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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第八章 疫病撲滅とクリミアーナ教国対決編
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第二百二十六話 お仕置き

「ところでリノス殿……マトカルの様子は……」


ラファイエンスが口を開く。結界の外では、まだまだ同士討ちが行われており、その様子を茫然と眺めながら、老将軍は力なく話しかけてくる。


「意識は戻っていません。ただ、命に別状はないようです。メイに預けてきましたので、おそらく、大丈夫だと思います」


その言葉を聞いて老将軍はゆっくりと頷いた。


「アガルタ王様……」


背後からリノスを呼ぶ声が聞こえる。声のする方向に顔を向けると、そこにはヴィエイユが一人で立っていた。


「何しに来た。ご覧の通り、結界の外では醜い同士討ちの最中だ。出世前の女が見るもんじゃない。結界の中に入っていろ」


「構いません。それよりも、お願いがございます」


毅然とした表情でヴィエイユはリノスを見つめる。


「ここから、私を出してください」


「ヴィエイユ、目の前の光景をよく見てみろ。得体のしれない薬を飲んだ兵士たちが、喜んで同士討ちをしているんだ。結界の外に出れば、いかに教皇の孫とはいえ、間違いなくヤツらに殺されるぞ?」


「それでもかまいません。彼らが飲んだのはおそらく、教国が秘蔵している薬……。人間をバーサーカーにする薬です。我が祖父である教皇、ジュヴァンセル・セインが長い年月をかけて完成させたものです。あれを飲めば一切の痛みを感じることなく、死ぬまで喜んで戦い続けます。まさかカッセルがあれを使うとは思いもよりませんでしたが……。あの子は、それを使ってしまったのですね」


「そうか。それが教国の強さの秘密か。そりゃ、あんな兵士たちに襲われちゃ、大抵の軍勢は太刀打ちできんだろうな。そんなものを長年かけて作り出していたとは、まともな神経を持った人間のやることじゃねぇ。マジで腐っているな、お前らクリミアーナは?」


リノスの憎しみを込めた眼差しを、ヴィエイユは無言で受け止める。そして、再び口を開く。


「結界の外の兵士たちは、遅かれ早かれ天に召されることでしょう。私は、死にゆく彼らを救ってやりたいと思います」


「死にゆく兵を救う? 同士討ちをしているアイツらをか?」


「はい。出来るかどうかはわかりませんが、私なりのことをやりたいと思います」


「……そうか。なら、勝手にしろ。死んでも知らんからな」


そう言ってリノスは道を空ける。ふと見ると、リノス達の背後には多くのクリミアーナの信者たちが集まっていた。皆、息を殺して様子を窺っている。そんな信徒たちをちらりと見たヴィエイユは、リノスに一礼をしてから、ゆっくりと結界の外に出ていった。


結界を出るとすぐ、体をズタズタに斬られた男が倒れていた。しかし、まだ息はあり、彼は相変わらず恍惚の表情を浮かべながらヴィエイユを見た。そして、片手に持っていた剣を彼女に向け、力なく振り回す。


「うひは、うひゃひゃひゃひゃ、うひひ、うひひ」


笑いとも喜びともつかぬ声で、男はヴィエイユを見て笑っている。そんな彼に臆することなく、彼女はゆっくりと近づいていく。そして、ただ、ゆらゆらと剣を振り回している彼の腕を優しく掴むと、そのまま彼を抱きしめた。


「ひゃは、ひゃは、ひゃははははは……」


もう既に命が尽きようとしているのだろう。徐々に男の笑い声が小さくなっていく。ヴィエイユは、彼の返り血で服を真っ赤に染めながらも、なお、抱きしめ続ける。


「辛かったですわね。もう、大丈夫ですよ。よく頑張りました。よく頑張りました……」


「あいひひひひ……ひひひ……お…かあ……さん……」


そう言って男はガックリと項垂れた。ヴィエイユは彼をゆっくりと横たえ、そして、その顔を優しく撫でた。


「ぎぃやははははー。あらははうひひひー。うひゃひゃひゃー」


再び結界の外で奇声が上がる。見ると、足を引きずりながら、数人の男がヴィエイユに向かっていく。彼女はその声を聞いてゆっくりと振り返る。よく見ると、その男の手には剣が握られており、彼女を殺そうとしているのは明らかだった。しかし、この男たちがヴィエイユに近づくことはなかった。リノスの風魔法が、一瞬にしてその首を刎ねたのだ。


「将軍……。外にいるクリミアーナの兵士たちを、あの世に送ってもらえませんか?」


「そうだな。殺すのも、情けだ」


ラファイエンスは、そう呟いて、兵士たちを連れて結界の外に出ていった。そして、それと入れ替わるようにヴィエイユが帰ってきた。体だけでなく、頬や腕などにも返り血を浴びた、猟奇的な姿になっているが、その顔は落ち着き払っていた。


「アガルタ王様、ありがとうございます」


そう言って彼女は恭しくリノスに頭を下げた。彼はその言葉に頷き、周囲の兵士たちに口を開く。


「誰か! ヴィエイユたちを警護しろ! 俺が戻るまで、油断するな!」


そう言い捨てて、リノスはイリモを走らせ、風のような速さで結界村を後にした。




「はあ、はあ、はあ、みんな……みんな……死ねぇ! 死ぬんだ!」


カッセルはブツブツと呟きながら、薄暗い森の中を馬に乗って走っていた。教国秘蔵の薬を飲んだあの兵士たちは、おそらく狂戦士となっているだろう。ただ、人を殺すことだけに喜びを見出す戦士たちが暴れまわる姿……想像しただけでも愉快だ。きっと、今頃は忌々しいアガルタ兵たちを殺戮しながら、ヴィエイユ以下の裏切者どもを殺し尽くしているだろう。


