第二百十三話 とんでもない本音
「ご主人様、クリミアーナ村で異変が起こっているようです」
都にある俺の執務室でそんな報告をしているのは、ソレイユだ。森の精霊たちから連絡があったのだという。
「ここ最近、バタバタと村の住人が亡くなっているようです。そのためでしょうか、カッセル様がこの都に向かって出発したようです」
「クリミアーナ村で人が死んでいる……?疫病か?何やらイヤな予感しかしないが、とりあえず坊主がこちらに向かっているのか。ならば、ヤツの話を聞いてからだな」
俺の話を聞きながら、ソレイユは背中の羽をユラユラと動かしている。これは、何か楽しいことがある時の仕草だ。ちなみに、落ち込んでいるときは羽が小さくなり、逆に大きく開いているときは、疲れている時なのだ。ソレイユは笑顔で俺に答える。
「精霊たちの報告をいつも聞いているせいでしょうか。私も精霊たちと同じくクリミアーナが嫌いです。そのクリミアーナが滅ぶかもしれないのです。これが喜ばずに居られましょうか」
俺はその言葉に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
カッセルが都にやってきたのは、その次の日だった。ちょうどメイとチワン、ローニとキリスレイの特効薬の開発についてこれからの予定を詰めていたその時、部屋の外で何やら言い争う声が聞こえたのだ。
「駄目だ!駄目だと言っているだろう!」
「アガルタ王に、アガルタ王に会わせて下さい!」
「ダメだ!リノス様は今、お話し中だ!」
俺は扉に向かって声をかける。
「いいぞ~。話は済んでいる。部屋に入れてやれ」
しばらくして、扉がゆっくりと開かれる。そこにはカッセルが息を乱しながら立っていた。彼は俺の顔を見るとフラフラと部屋の中に入ってきた。そして、ストンと崩れ落ちるように膝をついた。
「どうした、坊主?ヴィエイユ姉さまと喧嘩でもしたのか?」
「・・・」
「坊主、黙ってちゃわからんぞ?」
「・・・助けて」
「うん?何?」
「助けてください。教徒を・・・ヴィエイユ姉さまを・・・助けてください!」
顔を上げて叫ぶカッセルの目からは、涙が溢れていた。そして、堰を切ったように泣き続けた。いつもは生意気で強気な態度な小坊主が、こうして泣いている姿を見ると、まだまだ子供だ。
彼が落ち着くのを待って、メイが近づき、優しく背中を撫でている。よく見るとヤツの服のあちこちに、黒いカビが生えている。
「大丈夫。大丈夫ですから、落ち着いて。落ち着いてください。」
「村が・・・信徒が・・・ヴェエイユ姉さまが・・・悪魔に・・・邪神たちに・・・ううう・・・」
カッセルは涙をぬぐいながら、これまでの顛末を語り始めた。
冬の間、高い湿度と発生するカビに悩まされ続けていたクリミアーナ村であったが、雪が溶けだした頃から、森林の伐採を本格化した。理由は、自給自足の生活を送るために、彼らの腹を満たすだけの作物を生産する必要があったためだ。現在備蓄している食料は十分ではあるのだが、彼らは数年間のスパンでアガルタに逗留し、楽園をつくる計画であるために、田畑の開墾が必須であったのだ。
土を耕し、種をまき、肥料をまいて、とりあえず田畑の体裁を整えたのだが、その時、クリミアーナ村で異変が起こった。数名の人間が突然倒れ、そのまま亡くなったのだ。まさしく突然死というような死に方をしたため、自慢のクリミアーナの医師たちもどうすることもできなかったのだという。
その後しばらくして、再び数名の人間が突然死した。さすがにこれは何かあるだろうと手を尽くして調べたのだが、その原因がわからない。本格的に調査を始めたころから、突然死する人が増えた。ここひと月で既に四十数名もの人間が死んだらしい。
勝手に人の国に大勢で押しかけてきた挙句、楽園を作るなどと大言壮語をしたにもかかわらず、人が突然死するような疫病が発生している。これを機会に、国を出ていくのかと思いきや、その信徒たちを助けてくれなどと身勝手な言い分を、よくもしゃあしゃあと並べられるものだと、俺は半ば呆れながらヤツの話を聞く。コイツらがどうなろうと知ったことではないが、まあ、ヤツらの楽園を作ることは認めたのは俺なので、取りあえず今は、大人の対応を取ることにする。
