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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第八章 疫病撲滅とクリミアーナ教国対決編
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第二百十八話 未来を見る者、絶望を見る者

「何をしたらこんなことになるんじゃ!」


森の中で老人の怒号が響き渡っている。白髪の小人の老人は森の中を移動しながら、折に触れてしゃがみ込み、土の状態を確認している。そして、その度に絶叫しながら聞くに堪えない罵詈雑言を大声でまくし立てていた。


「まあまあ、そんなに怒らずに・・・」


困った顔をしながら老人を宥めているのは、メイだ。老人はメイの顔を見ると、今までの怒りが嘘だったかのように、柔和な表情を浮かべる。


「おお、すまんかったのメイちゃん。いや、あまりにもひどいので、ついつい言葉が過ぎたわい。連れの人たちもすまんかったの?」


ヘラヘラとスケベそうな笑みを湛えているこの老人は、土の精霊であるノームだった。彼はメイに呼び出されて、アガルタにあるクリミアーナ村の土壌調査をしていたのだ。


不治の病と言われる伝染病のルロワンスの発症が確認されて以降、この村はリノスの張った強力な結界で覆われ、人の出入りは厳しく制限されていた。一切の空気が漏れない効果が付与されているため、病原菌が外に漏れる危険性は少なくはなっているが、それでも油断はならない。ここに入るには、リノスの許可が必要であると同時に、彼に無菌状態の効果を付与した結界を張ってもらうことが、条件となっているのだ。


メイと共にこの村を訪れているのは、チワンとローニのポーセハイと共に、ソレイユも同行していた。ルロワンスが発生しているのはこの村だけのことであるため、メイたちは、この村の環境に大きな原因があるのではないかと考えていた。そのため彼女たちは、この森の土壌、大気、カビなどを調査しつつ、それぞれのサンプルを持ち帰ろうとしていた。


その中で一人、場違いな程の色気を振りまいているのがソレイユだった。彼女は穏やかな笑みを浮かべながらゆっくりと森を見渡している。一見すると森林浴を楽しんでいるように見えるが、実は彼女は、森と水の精霊たちから聞き取り調査を行っているのだ。


「今のところ、森も水も、特に被害はないようです」


精霊たちと対話していたソレイユがメイに報告をする。するとノームは素早くソレイユの足元にやってくる。


「いや、お嬢ちゃん。それは今だけじゃ。このままこの環境が続けば、おそらく土壌は汚れていくぞい。ただ森を焼いただけではないぞい。土が急激に元気をなくしておる。土が病気になっておるんじゃ。土の中で何やら毒物が繁殖しておるようじゃな。儂も初めて見るぞい!何をすればこんなひどい有様になるんじゃ!」


ノームが目をカッと見開きながら、ソレイユに話しかけている。一見すると、土が汚れていることに怒りながらソレイユに話をしているように見えるが、実は彼の視線はソレイユの短いスカートの中に向けられており、さらには、彼女の大きな胸に向けられている。よく見ると、彼女の胸の部分に小さな突起が見えるのだ。それに気づいたノームは、そこから全く視線を逸らさず、瞬きすらしない。


彼はその豊富な知識と経験から、下から仰ぎ見ているソレイユのスカートの中身はインナーパンツ、いわゆる見せパンであるということを見抜いていた。それは彼の興味の対象ではない。一瞬、彼はソレイユへの興味を失いかけたが、すぐに胸の突起に気が付いた。一旦ガッカリさせられてからの、それだ。しかも、形のよい巨乳。彼はソレイユのおっぱいにガッチリ心を掴まれてしまっていた。しかし、彼は知らない。ソレイユの胸の突起は、彼女が開発した乳首付きの下着、いわゆるヌーブラであるという事実を。


元々、自分の体に絶対の自信を持っているソレイユは、そうしたスケベな視線を向けられることには何の抵抗も感じず、むしろその視線は賞賛に等しい感覚だった。だが、リノスの妻になって以来、リコやメイらの影響を受けて、露出の高い服を着ることは少なくなっていた。リコの、自分の肌を見ていいのは好きな人だけ、という考え方に、ソレイユも賛同したのだ。しかし、メイから事情を聴いた彼女は、精霊使いのプロらしく、ノームの特徴を彼女から聞き、彼の心をくすぐるための対策として、結婚前までに使っていた下着を持ち出し、その色気を武器に上手にノームを誘導することを考え、実践したのだ。


