第一話:龍の襲来
本作が二作目の作品となります。相変わらず未熟者の文ですが、お読みいただければ幸いであります。
《第一話 龍の襲来》
これは現世ではない、どこか別の世界での物語である。物語を始める前に、知っておいて損はない現状に至るまでの歴史を記す。
皇暦二七〇(南暦八九五)年、中原・華南に興った楚帝国が魏帝国を滅ぼす。これを以て“大争乱時代”の始まりとする。
皇暦二九五(南暦九二〇)年、楚帝国、東西に分裂する。同年に魏の残党が蜂起、朝歌府を都として魏帝国を再興する(後魏)。
皇暦二九六(南暦九二一)年、後魏・震・帯方・楽浪の連合軍、熊襲皇国・難波王国に侵攻、戦線膠着により翌年講和。連合軍は撤退した。
皇暦三〇一(南暦九二六)年、熊襲、帯方王国に侵攻。難波、後魏の介入の末、二年後に講和。熊襲、難波両軍は撤退した。
皇暦三〇六(南暦九三一)年、西熊襲の大名立花氏、熊襲朝廷に反旗を翻す。朝廷は討伐軍を派遣するも、都市国家大輪田と立花の連合軍に敗北。朝廷の求心力は低下し、以降政治的混乱が続く。(以上『詳説熊襲史』より引用)
物語はそれから二年後、皇暦三〇八(南暦九三三)年から始まる。今また一人の男の人生が、歴史の渦に容赦なく呑み込まれようとしていた……。
真っ青な空には、鰯雲が広がっていた。その下には、延々と続く山並みやその間の谷に点在する村落と既に収穫を済ませた田畑が見える。いくつかの山上に見える煙を上げた無味乾燥な構造物は、狼煙台あるいは砦である。
熊襲皇国北部に位置する若波郡。その中央部には郡府・大野城があり、その東方十四里(約七キロメートル。この世界における一里は現世の約五百メートルに相当する)に、若波郡最大の防衛拠点、勝山城がある。今その勝山城に、おびただしい数の将兵が入城していた。兜の前立てや鑓(和人の使う槍)の穂先が陽光を反射する。九月になって、日輪は真夏の頃と比べだいぶ下がってきていた。
軍列には『三盛木瓜』の流れ旗や幟旗が翻る。若波郡を治める大名、朝倉氏の家紋である。この日城の内外に、五千の将兵が集結していた。
一騎の騎馬武者が城へと続く山道を駆け上がる。背中の赤い旗は使番のしるしである。
「申し上げます!」
馬を下りた使番が復命する相手は、侍大将の真柄太郎左衛門直純である。この大柄で髭面の猛将は弟の五郎左衛門と並び朝倉随一の武辺者であった。
「我らが軍勢千五百、全て着到いたしました」
「大儀。しばらく仕事もないゆえ、休むがよいぞ、六路兵衛」
「はっ」
六路兵衛は馬を厩へ連れていくと、兜を脱いで一息ついた。
小野六路兵衛保英、この時十八歳。後世伝説の傭兵といわれる男はこの時点で既に、複数の合戦で侍首を挙げるなどの武功を立てていた。鑓の腕でも、兄五路兵衛信英を上回っていた。現在は父や兄とともに、小野家の寄親(一定数の武士たちを統率する上級武将)である真柄太郎左衛門に使番として仕えている。兄の五路兵衛は真柄勢の馬上衆(騎馬武者)として、父の五郎兵衛冬英は弓衆組頭としてこの軍勢に従っている。真柄勢三百余の中で、小野父子の働きは高く評価されていた。
「六路兵衛。ぼやっとするな。すぐに出陣だぞ」
五路兵衛がやってきて、まどろみかけていた弟を咎めた。どうやら休み過ぎたらしい。
「ああ、兄上、申し訳ありません。……それにしても、戦が起こるとは思えぬ静けさですねえ」
「阿呆か。長尾勢は既に八頭川の北四里(約二キロメートル)まで兵を進めておる。すぐに出立するぞ」
