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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第八章 疫病撲滅とクリミアーナ教国対決編
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第二百十一話 ヴィエイユ受難。でも、まだ序の口

アガルタの大地を覆っていた雪がようやく解け始めた。暖かく吹く風は、待ちに待った春の訪れを告げている。しかし、その訪れを感じる余裕のない者がここにいた。クリミアーナ教国のヴィエイユたちだ。


彼女たちは雪解けを待たずに、教徒だけが住む村の建設を開始した。ニザ公国を経由して持ち込まれた物資を活用しつつ、寒さと戦いながら森の木々を切り倒して材木を作り、それを加工して、自分たちが住む住居を作り始めた。そして、それと並行して村の周囲に城壁も作っていた。その速さはリノス達の予想を超えるものであり、春を迎える頃には、その七割が完成していたのである。


ここまでは、ヴィエイユたちクリミアーナの思惑通りであった。移住者数は予定していた三分の一程度ではあったが、本国の選び抜かれた精強な兵士と、熟練の域に達している技術者たちをここに連れてくることができていた。言わば教国の最精鋭の人間が揃った、実に効率的な集団となっていたのだ。それだけに、村の建築は小規模で済んでいたし、食料も十分にあり、あと一年は暮らしていけるだけの備蓄があった。あとは、アガルタの民をクリミアーナ側に引き込みつつ、ジワジワと勢力を拡大していけばよかったのだ。もし、それに危機感を抱いたアガルタが攻撃でも仕掛け来ようものなら、練達の兵士をもって全力で返り討ちにして、そのまま都を陥落させ、ついでにその近くに作られた獣人村を滅ぼしてしまおうと考えていた。


しかし、ここで予想外のことが二つ起こった。一つは、アガルタにおけるクリミアーナ教の信者が全く増えないことであり、もう一つが、結露の問題であった。


深刻なのは結露であった。村はしばしば家屋の外にも、中にも結露が発生した。それを防止するべく、ヴィエイユたちは様々な対策を行ったが、有効な改善策は見いだせなかった。結果、春を迎える頃には、あちこちの建物にカビが生え、そのために何ともいえぬ不快な臭いに包まれていた。中にはキノコが生えている家も見られるようになっていたのだ。


当然、彼らの寝床となるベッド、その上に敷かれているシーツの類、さらには衣服などにもカビが生えていた。普通の人間であればすぐにでも逃げだすような不快な環境であるが、信徒たちはそれでも、持ち前の精神力で耐え続けていた。


また、彼らはアガルタのあちこちで民衆と諍いを起こしていた。とりわけ都の人々からの信用はゼロであり、徐々にではあるが、彼らはアガルタの国民から忌諱される存在になりつつあった。



「・・・わかりました。引き続き、続けてください」


司教の報告を聞き終わったヴィエイユは、できるだけ鷹揚に振る舞おうと努めていた。しかし、全身から発せられる倦怠感と、彼女が無理して振る舞うその動き一つ一つが、残酷なまでに痛々しい姿を周囲に見せつけていた。


「ヴィエイユ様・・・」


声をかけているのは司教のコフレシだった。


「少しお休みください。とは言いましてもこの環境・・・。しかし、あと数日で新しい家も出来上がります。そうしましたら、そちらの家に移られて、お休みください」


その言葉を聞いたヴィエイユは、ニコリと微笑みを返す。


「他の信徒たちも、私と同じようにこの環境に耐えているのです。私一人がそのような特別な待遇を受けるわけには参りません。そのお心だけで結構です」


コフレシはしばし俯いていたが、やがて意を決したように口を開く。


「ヴィエイユ様、この地を離れましょう。新たな場所に、我らが住まいを求めてはいかがでしょう?」


「何を言っているのです!」


珍しくヴィエイユは語気を荒げて答える。


「これまで、この村を築くのにどれだけの労力を使ったと思っているのですか!村の建設は予定通りなのです。たかが、カビが生えているからと言ってむざむざこの地を放棄すると、さらに我がクリミアーナはアガルタの民から誹りを受けることになるでしょう。それに、この場所はアガルタの喉元です。ここに我々が居ることは、アガルタ王の喉元に刃を突き付けているのに等しいのですよ?そこを離れるなど・・・。これもクリミアーナ様が与え給う苦難。これを乗り越えてこそ、我々は真の主神様の僕となることができるのです。コフレシさん、あなたの、クリミアーナ様への忠誠心は、そのような薄っぺらいものなのですか!」


ヴィエイユの、普段見せない怒りの表情に、コフレシはただただ恐縮している。


「も・・・申し訳ございません。このコフレシ、浅はかでございました」


「わかればいいのです。必ず、必ず、クリミアーナ様は我らをお助けくださいます。春になれば、暖かくなれば状況も変わります。あと少しです。我らはまだやることがあります。畑を作り、作物を育てなければなりません。この村を繁栄に導くのです。我らの力を見せつけるのです。そうすれば、アガルタの民も必ずクリミアーナ様のご加護の力を思い知るでしょう。ここが正念場です。コフレシさん、頑張りましょう」


