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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第八章 疫病撲滅とクリミアーナ教国対決編
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第二百十七話 ばあちゃんの教え

「……というわけだ」


「……」


俺はリコを腕枕しながら抱きしめつつ、優しく背中を撫でながら話をしている。リコは聞いているのかいないのか、ずっと無言だ。それどころか、さっきから俺が背中を撫でるたびに、ピクッピクッと体を震わせている。きっと、くすぐったいのだろう。


「ずいぶん前になるけれど、俺はリコが認めていない女を傍に置くことはないと約束した。それを破る気は全くない。今までもそうだったし、これからもだ」


俺の言葉に嘘偽りはない。リコがいいといった女は、今のところ全員、いい家族になっている。


リコは相変わらず、俺の胸に顔をうずめたままだ。腕枕をしている右手でリコの髪の毛を撫でてやる。パーマが当たったようなくせ毛だが、日々の手入れがいいのだろう。髪はまるで絹のように滑らかで、スベスベする。初めてリコを抱きしめた日からもう何年も経つが、この髪と肌の美しさは、全く衰えない。リコを抱きしめていると、とても癒されるのだ。


「では、そのヴィエイユとかいう娘は、全く関係がないのですわね?」


リコがモソモソと俺の胸から顔を起こしながら話しかけてくる。


「ああ、もちろんだ。今日はたまたまいないが、マトに確認してみるといいよ」


「……わかりましたわ」


そう言うとリコは、自分の唇で俺の唇を塞いだ。


「ウプッ。リコ……」


「今宵は……離しませんわ」


「リコ……。エリルを産んでからその……」


「何ですの?」


「ずいぶんと好きに……なったんだな……」


リコはゆっくりと俺に覆いかぶさってくる。


「リノスが悪いのです。リノスが……私をこんな女にしたのです……」


「リコ……」


俺はそれからリコと、じっくり、ゆっくり、たっぷりとした濃厚な時間を過ごしたのだった。



次の日、俺は早速クリミアーナ教徒たちの結界村に転移する。村の外は、まだ病に罹患していない教徒たち数千が、結界村に押し寄せていた。外には既にアガルタの軍勢がバリケードを張っており、集まった教徒に対しては、この村に保護されている者にはルロワンスに罹患している可能性が極めて高いこと、近づかないことを繰り返しアナウンスする兵士たちの声が響き渡っていた。


俺はその喧騒を聞きながら、本部に向かう。そこには、ラファイエンスとクノゲン、そしてマトカルが集まっていた。


「リノス様……」


いち早く俺に気が付いたマトカルが話しかけてくる。


「マト、ご苦労だったな。随分到着が速いようだが、一晩中馬を走らせたのか?ゆっくり休め……と言いたいところだが、今はそれは難しそうだな?」


俺の言葉を聞いてラファイエンスがニヤリと笑っている。おそらく、頭の中でスケベなことを考えているのだろう。俺はそんな老将軍に向かって、声をかける。


「将軍、保護している信徒たちの様子はいかがですか?」


「大人しいな。予想外に大人しい」


「おそらく、病が再発するのではないかと不安なのでしょう。斑点は消えましたが、病が完治したかどうかは、誰にも分かりませんからな」


そう言ってクノゲンがフォローしてくれる。


「まあ、確かにそうだな。祈りの声は……聞こえているか?」


「今のところ聞こえてはいませんが……」


チラリとクノゲンは教徒たちの結界に視線を向ける。


「リノス殿、彼らを棄教させるのは、さすがに難しいのではないのかな?」


ラファイエンスが口を開く。俺は彼を見ながら、ゆっくりと頷く。


「そうですね。取り敢えず俺に絶対服従を誓わせましたが、そう簡単にヤツらは服従しないでしょうね。今回はヴィエイユをカッセルから引き離すことが目的でしたので、当初の思惑は達成されたと言えます。あのヴィエイユという女はカミソリのような頭脳を持っています。あの娘がカッセルの側にいる限り、我々は後々まで手こずることになったでしょう。そのカミソリを刃引くために、快適な夢を見させて現実に引き戻すという今回の作戦は予想以上の結果になりました。さらに、クリミアーナの信徒を500とはいえ、嘘でもこちら側に服従を誓わせることができたのは、棚からぼたもちです。これでクリミアーナ側に、あの坊主が大きく動揺すれば言うことなしなのですが……。まあ、一度話をしてみて、彼らの反応を見ましょう。それよりもまず、一番にしなければならないことは、このルロワンスという病気を他の者に伝染させないことです。そして、この病気の原因を突き止めることですね」


俺の言葉に三人は静かに頷いた。


「信徒たちの朝食が終わったら、一度全員を集めてください。みんな、朝食は……?まだですか。それなら、俺たちも食べましょう」


そう言って、俺たちは炊き出しのメシを味わった。そしてその後、結界村の信徒全員が村の外に集められた。俺はその集団に大きな結界を張る。ふと見ると、その先頭にヴィエイユの姿があった。彼女は魂が抜けたような、呆然自失の状態だった。そして彼女を司教であろう女が介抱している。俺は小娘たちに一瞥をくれて、口を開く。


「ええ~ああ~まあその~聞こえる?オホン。アガルタ王、リノスだ。昨日はよく眠れたか?昨日の段階で命を失ったものは手を挙げろ。……誰もいないな?よし」


そう言って俺は、姿勢を正す。


「昨日俺はお前たちに、ルロワンスの治療を施した。その手法は今は言えないが、おそらく、治癒しているはずだ。まあこれは後日、ウチの医師たちから診察を受けて確認してくれ。今日俺が言いたいのはだな」


