第二百十二話 リノスは、与えて取る
「はぁぁ・・・。そんなことになっていたとはな」
俺はソレイユと共に風呂に入りながら、クリミアーナ村の報告を聞いていた。ヤツらがアガルタに入った時からずっと、サダキチたちと共に森の精霊たちにも監視を頼んでいたのだ。
「クリミアーナの人々は森の木々を乱獲し、さらには、自分たちの住居を建てる場所を確保するために、森を焼いています。適度に木を切るのであれば問題ないのですが、彼らの行いは度を越えています。森の精霊たちが怒るのも、無理はありません」
「で、ヤツらはその、森の精霊たちの呪いにかかっているってことか」
「呪いというよりは、精霊たちの嫌がらせです。あの村全体の湿度が異常に高いのは、森の精霊たちが水の精霊たちと協力してやっているためです。そのせいで彼らの住居はカビだらけですし、中にはキノコが生えている家もあります」
「ヤツらにイヤがらせをしろと命じたのは俺だが、まさかこんなことになるとはな。それにしても、冬の間、ずっとジメジメした中で生活していたのか・・・。クリミアーナの連中はよく耐えているな。すごい精神力だな」
「ええ。私もすぐに音を上げると思っていたのですが・・・。意外に忍耐力がありますわ。でも、さすがに彼らの心も折れそうになっています」
「だろうなぁ。その時、ヤツらがどう出るかだな。大人しく教国に帰るといいんだがな」
「リノス様は、まだクリミアーナの人々が何かをするとお考えですか?」
「窮鼠猫を噛むというからな。追い詰められた人間は何をするかわからん。そもそも、他国にいきなり大人数で押しかけて、その国をぶん取ろうとするヤツらだ。普通なら戦争になるが、ヤツらは敢えてその戦争を起こして、国々を占領してきた。そりゃ、死ぬことを恐れない兵士が居るんだ。余程の戦力差がない限り負けることはないよな。そんなヤツらと正面からぶつかるのは得策じゃない。ここはひとつ、ヤツらに穏便にこの国を離れてもらうのが一番だ。ソレイユ、すまないが、これからも引き続きヤツらの動きを見張ってくれ」
「畏まりました」
「本当に、ソレイユが味方でよかったと思うよ」
「うふふ。私は、死ぬまでリノス様の味方ですわ」
「頼もしいな。・・・そろそろ上がろうか、ソレイユ」
俺たちは風呂から上がり、脱衣所でタオルを使って体を拭く。俺は自分の体を拭きながら、ソレイユの体も拭いてやる。彼女は何故か俺が体を拭いてやると、とてもうれしそうな顔をする。
「リノス様、お願いがあります」
「何だい?」
「ご褒美を・・・くださいませ」
「うん?」
「今夜は・・・」
「・・・わかった。今日は、優しいのがいいのか?乱暴なのがいいのか?」
「今日は・・・乱暴にしてください・・・」
「いいのか?ソレイユはすぐイヤイヤって言うからな~」
「それは・・・」
ソレイユは耳まで真っ赤にして照れている。そんなソレイユをお姫様抱っこをして、俺たちは部屋に向かった。
次の日、俺は執務室に座りながらあくびをかみ殺していた。昨日の夜は頑張りすぎた。ソレイユの大きな胸は反則だ。それに加えてあのエロさである。さすがはサキュバスの一族だけはある。昨日の晩は何とか俺が勝利したが、あと数年で俺は、ベッドの上の戦いにおいてはソレイユに敗北するかもしれない。そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされる。俺は慌てて姿勢を整え、入室を促す。入ってきたのは、メイ、チワン、ローニ、そして、クリミアーナ教国から亡命しているグラリーナだった。
「おおメイ、どうした?」
「リノス様、キリスレイの特効薬について、報告に参りました」
チワンが落ち着いた声で俺に話しかけてくる。
「チワン、どうだ、特効薬は?」
「残念ながら、患者を完治させるまでには至っておりません。それと並行して、キリスレイ発症防止の薬を開発しておりまして、そちらの方が、何とか目途が立ちそうです」
「ほう」
「これはメイ様が発見されたのですが、コカトリスの毒とグラリーナの酸液を使うことで、キリスレイの発症が抑えられそうなのです」
「ほう、メイ。本当か?」
「まだ人体に投与していませんので何とも言えないのですが、ニ十体のオーガにキリスレイに感染した犬に噛ませてみましたが、発症しませんでした。さらには、症状が軽度である場合は、その進行もかなり遅らせることができるようです。これについてまだ、確認段階なのですが・・・」
「すごいな。コカトリスの毒・・・だっけ?コカトリスって、人を石に変えるんだっけ?」
「はい。コカトリスの毒は、ドローパーサルミンフェイスの含有量が八十七パーセントです。それをグラリーナさんの酸液を八対二の割合で配合して、含有量を適度な濃度に抑えます。それをさらに、ソルフボンズ方式で抽出していきます。それにガタメランズをシトラールしますと、最大限の効果が発揮されます」
「・・・ああ。・・・うん。・・・わかった、メイ」
そのやり取りをチワンは笑いながら見ている。
「メイ様、実にわかりやすい解説ですが、おそらくリノス様には分からないかと思いますよ?」
「えっ?ああ・・・。すみません。ついつい専門用語で話してしまいました・・・」
「いい。いいんだメイ。効果が高そうなことは伝わった。大丈夫だ。それに、メイの困ったカワイイ顔が見られたから、俺としては大満足だ」