コフレシは何度も頭を下げながら、部屋を後にしていった。そして、それと入れ替わるようにして、カッセルが部屋に入ってきた。


「姉さま・・・」


「ああ、カッセル。今、コフレシさんが・・・」


「外で聞いていました。姉さま・・・。姉さまの考えは正しいと思います。ただ・・・」


「ただ、何かしら、カッセル?」


「やはり、この国は未だ大魔王の影響下にあるとしか思えません。ここは一度、本国に、教皇聖下に相談・・・」


「無用です」


「姉さま!」


「アガルタ王以下、この国の民は、我らクリミアーナ教を、主神様の尊い教えを受け入れませんでした。この国は必ず天罰が落ちることでしょう。教皇聖下に報告しても、我らに敵する者どもを滅せよと仰るに違いありません。我らはここに楽園を築くのです。私たちはこの村を繁栄に導かねばなりません。我らに敵する邪悪な者どもに鉄槌が下るとき、この国の民は自らの愚かさに気が付くのです。それには、この村が繫栄していなければなりません。アガルタ国に再び地獄絵図のような光景になった時、ただ一つ繫栄し、平和な楽園が存在していた。我らはそうならねばなりません。カッセル、あなたも力を貸してください。ああ、そうです。今一度アガルタの民にこのことを説いて回りましょう。今ならば間に合うと・・・」


ヴィエイユはそう言うと、いそいそと外出の準備をして部屋を後にした。その姿をカッセルは何も言うことができずに、見送るしかなかった。



ヴィエイユは、数名の司教と共にアガルタの都に向かい、そして、布教を始めた。クリミアーナ様がどれだけ偉大なお方であるのか。一方、この国に待ち受ける恐ろしい未来を迫真の表情で語って聞かせた。そして、それを救うことができるのはクリミアーナ様のご加護だけであることを熱っぽく語り、最後に、クリミアーナ村がその救いの場所であることを、やさしい眼差しで語って聞かせたのだった。


自分自身でも満点をつけてもいい、会心の出来だった。ヴィエイユは、自身の布教術に絶対の自信を持っていた。現に、これまで様々な土地で布教活動を行ってきたが、どの地域でも彼女の神々しい雰囲気と、その圧倒的な説得力を持ったプレゼン能力で、数多くの信者を獲得してきた。その彼女が満点をつけるほどの出来栄えだったのだ。しかし、彼女の周囲に集まったアガルタの人々の反応は、冷ややかなものだった。


「その邪悪なる者ってのは、いつ来るんだ?」


「近い未来、近い未来です!」


「まあ、リノス様がおいでになるから大丈夫だろう」


「いいえ!アガルタ王様では到底太刀打ちできない程の強大な、邪悪な存在なのです!そう、その昔・・・」


「あの王様で太刀打ちできない相手なら、どこに逃げても死ぬしかないぞ?まあ大丈夫だって。あの王様なら何とかするだろう。都に居ないのなら話は別だが、昨日も市場で買い物してたからまあ、大丈夫だろう。ところで、リノス様でも太刀打ちできない相手って、どんな格好してるんだ?」


「それはそれは邪悪な・・・。邪悪な・・・邪悪な・・・」


「嬢ちゃん、あんまり大人をからかうんじゃねぇよ」


そんな会話がどこに行っても繰り返されるばかりだった。さらには、そうしたヴィエイユを見かねて、食べ物や飲み物などを差し入れてくれた都の人もいたのだが、そんな人々に対しても、彼女たちはいつもの対応をやり続けた。


「この寒さの残る日に湯を下さるとは・・・。これもクリミアーナ様のお陰です。主神様に感謝いたします」


当然、施しをした人は、何とも言えない表情を浮かべながら、彼女たちから離れていくのだった。



この日も全く成果を得ることなく、日も暮れかかってきた。ヴィエイユたちは仕方なく帰路につこうとしたその時、一人の男が重そうな石を抱えて歩いているのが見えた。ヴィエイユたちは、その男に近づき、その石を一緒に持った。しかし、男の反応は予想外のものだった。


「オイ、触るな!触るんじゃねぇ!」


「いいえ、手伝います。重いでしょ?手伝います。お気になされずに」


「触るなって言ってんだろうがぁ!ああっ!」


たまらず男は石を放り出すようにして地面に置いた。


「バカ野郎!一人で持つ方が楽に運べるんだ。お前たちが持つと重心が崩れるんだよ!仕事の邪魔するんじゃねぇや!こちとら、日暮れまでに親方の現場までコイツを運ばなけりゃならねぇんだ!邪魔するねいっ!」


そう言うと男は、よっこらせっと石を持ち上げ、再び歩き出したのだった。



村に戻る途中、司教の一人が呟くように口を開いた。


「アガルタ王は結界が得意だと聞いた・・・。もしや、我らクリミアーナ教を拒む結界を都に張っているのでは・・・」


「そうかもしれませんね。きっと・・・そうなのでしょう」


力なくヴィエイユは呟く。もはや彼女たちには、この会話が荒唐無稽な内容であると判断する気力さえも失われつつあった。しかも、その話はある意味、半分当たっていたのだが、そのことは当然、知る由もない。そんな中、ヴィエイユは頭を小刻みに振りながら、折れそうな心を奮い立たせる。いけないいけない。私が弱気になってはいけないわ、と。そして、必ずアガルタ王を、この国の民を見返してやろうと、強く心に誓うのだった・・・。

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