俺は言葉を切って信徒たちを見渡す。皆一様に不安そうな顔をしている。


「別に、クリミアーナ教を捨てろ、というつもりはないってことだ」


そこに居た教徒全員が驚きの表情を浮かべる。俺はさらに言葉を続ける。


「別に何を信じてもいい。クリミアーナ様だろうが、お狐様や龍神様……。何なら大魔王を信じていても構わない」


信徒たちが戸惑い始める。全員の目が泳いでいる。


「いや、俺は宗教ってのは必要だと思うんだ。何かを信じることは大切だからな。でもな、宗教の意義を知っている奴らは少ない。それはお前らも同じだと思う」


俺はゆっくりと信徒を見渡す。ヴィエイユは相変わらず呆然自失の状態だ。


「いいか?何かを信じるってのは、心を平静に保つための一つの手段だ。何か困難なことに直面した時、クリミアーナ様が、お狐様が、ご先祖様が見守っていただいているから大丈夫だと思うことで、平常心でコトに当たることができる。極端なことを言えば、人間が一番恐れるのは死だ。その恐怖に苛まれていては何もできなくなる。つい昨日までのお前たちがそうだったな?いつ死ぬのかわからない恐怖に縛られて祈る他、何もできなかった。そうだろう?」


教徒たちが一様に目を伏せる。俺は構わず言葉を続ける。


「人間なんて所詮、そういうものだ。だから、何かを信じることで平常心で死に向き合えればよかったんだがな。お前たちが何故、死を前にして平常心を保てなかったのか?それはクリミアーナという信じるモノに、何かを求めていたからだ」


クリミアーナという言葉に反応して、信徒たちの視線が俺に向けられる。


「神様ってのはな、何もしちゃくれないもんなんだ。ただ、見ている。それだけだ」


教徒たちの表情が凍り付いている。


「神様からすりゃ、人間のやることなんざ愚かし過ぎて見ちゃいられないもんだ。それでも、じっと見守っているんだ。そんな神様に何かをしてくれって求めちゃいけない。感謝しこそすれ、求めちゃいけないんだ。その見守ってくれている神様に恥じない行動をしなきゃいけないんだ」


水を打ったように静まり返る教徒たち。ヴィエイユの肩が小刻みに震えている。


「それに宗教ってのはな、宗教が人間を支配するのではなくて、人間が宗教を支配しなきゃいけないんだよ。わかる?宗教に支配されちまうと、神の名において人を殺すことが出来ちまうんだよ。何の資格があって人の命を奪うことができるんだ?そんな恐ろしいことも平気でやってのける。言ってみれば、宗教はやり方を間違うと、人を悪魔に変える。だから、人が宗教を支配するんだ。信じることで平常心を保つツールの一つだと思えばいい。言ってみりゃ、自分自身そのものを信じられれば一番いいんだがな。信じられる自分を作ることが出来りゃ、宗教なんざいらなくなる。俺はそう思っている。だから、お前らもクリミアーナ教を棄てろとは言わん。信じるのは自由だ。しかし、お前らが信じるクリミアーナ様ってのは、見守るだけだ。何もしちゃくれない。だから、信じるのであれば、クリミアーナ様に恥じない生き方をしろ。人に迷惑をかけるな。人の嫌がることをするな。今回のこの疫病は、いい機会になったんじゃないのか?俺はそう思うぞ。ハイ、俺の話はこれで終わり。あとは、自分たちで考えな?」


俺はそう言って、スタスタとその場を後にした。


「リノス様、お見事だ。いつの間にそのような知識を身に付けられたのだ?」


俺の後ろを付いてきながらマトカルが話しかけてくる。俺は彼女を振り返りながら、苦笑いを浮かべる。


「ああ、いや。俺の知識じゃない。俺のばあちゃんが言っていたことだ」


「ばあちゃん?」


「優しいばあちゃんでな。俺のことを心から、本当にかわいがってくれた。そのばあちゃんが俺を膝に抱きながらよくあの話をしてくれていたんだ。思い出すな……」


「リノス様の……おばあさま……。そのような素晴らしい御方なら、私も一度会ってみたいな」


マトカルの言葉に一瞬言葉を失いながら、俺は遠い目をして呟く。


「死んじゃったんだよ」


「え?」


「もう、この世にはいないんだよ。でも、見事だったぞ?十二月二十五日に生まれて、百歳の三月三日の日に亡くなったんだ。暑からず、寒からずの日で、しかも休日に弔いができる日だったんだ。お陰で、ばあちゃんが愛していた家族全員が集まって看取って、あの世に送ることができたんだ。徳のある人は、違うな」


そんな話をしながら、亡くなったばあちゃんのことを思い出していると、自然に涙が溢れてくる。俺はマトカルに気付かれないように、そっと涙を拭った。


「ばあちゃんは、色んな人の面倒を見て、助けていた。近所の人からの人望も厚くてな。そういう徳のある人は、神様が死に方を選ばせてくれるんだそうだ。まさしく、ばあちゃんがそうだった。俺は、神様ってのはじっと見守っていて、徳の高い人だけに、最後に死に方を選ばせてくれる存在だと思うんだ」


マトカルは、自分にバレないようにそっと涙を拭いながら話をするリノスの背中を、愛おしそうに見つめながら、百歳という驚愕するほどの寿命を保つ人間を一族に持つ家系であれば、なるほどリノスの能力が人間離れしているのも頷けると、一人で納得するのだった。

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― 新着の感想 ―
本当にその通りだと思う。ちょっと仏教寄りかな?こう言う考え方は大好きです。私も頑張らなきゃいけませんね
[良い点] 死に方を選ばせてくれるという話はなかなか深いですね。
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