた日の午後、リノスはおひいさまの屋敷に来ていた。フェリスとルアラによって、彼女の屋敷に放り込まれたゴンは、夜が明けても帰ってこなかった。屋敷では既にゴンの存在は消された形になっており、誰も彼を迎えに行こうと言う者はいなかった。リノスは仕方なく、手に持ちきれない程のお供えを持っておひいさまの所に赴き、事情を説明することで、ゴンはやっと解放されたのだった。


ゴンは号泣していた。おひいさまの眷属を辞めて、普通のキツネに戻るとまで言い出したのだ。彼曰く、口に出すのも憚られるほどのお仕置きを受けたとのことだったが、それもこれも、全て自業自得なのだ。


「ゴン、このままでは屋敷に帰りづらいだろう。一旦、アガルタの迎賓館に行くぞ。メインティア王と色街に行く打ち合わせがあるんだ。そこに同席してくれ」


「ううううう……わかったでありますー」


そう言って二人はアガルタに転移していった。



話を聞いたメインティア王は満足そうに頷いていた。そして、しばらく遠くを見るような目で、虚空を眺め続けた。


「何か?」


訝るリノスに、王はニコリと笑って言葉を返す。


「いや、もう少し、華やかに行けないかと思ってね。別に悪いことをしているわけじゃないから、コソコソ行く必要はないと思うんだ。でも、あまり大っぴらにやるとね。私の警護や何かでアガルタ王に迷惑がかかる。何かいい案はないかなと思ってね」


「王のお気持ちもわからぬではないでありますがー」


そう言ってゴンは、困った表情を浮かべながらリノスを見る。


「アガルタ王、何かいい案はないかな? いや、費用については心配いらないよ。父が全て負担するからね」


「いやいや、メインティア王。あなたが使おうとしている金は、国の民が納めた税でしょう? 国の人々が汗水流して働いて納めた税を、あなたの遊びに使うのですか?」


リノスの言葉に王は困ったような表情をする。


「ちなみに、俺は王という身分ですが、自分で商売をしています。自分の食い扶持は、自分で稼いでいますよ?」


「ウフフ、アガルタ王はまるで父のようなこと言うね? でも、父と違うのは、自分できちんと金を得ているということだ。……よし、わかった。では、私の遊びの代金は、アガルタ王から借りることにしよう。そして、ここで逗留する間に返済していこうじゃないか。これでどうだい?」


「返す当てがあるのですか? 大上王に泣きつくというのは……」


「泣きつかないよ。アテはあるんだ。私は絵を書くのが好きでね。その絵を売って資金を稼ごうじゃないか。……そうだな、名前も変えた方がいいな。メインティアの名前では、名前だけで売れていると思われるからね? 何か、いい名前はないかな? あ、そうそう、私が描いた絵はこんな感じだよ」


ニコニコと笑みを湛えながら、王はアガルタまでの道中で描いた絵日記をリノスに手渡した。彼はそれをしばらく見つめていたが、やがて顔を上げ、王に向かって口を開く。


「何だか……ものすごい絵を書きますね」


「へえ、珍しいね。私の絵をすごい、と評したのはアガルタ王が初めてだ」


「絵の良しあしはよくわかりませんが、何だかニオイまでわかる気がします。ゴン、この絵を見てみろ」


リノスは絵日記をゴンに渡す。


「な? 汗のにおいまで伝わってこないか?」


ゴンの手元には、王がアガルタに来る途中、休息のために立ち寄った村での、女たちが畑仕事をする場面が描かれていた。ゴンはその絵をじっと見ていたが、首をかしげながらそれをリノスに返す。


「吾輩にはよくわからないでありますなー。大体、素人がよいと思うものは、玄人が見ると平凡なものであることが多いでありますからなー。一度、画商か何かに見せるのが一番でありますー」


「そうか? そんなもんかな? ……わかりました。メインティア王。それでは、画家として、このアガルタで活動してみてはいかがですか。たとえ1Gでも、自分で稼ぐのはいいことだと思いますよ? そうですね……。画家としての名前は、越後屋でいいでしょう」


「エチゴヤ……? ……うん、いいね! いかにも芸術家という響きだ。ちょうどいい、色街に行くときも、その名前を使おう」


リノスは皮肉を込めて付けた名前だが、王は意外なほどに喜んでいる。そんな様子を見ながら、リノスはさらに口を開く。


「あと、色街のことですが、華やかに……というのはあまり賛成しませんが、賑やかに……というのであれば、考えがありますよ」


その言葉を聞いて王は、ほう、と驚いた顔になり、すぐに目をキラキラさせて次の言葉を待った。


「アガルタの大工たちと一緒に、連中れんじゅうをするというのはどうでしょう?」


連中れんじゅう? 初めて聞く言葉だけど、何だか面白そうだね」


「ええ。俺の故郷で昔、よくやっていたらしいのですがね。俺も見たことはありませんが、何でも、若い衆が揃いの衣装に身を包んで、色街で遊ぶというものらしいです」


「服装を一緒にするのかい? まるで軍勢のようだね」


「ええ。その衣装を、色街で遊ぶのにふさわしいものに工夫するのです。街の様子に溶けこんだ、さりとて下品にならず、むしろ心がワクワクするような衣装を身に付けるのです」