「あら、さすがはノームさんだわ。すごいですわぁ。この森の土にどうして毒物が増殖しているのか、私、知りたぁい」


そう言いながらソレイユは体をゆする。彼女の大きな胸が、プルルンと揺れる。


「おお、任せておけ。儂が調べてやるぞい。また、教えてやるぞい!」


そう言ってノームは森の奥へと消えていった。


「メイ様、すみませんでした。メイ様が使役するべきノームを、私が使役してしまって……」


「いえ、構いません。ソレイユさんのお陰で、調べたかった土壌の汚染具合が調べられそうです。ノームさんをあれだけやる気マンマンにすることは、私では難しいです。私こそ、感謝しています。それにしても、ノームさんは胸の大きい人が好きなのですね……」


「まあ、年寄りというのは、そういうものです」


そう言って二人は笑いあった。その時、別の場所に行っていたチワンとローニが二人の下に帰ってきた。


「メイ様、カビの採取が終わりました。見たところ、数種類のカビが発生しています。この中のどれかが、ルロワンス発症の手がかりになればいいのですが……」


「そうですね、チワンさん。そのカビは厳重に密閉して、研究室に持って帰って詳しく調べましょう」


「わかりました」


「メイ様、私の方は、感染状態にある患者から、血液を採取してきました」


ぴょこんと頭を下げながら話をしているのは、ローニだ。彼女はリノスの治癒を拒み、あくまでクリミアーナ教に執着して、この村にとどまり続けている信者たちから血液を採取していたのだった。当然、信者たちに、まともに協力を依頼しても拒否されることは明白であったし、現にメイたちがこの村に到着して色々と調査を始めると、案の定、大多数の信者は彼女らに協力しないばかりか、罵詈雑言を浴びせかけ、木の間に隠れて石を投げるなどの、あからさまな妨害を行う者もいたのだ。


結局そうした妨害はリノスの張った結界に阻まれ、挙句、彼女たちに食って掛かったり、暴力を振るおうとする奴に至っては、結界に触れた瞬間に電流が走って気絶するという結末を迎える。とはいえ、信徒たちの抵抗はまだまだ激しいものであったため、ローニは事前にフェアリに頼んで、人を眠らせる鱗粉を出してもらい、それを用いて信者たちを眠らせつつ血液を採取していった。


「では、これらを持って一度、研究室に帰りましょう。大丈夫です。きっとこの中に、ルロワンス撲滅の手がかりはあります。あ、ノームさーん。帰りますよー」


「おい。わかったぞい!」


ノームは土の一部を自分の両手で掬うようにして持ちながら、メイの下に帰ってきた。そして彼女たちは、一旦村を後にしたのだった。



その村からさらに森の奥に、クリミアーナ信徒たちの避難キャンプが作られていた。ここでは湧水もあり、結露は発生するものの、以前ほどではなかった。これはルロワンスの発症原因が結露にあるかもしれないという、メイからの進言を受けたリノスが、ソレイユに命じて湿度を下げさせたことによるものだった。


そうしたこともあり、カッセルらにとっては劇的に改善された環境となっていたのだが、一方で、森の奥深くに村を作ったために、昼となく夜となく、魔物の襲来を受け続けることになっていた。現在は何とか屈強な兵士たちの力で撃退しているが、その兵士たちも少しずつ疲弊してきている。このままでは一年後には食料も尽き、兵士たちも現在の戦力を保持できているかどうかは、甚だ不透明な状態だった。


カッセルは焦っていた。間もなく九歳になろうとしているが、確かに同年代の子供と比較すると、頭脳の明晰さや知識量は群を抜いているが、所詮、彼は子供であった。これまでは、ヴィエイユというカリスマ性を持った肉親と有能な司教たちに囲まれていたためにその才能を発揮できていたのだが、いざ自分がそのトップに立った時、彼は何も打つ手を思いつかないでいた。


彼は「チェックと改善」は得意であったが、「無から有を生み出す」ことには適性がなかった。彼自身はそれを全く気が付いていなかったし、当然、周囲の者もそれに気づいている者は皆無であった。それどころか、この幼いカッセルが、起死回生の策を練りだすだろうと過剰な期待を寄せていた。そして、カッセル自身もその期待に応えようと頭を巡らせるが、全く何も思い浮かばない現状に苛立っていたのだった。


「くそっ……どうすればいい。教国に応援を要請するにしても川が氾濫していては……。姉さまを……姉さまを取り戻さないと……。そのためにはどうすれば……どうすれば……」


机の上に突っ伏したままカッセルは苦悩する。彼はヴィエイユとは違い、現実逃避をせずに、ひたすらに現実を見据えている強さを持ってはいたが、その現実を見れば見るほど、彼には絶望的な未来しか見えてこなかった。


カッセルの精神は、徐々に蝕まれつつあった。

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