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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十四章 失敗からの創造編
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第千百四十四話 陣を立て直すゾ!

クリミアーナ軍到着、の報を聞いて、ブレイらをはじめとしたデウスローダ軍将校たちは色めき立った。これで、わが軍の勝利は確定したも同然だと公然と主張するものまでいた。デアイゼルなどは、


「国王様、このままアガルタに攻撃を仕掛けましょう。クリミアーナ軍に仕事をさせてはなりません。奴らのことです。今回のことを契機に、様々な要求を突き付けてくることでしょう。いま、肝要なのは、彼らを戦闘に参加させないことでございます。我らの手で、アガルタを葬り去ることです」


もっともな意見であった。あの教国はタダでは動かない。動けばその対価を必ず要求してくる。しかもそれは、かなり痛いところをついてくるのをブレイは十分すぎるほどに知っていた。だが、親衛隊長のヒョウは


「国王様、一旦この場を離れましょう」


と主張した。そこにいた幕僚たちが驚きの表情を浮かべた。そんな視線を受けながら彼は、まるで諭すように口を開いた。


「離れる、と申しましても、撤退するのではありません。陣を整えるのです。いま、我らは身動きもできない程にアガルタ軍に囲まれている状態です。このまま攻撃に転じましても、我らには相当の被害が出ることを覚悟せねばなりません。ここは一旦退いて、陣を立て直すことこそ肝要でございます」


ヒョウの頭の中には、前回の戦いのありさまが鮮明に描き出されていた。いくら攻めてもつき崩すことのできないアガルタ軍の防御、ひとたび攻撃に移れば、疾風迅雷の速さで迫ってくる迫力、そして、ひとりで何人もの兵士を倒していく攻撃力の高さ。


確かに、アガルタ王はこの戦いには参加していない。しかし、指揮を取っているのは、前回の戦いと同じマトカルだ。兜もかぶらずに、茶色い髪を振り乱しながら片っ端から敵を斬っていく様は、さながら鬼神のごとき有様であった。その指揮官と兵士がそのままこのデウスローダにやって来ているのだ。こちらが攻撃を仕掛けたところで、思うような結果にはならないと彼は確信していた。


「よくよく目を見開いてごらんなさいませ、国王様。アガルタ軍に今のところ動揺らしき様子は見られません。いま、我らが攻撃を仕掛けても防御され、さらには攻撃を加えられて、むやみに兵士を失うだけでございます」


ヒョウはそこまで言うと、ゆっくりと周囲を見回した。


「いま、我らがやらねばならないことは、クリミアーナ軍が到着したからと言って浮かれるのではなく、冷静に戦況を分析することでございます。クリミアーナ軍が果たしてアガルタに攻撃を加えるのか、それは判断が付きません。知っての通り、かの国は己が手を汚さずに漁夫の利を得ようとする者たちです。我らの注文通りに動いてくれるか否かはまだ、判断できかねます。それゆえ、我らは一旦陣を立て直す必要があるのです」


ヒョウはそう言い切った。そうしなければ、ここにいる全員が屍を並べる他はないというほどの悲壮感が漂っていた。


「ヒョウの言うとおりである」


ブレイは言った。すぐさまデアイゼルが片膝をついて口を開く。


「お待ちください国王様。我らはまだ、負けてはおりません」


「そんなことはわかっている」


「今ここで、敵を目の前にして引き上げたとあっては、外聞がよろしくございません」


「外聞、とな」


「左様でございます。我らがこのまま引き上げますと、クリミアーナはこのことに関して何かと高い要求をしてくることになりましょう。クリミアーナを前に、隙を見せるべきではないと愚考します」