「うんうん、それ、面白いね。是非、その衣装選びは私にやらせてくれ」


「え? 王、自らですか?」


「街に行って、色々と店を見たいと思っていたところだったんだ。ちょうどいい。あ、供の者は、いらないよ。我々だけで十分だ。な? パターソン?」


パターソンは苦虫を嚙み潰したような顔でお辞儀をする。その姿を満足そうな顔で眺めていた王は、再びリノスに向き直る。


「確か……大工と一緒にと言ったね? なぜ、大工なんだい?」


「ええ、このアガルタの街のほとんどが、大工たちの手によるものです。彼らにはあまりその働きを労えていません。おかみさんがいる人は難しいかもしれませんが、独り身の男たちであれば、こうした遊びに連れて行くのもいいのではと思ったのです。それに彼らは腕っぷしもありますから、王の警護もできますし、何より、面倒見の良い人たちが多いので、何か困った時の助けにもなるでしょう」


「さすがはアガルタ王だ。行き届いているね。名君と呼ばれる理由が、よくわかったよ。では、ご苦労をかけるけれど、連中れんじゅうに加わる大工の人数を、私に教えてもらえるかい? 私はこれから都の店を回ることにするよ」


「これからですか?」


「まだ日が落ちるまで時間があるだろう? 早く決めないと、いつまでも行くことが出来ないからね」


そう言って王は供の者を連れて部屋を後にした。リノスはサイリュースのアステスを呼び出し、メインティア王をそれとなく警護するように伝えて、そのまま部屋を出ていった。


「せっかくだ。ゲンさんのところに寄って帰るか」


「そうでありますなー。夕暮れも近いので、おそらく仕事は終わり近くになっているはずでありますー」


二人はそんな話をしながら、大工のゲンさんの作業現場に転移したのだった。



「そいつぁ面白れぇじゃねぇか!」


現場にはゲンさんの弟子たちをはじめ、仲間たちの大半が集まっていた。彼らはリノスからの提案を聞くや、もろ手を挙げて歓迎し、その場は大盛り上がりになった。


「おい、お前ぇ、カカァの方はどうするんでぇ!」


「なにおぅ? カカァなんざ、上手く撒いていくに決まってんじゃねぇか!」


「一つ、何か歌でも歌いながら、景気よく行こうじゃねぇか!」


ワイワイと若い男たちが、目を輝かせて話し合っている。リノスはその男たちを手で制しながら、口を開いた。


「みんな、タダで連れて行くわけじゃないんだ。一つ頼みがある。連中れんじゅうには、商家の若旦那……。越後屋という絵を扱う店の若旦那のお供をしてほしいんだ。何せ色街は物騒な所だ。怪我でもしないよう、ヘンな騒動に巻き込まれないように、守ってやって欲しいんだ」


「何でぇ! そんなことは造作もねぇやな。俺たちゃ、腕っぷしにかけちゃどこにも引けを取らねぇ。任してくんねいな!」


「何も喧嘩をしに行くわけじゃない。くれぐれも騒動を起こさないでくれよ? その代り、飲み食いは自由にしてもらって構わない。遠慮なくやってくれ」


その言葉で、若い大工たちのボルテージは上がる。うぉぉぉぉぉーという声が部屋中に響き渡った。そこに、先ほどから姿を見せていなかった棟梁のゲンさんが部屋に入ってきた。その姿を見つけた、ゲンさんの弟弟子と思われる男が、大声で彼に声をかける。


「なあ、兄ィ! 兄ィも行くだろ? 飲み食いもたーんとあるんだってよ!」


ゲンさんはキョトンとした顔をしたかと思うと、見る見る不愉快そうな顔つきになっていく。弟弟子は思わず立ち上がって、彼に声をかける。


「兄ィ! どうしたんでぇ!」


「やっとこさ仕事が終わったかと思えば、また大工でぇくの仕事の話か! いい加減にしろい!」


大工でぇくの仕事? 一体何の話だ?」


訝る弟弟子に、ゲンさんは眉間に皺を寄せながら口を開く。


「だって、のみくいが、あるんだろう?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 下げ囃子が自動的に脳内演奏されました。 おーい山田くん、評価ポイントもってきて。
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