メイは顔を真っ赤にして俯いている。その様子をグラリーナは微笑ましそうに見ている。
「オ・・・オホン」
すかさずローニが咳払いしてくる。そして、チワンが口を開く。
「リノス様には、サンダンジ王様に、私どもが開発した予防薬を国の民に投与する許可を得ていただきたいのです」
「俺が?サンダンジ王に?」
「はい。キリスレイはこれに罹患した犬に噛まれると、高い確率で感染します。その罹患した犬が多くいるのはサンダンジ国です。早く予防する必要があります」
「わかった。そういうことなら、話をしてみよう。ところで、グラリーナ。どうだ、研究の方は?」
「はい。まだまだ学ぶことが多くて、付いていくのがやっとですが、充実しています」
「グラリーナは物覚えが早く、伸びしろがあります。きっといい研究者になります」
「チワンがそう言うなら間違いないだろう。ローニのいいライバルになりそうだな?」
その言葉にローニはツンとした表情をしてそっぽを向く。
「そう簡単に、後輩に抜かれる私ではありません」
「ハハハ、さすがはローニだ。頼もしいな。ローニは娘たちの主治医でもあるからな。これからも頼りにしているぞ」
そう言って俺は外出用の衣服に着替えて、サンダンジ国に転移した。
王宮で俺がやって来たことを告げると、すぐさま謁見の間に通された。しばらく待っていると、国王のニケがやってきた。
「アガルタ王はいつも出し抜けに来られるな」
「すみません」
「いや、謝る必要はない。ポーセハイの転移は便利だな。いつ見ても、うらやましい限りだ」
ニヤリと笑うニケ。そして、真面目な顔となり、口を開く。
「アガルタ王とメイリアス殿が揃って来られるということは、キリスレイに関して何か進展があったのか?」
「さすがはニケさんです。その通りです。ただ、これはあくまでお願い、なのですが・・・」
俺はキリスレイの予防薬についての話をする。ニケは微動だにせず俺の話を聞いている。
「いくらだ?」
「え?」
「その予防薬を全て我が国が買い受ける。望みの金額を言ってくれ」
ニケのあまりにも早い決断に、俺は思わず絶句してしまう。
「お金など結構です」
声の主はメイだった。これにはさすがにニケが固まってしまっている。
「あ・・・私・・・余計なことを・・・」
メイは両手で口を押さえて、小さな声で呟いた。俺も小声で呟く。
「いいやメイ、構わない。続けてくれ」
メイはスッと背筋を伸ばして、よく通る声でニケに話しかける。
「私たちが開発した予防薬はあくまでオーガでの実験でしか効果が確認できていません。もし、人体に投与すれば何かしらの反応が出るかもしれません。そのような段階の薬を使ってくださいとお願いしているのです。お金などいただくわけには参りません」
「し・・・しかしメイリアス殿・・・」
「ニケさん。妻のメイリアスの言う通りです。まだ人体での効果が確認されていない薬に、お金などもらえませんよ」
「サンダンジ王様。この予防薬の製造方法は、この国の研究者の方々にもお伝えします。是非、この国の研究者と私たちで、さらに効果が出るように研究をしていきたいと思います。できれば・・・この予防薬が犬たちにも効けばいいのですけれど・・・。それも含めて、これからは、より完璧に近い予防薬の開発に力を注ぎます」
「メ・・・メイリアス殿・・・。アガルタ王・・・。感謝・・・感謝する」
ニケは涙を流しながら頭を下げていた。
その後、ニケの命令ですぐさまサンダンジ国の中で、メイたちが作った予防薬が国民に投与された。それから一か月。心配された副作用やアレルギー反応などはなく、今のところサンダンジ国におけるキリスレイが新たに発生したという報告はない。
アガルタの雪が完全に解け、大地には春の花が咲き乱れるようになったある日、サンダンジ国から俺に一通の書簡と五つの箱が届けられた。ちょうどメイとチワン、そしてローニからサンダンジの報告を聞いていたところだった。タイミングのいいことに、この書簡を届けてきたのは、サンダンジ国の医療研究所に詰めているポーセハイのラセースだった。
「ニケさんから書簡?何だ?」
俺は箱の中から書簡を取り出し、目を通す。
『貴国からいただいた予防薬を民に投与してひと月。我が国において、キリスレイの新たな発症は確認されていない。これを以て、貴国が作られた予防薬は効果があるものと認める。せめてもの御礼として、予防薬の開発に携わった、リノスアガルタ王、メイリアス王妃、ポーセハイのチワン殿、ローニ殿、ラセース殿に、我が国の最高勲章であるクシャナミトラクリン勲章を贈与する。 我が生涯の友と、我が国を救いし聖女殿と賢者たちへ ―サンダンジ・ウルハ・ニケ』
俺は思わず苦笑いを浮かべる。メイたちは顔を見合わせながら笑顔を交わしている。贈られた勲章を手に取ってみると、人間が犬を抱いている絵が刻まれた、純金と思われるメダルだった。俺は笑みを漏らしながら口を開く。
「勲章にも犬がデザインされているんだな。結果的に、予防薬をタダでやった代わりに、サンダンジ国の絶大な信頼が得られたな」
「この勲章・・・かわいい。サンダンジ国らしいですね。しかし、まだキリスレイの特効薬ができたわけではありません。私たちは早く、それを完成させなければなりません。頑張りましょう」
メイの力強い声で、ポーセハイたちの顔が引き締まる。その様子を見て俺は、きっとこの病は撲滅に向かうだろうと、心の中で確信するのだった。