そんな思いに浸っている中、突然カッセルは馬から身を投げ出された。


「くそっ! 何だ! 駄馬め!」


そこまで言って、彼は声を出せなくなった。あまりの光景に、息を呑んでいたのだ。


目の前には、巨大なオオカミが数匹、乗ってきた馬に襲いかかっていたのだ。一匹は馬の後ろ脚を貪り食っており、もう一匹は馬の腹に食らいつき、そして、もう一匹は馬の首に噛みついていた。既に馬は鳴き声を上げることもなく、その眼には光が失われていた。


「ガルルルルルルル~」


不気味な声が背中から聞こえる。慌てて振り向こうとしたその瞬間、カッセルの左肩に激痛が走った。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!」


断末魔の絶叫が森の中に響き渡る。見ると、目の前で馬を食らっているのと同じ種類と思われる巨大なオオカミが、カッセルの小さな左肩に食らいついていた。オオカミは一切の手加減をすることなく、噛んでいる顎にさらに力を加え、カッセルの左肩を食いちぎった。


「いぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」


激痛に意識が飛びそうになる。目の前のオオカミは、カッセルから食いちぎった部分をうまそうに咀嚼している。このままでは食われる。殺される。死ぬ。そんな思いが彼の頭の中を満たしていく。


「死ねない! ボクは死ねない! 教皇になるんだ! こんなところで、死ねるかぁ!」


一瞬のうちに、目の前のオオカミの姿が消える。そして次の瞬間、左手に衝撃を感じたと思った瞬間、彼の左腕は、オオカミに食いちぎられていた。その現実を認識した直後、彼の左肩から夥しい血が噴き出していた。


「うわぁぁぁぁ!! 誰か! 誰か! 誰か! 助けて! 助けて! 助けて! 誰か! 誰か! お母様! お母様! お母さまぁ!」


必死で叫ぶカッセルであったが、その声は通じない。オオカミは再びカッセルに向かってゆっくりと歩いてくる。


「いやだぁぁぁぁ! いやだぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉ! やめろぉぉぉぉ!」


逃げたいが体が動かない。涙を流しながらカッセルは必死で声を絞り出す。その声が通じたのか、オオカミの歩みが止まった。そして、ビクンと体を震わせたかと思うと、くるりと踵を返して、誰もいない方向に向かって、ガルルルルーと威嚇を始めた。


カッセルは体を震わせながら、オオカミが睨んでいる藪の中を凝視する。しばらくして、そこから現れたのは、彼が思ってもいなかった人物……アガルタ王、リノスだった。


「面白いことになっているな、坊主?」


見たこともないような美しい白馬に跨ったリノスが、話しかけてくる。カッセルはその現実が理解できない。狂戦士たちはどうした? 姉さまは? どうして、僕に追いつけた? そんなことが頭をグルグルと回る。


「やっぱり一人か? マジで頭が腐っているな、お前。子供が一人で森の中に入るなんざ、自殺行為に決まっているだろう。あ、自殺したかったのなら、邪魔をしたな」


カッセルは未だに目の前の現実が理解できない。しかし、ないはずの左腕からは激痛を感じるし、出血のためか、既に左半身の感覚がなくなりつつある。そして、恐怖のためか出血のためか判別できないが、彼の口は自然とカチカチと音を鳴らしている。そんな様子を見て、リノスは悪そうな笑みを浮かべる。


「オオカミのエサになろうってのか? そりゃつまらんな。 お前には、こんな仕打ちなど、まだまだ手ぬるい。そう簡単に死なれては、お前の勝手な命令のために死んでいった者たちが納得しないだろう。もっと、もっと、苦しまんとな? ……そらよ」


リノスの右手が一瞬だけ光る。すると、カッセルの左腕の傷が治癒され、出血が止まった。


「命の危険にさらされると、必要最低限の治癒を施す結界をお前に張った。どんなにひどい怪我を負っても、最低限、今の状態には戻してやる。その左腕に免じての、出血大サービスだ。ただし、致命傷を負うまでは、普段通り痛みも感じるし、苦しみも感じる。何度も死の境をさまよいながら、生きていけ」


「ど……どういうつもりだ! 殺せ! これも主神様のお告げだというのか! 邪神め! 殺せ! 僕を殺せ!」


「さっきまで助けを乞うていたヤツの言葉とは思えんな。まあ何だ。これは俺の、気まぐれだ。おそらくお前の大好きなクリミアーナ教と教国は、遠からず大きな災難に見舞われることになるだろう。お前はそれを、指をくわえて眺めていろ。何が正解で、何が間違っていたのか。地獄の中で、お前なりに答えを導き出せ。まあ、頑張れ。俺はお前が、これから先の長い人生を、有意義に歩んでいくことを期待している。あ、ちなみに、俺は邪神じゃないぞ? 俺は……なんちゃって大魔王だ。間違えるな」


そう言い捨てて、リノスはニヤリと笑顔を浮かべたままクルリと踵を返し、風のような速さで森の中に消えていった。そして、カッセルを襲ったオオカミは再び彼に向き直り、ゆっくりと近づいていくのだった。


「うっ……来るな……やめろ……来るな……来るなぁぁぁぁぁぁ!!!!」


カッセルの、この世の無間地獄が、始まろうとしていた。

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