「デアイゼル、貴様、何か勘違いをしているな」


「勘違い? これは異なことを。ヒョウ様、私が何を勘違いしていると?」


「我らは撤退するのではない。陣を整えるのだ。陣を整えることは、どこの国、どこの軍勢でもやることだ。クリミアーナにとやかく言われる筋合いはない」


ヒョウの言葉に、デアイゼルの顔がみるみる変わっていく。憤怒の感情がありありと出ている。


そのとき、兵士に付き添われてニーシャが帰ってきた。彼女は喜色満面の表情で、


「父上! クリミアーナの援軍が参ったとのこと。これで、アガルタをせん滅できます。すぐにでも攻撃命令を!」


ヒョウは、またか、と心の中で呟きながら主君の顔を見た。彼は少し悲しそうな表情を浮かべながら口を開いた。


「ニーシャ、我らは一旦軍勢を立て直す。そなたは下がっておれ」


みるみるニーシャの顔が憤怒のそれに変わっていく。


「何を言うのです父上! クリミアーナ軍二万が到着したのです。この機を逃がして何とするのです! 今すぐ攻撃を仕掛けるべきですわっ! 手柄をクリミアーナに取られてはなりません。かの軍勢が到着する前に、我らで戦果を挙げねばなりませんわっ!」


「おお、姫様。まさしくその通りでございます。私も今、国王様にそのことを申し上げていたところでございます」


デアイゼルが嬉しそうに頭を下げる。ニーシャは我が意を得たりと言わんばかりの表情になって、


「攻撃の機会は今ですわっ! 今すぐ攻撃命令を! 全軍で攻撃に当たるのです!」


彼女は周囲の幕僚に向かってそう言った。まるで、彼女がこの軍の総司令官になったかのような振る舞いだった。その様子をブレイは悲しそうな表情で見ていた。


もともと、クリミアーナ軍については、軍船をアルレの沖に向かわせ、そこで海上封鎖をしてくれと命令していた。にもかかわらず、彼らは上陸をしてきてこちらに向かってきているのだ。約定違反である。その、約定違反を犯してまでそれをするということは、クリミアーナにとって相当の利益があるから、というのは容易に想像ができる。問題はそれが何かということだ。それが今のブレイにはわからなかった。


不気味な教国軍の動きが判断できるまでは動くべきではない。単なる示威行為である可能性もある。ヒョウの言うように、デウスローダとアガルタを争いに高みの見物を決め込むという流れも十分に考えられる。そうした不測の事態が起こったときに、今の状況では十分に対応できるとは言い難かった。


「ニーシャよ。そなたの気持ちはよくわかる。だが、今はそのときではないのじゃ。まずは陣を立て直す。全軍、ゆっくりと後方に三キロ下がれ。誰ぞ、バゼットに早馬を遣わせ」


「父上!」


「国王様!」


ニーシャとデアイゼルが必死の形相でブレイの傍に寄ってきた。その二人に対し、ヒョウが重々しく口を開く。


「もう、国王様のご命令は下ったのです。お控えなさい」


二人は一様に憎しみの表情をヒョウに向けた。だが彼はそんなことは意に介さずに言葉を続ける。


「これより我らは一旦ここを離脱します。まずはバゼットの部隊と我が親衛隊が国王様をお守りしながら、ご指示のあった場所まで撤退します。他の隊はそれに続くのだ。せっかくだデアイゼル。貴様、殿を勤めてはどうか。いつも本陣にあって国王様の御用を勤めるのもいいが、貴様も幕僚の一人なのだ。撤退戦の一つも指揮できなくては、他の幕僚たちとの兼ね合いもあるだろう。貴様にとっても、ちょうどよい機会だと思うが、どうか」


彼は視線を隣にいるニーシャに向ける。


「よろしければ、姫様もご一緒にいかがでしょう。アガルタが動く可能性は極めて低ぅございます。よい経験になるかと愚考します」


二人は相変わらず憎々しげな表情を浮かべている。表情の作り方が、この二人は似ている。夫婦になれば、よい似た者夫婦が出来上がるのではないかと心の中で呟く。


「バゼット隊、動きます」


誰かがそう叫んだ。ヒョウはデアイゼルに顎をしゃくって殿を勤めるよう促し、同時に、国王ブレイに、撤退の準備を整えるよう促して、頭を下げた。

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