「……なるほど。そりゃえらいことだな。で、坊主、お前は俺に助けを求めに来たが、もう一人の小娘はどうしている?まさか死んだんじゃないよな?」
カッセルはキッとした目で俺を睨みながら、口を開く。
「姉さまは……。ヴィエイユ様は、司教たちと共に、ひたすら祈っています」
「はあ?祈っているだぁ?」
俺は思わず頓狂な声を出す。
「で、何か効果は出ているのか?」
カッセルは目を伏せる。
「だよなぁ。お前の姉さまは一体何考えているんだ?」
「僕も、最初は、この国に大魔王の影響が残っているか、それに類する邪神がいるのだと思っていた。そいつらが、我々クリミアーナの人間を排除しようとしているんだと思っていた。だから僕たちはありとあらゆる手段を講じて戦ったんだ。でも……。でも……。どうしようもないんだ。みんな死んでいくんだ。だから……だから……助けてほしい。助けてください、僕たちを、助けてください……」
カッセルは何度も何度も俺たちに頭を下げる。その無様ともいえる姿を見て、メイはずっと彼の背中を優しくさすっている。
「ご主人様……」
メイが不安そうな声を上げる。しかし、俺はこのカッセルの態度に違和感を覚えていた。俺は無言でヤツに鑑定を発動させる。
全てを見終えた俺はゆっくりと目を閉じる。どのくらいの時間が経っただろうか。実際はほんの数分のことだったのかもしれないが、俺自身はかなりの長い時間、考えていた気がする。ゆっくりと目を開けてカッセルを見ると、ヤツは視線を逸らせず、俺を見続けている。
「……坊主、俺が、お前たちを助けてやる義理は、ないな」
低い声でカッセルに話しかけると、ヤツの頬がピクリと動く。奥歯を噛みしめているようだ。
「さて、何から話そうか?まずは……お前らの最初の目的は、世論操作ではなく、ましてや俺の追放でもない。最終目標は、俺と、俺の家族をはじめとして、アガルタの人々を皆殺しにするつもりだったんだな?」
カッセルの体がピクリと動く。そしてヤツは小刻みに震え出し、俺から目を逸らした。
「クリミアーナの船が大挙してガルビーにやってきた段階で、お前らの狙いは世論操作だろうと考えていた。それは当たっていたようだな?アガルタの国中の食料をお前らが買い占めて飢餓状態を作る。同時並行でアガルタの人々の不安をあおり、信者になれば命は救われると説いて信者を増やしていく。そして信者たちには持ってきた膨大な食料を分け与えて、クリミアーナ様のお慈悲を見せつける。そうすれば、信者の数は飛躍的に増えていくと考えていたんだな。最終的にお前らはその世論を味方に、俺に天道に背く者たちの処刑を求める。即ちその対象は俺の家族たち。俺がそれを受け入れても、受け入れなくても、俺の家族を殺し、そして最終的に俺も殺そうとしていた。違うか?」
「違う!僕たちは、そんなんじゃない!本当に楽園を作ろうと思ったんだ!我らクリミアーナ教徒の楽園を……」
「我ら、クリミアーナ教徒の、楽園か?まあ、それは半分当たっているのだろう。しかし、ここに来てお前たちには予想だにしないことが起こった。当初予定していた移住者の大半が引き返してしまったこと。予想外に信者が増えず、むしろアガルタの人々から忌諱されてしまったこと。結露の問題。そして今回の疫病……。どうやらこの疫病は人に感染するらしいことまでは把握しているようだな?で、今のままではクリミアーナの人間が全滅する危険性もある。しかし……教国に帰るという選択肢はないようだな?まあ、それは俺の知ったことじゃない。そこで、その現場に、俺やメイ、あわよくばポーセハイたちをはじめとした、多くのアガルタの人間を呼ぶことによって、一人でも多くの人間をこの病気に感染させて、この国に蔓延させようってか?まあこの病に罹ればまず、助からないが、それにしても、凄まじい捨て身の攻撃だな。しかもこれはお前の一存だな?誰にも相談せず、一人で勝手に動いてやがる。俺たちを村に呼び寄せたら、コイツはまだ病にかかっていない信徒と共に、逃げる算段をしていやがる。病に罹ったクリミアーナの信徒から、アガルタの民衆にことごとく病を感染させて、皆殺しにしようってか?その行動力と発想力は褒めてやってもいいが、激しく方向性を間違っている。というより、マジで頭が腐ってるな、お前?」
