第千百四十八話 リノスも出陣したゾ!
マトカルがアルレの城を死守したという情報をリノスが知ったのは、海上のことであった。彼は一万の兵と共に船でフラディメ王国に移動している最中だった。
彼はその報告を当然のことであると言わんばかりの表情で聞いた。ただ、クリミアーナ軍が上陸してきて、デウスローダの兵士たちを襲ったという点については眉を顰め、さらに、その指揮官をマトカルが張り倒したという点においては、大爆笑をして周囲の者を驚かせた。
船は一路、フラディメの王都であるアリスン城に向かっていた。すでに陸地は見えていた。到着まではあと少し、というところだった。
城ではすでにリボーン大上王が待っていた。彼はリノスらアガルタ軍の将兵を丁寧にもてなした。その上で、
「我らは全兵力をもってアガルタ王にお味方しますぞ。竜騎兵も欲しいだけ貸しましょう。今こそ、メイリアス殿に受けた恩を返すときじゃ」
と言って、リノスの手を強く握った。その様子をメイティア王は煩そうな顔で眺めていたが、ややあって、
「いかほどの軍勢が必要であるかは、ケダカ王国のビオン国王の要請を聞いてからでよろしいでしょう」
そう言ってその場を取り繕うとしたが、これが却って大上王の逆鱗に触れた。
「何を言うのだ貴様は! 相手の要請を待っているようではいかん。コトは急を要するのだ。ケダカが占領されれば、我が国との国境も危うくなる。ケダカの防衛は、わが国の防衛にもつながるのだ!」
「ケダカは相当の軍備を整えております。そうやすやすと落ちることはないでしょう」
「ほう、相当の軍備を整えている国が、どうして自国深くまで攻め込まれているのだ」
「それは戦略というものでしょう。自国の奥深くに敵軍を誘い込み、地の利のある所で一気に敵を叩くという算段ではないでしょうか」
「相変わらずお前は何もわかってはおらぬ。だから、ダメなのだ」
「まあまあ二人とも」
リノスが宥めるが、父子の間には険悪な空気が漂っている。彼は敵わないなと心の中で呟きながら言葉を続ける。
「確かに、勝手知ったる自国に敵をおびき寄せて一気に殲滅するというのは、戦いの常道でもあるでしょう。一概に、それが悪手であるとは言えないでしょう」
「ムムム。アガルタ王がそう言われるのであれば……」
そう言って大上王はそっぽを向いたが、リノス自身も、これまで得た情報からは、ケダカ王国は不利な状況に傾いているのではないかと考えていた。現在はガノブ率いるダオラ帝国の軍勢に国の三分の一を占領されている状態であった。しかもそこには港町なども含まれており、ガノブがケダカに経済的圧力もかけようとしていることは明らかだった。
そのとき、扉がノックされて一人の男が入室してきた。彼はケダカ王国の勅使であるマルフと名乗った。大上王はこの男に、現状を説明せよと促した。
……割かし、詰まれているんじゃね?