カッセルは俺の話を聞きながら、徐々に目を見開いていく。そして図星を突かれたためか、ヤツは突然激高した。
「僕の頭が腐っている?クリミアーナ様の御声を聞いたなどと、邪神に惑わされた者が偉そうなことを言うな!大人しく天道に従うのなら命は助けようと思っていたのに!この国の王も、民も、僕たちの言うことを聞きもしない!この国は天道に背く国だ!であれば、必ず我がクリミアーナが滅ぼさねばならない!必ずだ!・・・何だその眼は?僕を殺すか?僕を殺せばすぐにでも世界中のクリミアーナ教徒がアガルタを滅ぼしにやって来るぞ!やってみろ!やってみるがいい!何年かかっても、何十年かかってもクリミアーナ教徒はお前たちを殺す!天道に背く者は、クリミアーナ教に背く者は、必ず滅ぼすからな!どんな手段を使ってもだ!そうなりたくなかったら、僕の言うことを聞け!病に罹った我が敬虔な信者たちを助けろ!そうすれば僕から教皇聖下に命だけは助けてもらえるよう頼んでやる!早く僕たちを助けろ!」
「うるせえよ」
静かに呟くと俺は坊主に結界を張る。ヤツは身動きが取れず、歯を食いしばりながら俺を睨みつけている。
「坊主、ちょっとオイタが過ぎたようだな。しかし、今回は俺も勉強になった。自分の予想に慢心しちゃいかんな。俺にはまだまだ、裏の裏を読み通す洞察力が必要だったようだ。俺の甘さを気づかせてくれたお前には、礼を言うぞ?」
「ご主人様……」
メイがドン引きしながらカッセルの傍から離れ、思わず声を上げながら俺のところに移動してくる。
「バカ、ですね」
ローニが呆れたようにつぶやく。
「ああ、バカな奴だ。しかし、ここまでのバカだと厄介だぞ?バカなうえに追い詰められているから、なりふり構わずに行動してやがるだろう。ちなみに、泣いていたのも芝居だ。惜しいな、役者にすりゃ、そこそこにはなれたかもしれんな」
その話を聞きながら、チワンが落ち着いた様子で口を開く。
「何にしても、病の件が気になります。まずは一度村に行って調査をする必要がありますね。突然死していると言っていましたので、もしかすると、ルロワンスの可能性もあります。いずれにせよ、病気の特定をせねばなりません」
「さすがはチワンだな。ご明察だ。奴らの村で蔓延しているのは、どうやらルロワンスのようだ。死んだ人間たちは須らく顔や体に紫色の斑点が浮き出している」
「そうであれば尚更早急に対処したほうがよいでしょう。ルロワンスがアガルタに蔓延することだけは避けねばなりません」
チワンが落ち着いた様子で助言してくれる。俺はちょっと考えて、口を開く。
「チワンの言うことはもっともだ。早急にルロワンスの対策をしよう。まずはどうすればいい?」
「今のところこの国でルロワンスが発症しているという報告は、我々ポーセハイたちの間では上がってきておりません。おそらく、クリミアーナ村の中で発生しているものと思われますので、できましたら、その村全体に結界を張っていただければと思います」
「わかった。まずはチワンたちと俺たちに無菌状態になる結界を張った方がよくないか?」
「いいえ、無菌状態に慣れてしまいますと、結界が解除された時に抵抗力が落ちてしまいますから、それは現地で調査をする時で結構です」
「わかった。あとは・・・この坊主だな。コイツは俺の怒りに触れた。俺の家族を殺そうとしていやがったからな。家族の敵は許すまじ、というのが俺のポリシーだ。しかも、自分の従姉のヴィエイユも身代わりにしようとしていやがった。コイツには、死ぬよりも辛い思いを味わってもらわねばな」
「リノス様……」
目を丸くしているチワンを横目に見ながら、俺は口を開く。
「そもそもこの坊主は、まだ子供だ。自分の行動に責任を持てない上に、大人をナメくさりやがるガキは、キツイお仕置きをしなけりゃならん。おいお前、覚悟しとけよ?あとは・・・アガルタに来た信徒たちの対策も、もう一度練り直さなきゃならんな。俺も腹をくくらなきゃな。坊主、お前は無事にこの国を出られるとは思わんことだ」
その言葉を聞いてなお、カッセルは殺意を込めた目で俺を睨み続けるのだった。