話を聞いた直後、リノスは心の中でそう呟いていた。状況は彼が想像していたよりも悪かった。王都からかなり離れているが、ガノブ率いるダオラ帝国連合軍は、総攻撃をかければ一気に王都に迫ることができる状況だった。彼らがそれをしないのは偏に、国境付近に展開するフラディメ王国の存在があったればこそであった。
「アガルタ軍の軍船がここオービッゼに到着していることは、敵も把握しておりましょう。これで敵は動くに動けぬ状況となったと愚考します。この国境付近に展開する貴国の軍勢三万。反対の国境にはサンダンジ軍二万が固めております。ダオラ軍が動けば、左右を囲まれることになります。さらには、アガルタ軍の軍船が海を進めば、敵の退路を断つことも可能となります」
マルフはそう言って胸を張ったが、それはあくまで一般論であって、戦いの場では何が起こるかがわからないものであった。リノスは、ガノブが王都まで遮るもののない一本道を作り上げたことに注目していた。これは決して示威行為などではない。本気でケダカ王国の併呑を考えている。彼は同盟国であるフラディメとサンダンジが国境を固めることを十分に想定して軍を進めているとリノスは見ていた。
……きっと、まだ何か奥の手を隠し持っているのだろうな。
リノスは心の中でそんなことを考えていた。どう考えても、ダオラ帝国軍は王都に向けて侵攻を開始するように見える。だが、それはあくまでそう見せているだけで、ガノブはそんなことをするつもりはさらさらないのではないか。敢えて多くの将兵を消耗するよりも、効率的に勝つことを考えるのがあの皇帝だ。その狙いは何であろうか。
「俺を殺せば、戦いは終わるのかな」
つい、そんな言葉が口をついて出た。そこにいた全員がギョッとした表情を浮かべていることに気づいた彼は、照れた表情を浮かべながら、冗談ですと言って両手を上げた。だが、メイティア王はニコリと笑みを浮かべながら静かに口を開いた。
「確かに、君がこの世から消えてくれれば、敵も、クリミアーナも助かることになるね。もしかすると、敵の狙いはケダカ王国ではなくて、君なのかもしれない」
「なぁにを言うのだ貴様わぁ!」
大上王の声が響き渡る。もうこうした事には慣れっこなのか、リノスとメイティア王は同時に耳をふさいでダメージを軽減させる。マルフ一人がその声をまともに受けて悶絶した表情を浮かべている。
「この軍勢犇めく中、どうやってアガルタ王の命を狙うというのだ。やれるものなら、やってみるがいい」
リボーン大上王はそう言って胸を張った。その様子を見てリノスは再び苦笑いを浮かべた。
「まあ、戦いの中では何が起こるのかがわからないものです。注意するに越したことはありませんでしょう」
「では、我が軍の者を警備にお付けしましょうかな」
「まあ、本職が結界師ですので、自分の身は自分で守りたく存じます。お気遣いありがとうございます。そのお気持ちだけでうれしいです。大上王様も、妻のメイリアスに少し似てこられましたね」
「……なに、儂が、メイリアス殿に? 冗談を! 儂ごときが、メイリアス殿になど、おお、これは恐れ多い。恐れ多いことだ」
「きっと妻ならば、そういうことを言いますので、似ているなと僭越ながら思った次第です」
「ハッ……ハッハッハ! アガルタ王はときに面白いことを言われるわい」
そう言って彼はカラカラと笑った。
◆ ◆ ◆
「君もなかなかやるじゃないか。あそこまでこじれた父上の機嫌をすぐに直すとは。もしかして、わが国始まって以来の最短記録じゃないかな」
大上王の部屋を出ると、メインティア王がそんなことを言ってきた。だが彼はすぐにまじめな顔になると、
「ただ、敵の狙いが君だというのは、割と間違ってはいない方向性だと思うけれどね。君さえ殺せば、この戦いは終わる。そこまで考えてはいないとしても、君をこの戦いに引っ張り出そうという意図を感じるのだがね」
「まあ、そうならないように気を付けます」
リノスはそう言って笑みを浮かべたが、彼の心中はまさに、メインティア王と同じだった。
「とりあえず俺たちは、作戦通り海を進んで敵の背後を伺います」
「もう出陣するのかい? せっかちだねぇ。まあ、気を付けてくれたまえ」
「そんなわけないでしょう。兵士たちも休ませねばなりません。今日一日は休息を取らせて、明日出港します」
そう言って彼はアリスン城を辞した。
船に戻ると、その帰りを待ちかねたかのように、兵士の一人が走り寄ってきた。彼は周囲を見回すと、失礼しますと言って顔を近づけてきて、口を開いた。
「恐れ入ります。先ほどから船内に、ヴィエイユ教皇がお待ちになっておられます」