五路兵衛が言うと同時に、法螺貝の音が響き渡った。
「こら、行くぞ」
兄に急かされ、六路兵衛は馬に跨り城門へ向かった。
主殿の前を通るときに「五兄様、六兄様」と呼び止める声があった。兄弟の妹、沙紀である。一年前から勝山城に下女として奉公に上がっていた。利発な娘で、城主真柄太郎左衛門もよく物事にも気が付く彼女を気に入っていた。
「兄様方、御武運を。敵を存分に討ち懲らしてください」
沙紀は十三歳だが発育が早く、十五歳くらいに見えてもおかしくない。美しさと幼さが同居する肢体を、黄色の小袖で包んでいる。
「なあに、越州の木端侍ごとき、この六路兵衛が踏み潰してくれる」
六路兵衛は笑って言った。
「六兄様は、いつもこうです。五兄様、六兄様が無茶致しませぬよう、よく見張っておいた方が良いかと存じます」
「おう、安心せい」
五路兵衛はそう言って、六路兵衛も鑓を振って城門を出た。
「……そもそも、何で長尾為虎は若波を攻めるのでしょうか」
太郎左衛門に随行して戦場へ向かう道すがら、六路兵衛は前から思っていた疑問を口にした。
若波郡の東、北越郡の大名である『越州の龍』長尾参議為虎が突如侵攻してきたのは三日前のことである。長尾軍は郡境の城を瞬く間に落とすと、朝倉軍が集結する勝山城へと向かっていた。
「六路兵衛は政に疎いからのう。良かろう。この真柄太郎左衛門が教えてやる」
三十四歳の太郎左衛門は弟を見るような目で家臣に事のいきさつを語り始めた。
「そもそもの発端は、遥か西、大輪田にある………」
この年の六月、二十年に亘り大輪田軍を率いてきた近衛大将・桑原光義が突如引退を諸国に向け発表した。
『儂の時代はもう終わりぜよ』
歴戦の名将はこの言葉を残し、歴史の表舞台から姿を消した。この報を受けた周辺国の後魏朝廷、東楚朝廷、熊襲朝廷は狂喜したが、すぐに大輪田征伐の兵を挙げることはなかった。しかし、いささか気の早い男が一人いた。
熊襲朝廷に逆らう大名・尼子八雲守清久は、かねてから企図していた西の宿敵・立花領への侵攻を実行したのである。立花は大輪田の後ろ盾を得ていたため、桑原光義の引退は八雲守にとって千載一遇の機であった。九月現在、八雲守は従属する山名氏の軍勢と共に立花領へ侵攻していた。そして山名の東を守るのが、小野家の主君にして尼子の同盟者、朝倉若波守景時であった。その朝倉を、そのまた東の長尾が襲ったのである。
「長尾は代々勤王の家。尼子の援軍が無い状況を見計らい、朝敵である殿を滅ぼそうと考えておるのであろう」
「長尾が他の大名を攻めるのは文永の大乱以来百五十年ぶりのことと聞き及びますが………」
「朝廷がいよいよ再統一へ動き出したのやもしれぬ。我らは謀反人であるがゆえに、長尾に敗れたならばすべてを失う。敗北は許されぬ。心せよ」
「はっ」
晴れ渡った秋の空は、戦場へ向かう将兵を祝福しているかのようであった。
五千の軍勢はやがて八頭川に差し掛かった。
「……長尾勢だ」
川の向こうには長尾勢が既に陣形を整え始めていた。
「戦闘準備!事前の打ち合わせ通りに布陣せよ!」
太郎左衛門の命により、朝倉軍右翼の千五百人が動いた。右翼の旗頭である真柄勢三百を中心に、百から二百程の規模の各豪族の部隊が戦闘態勢を整える。
対する長尾勢の左翼は『九曜右巴』の旌旗をたなびかせ、整然とした様子であった。中軍には北方の守護神を表す『毘』と『龍』の大旗が立てられていた。
「まるで中原の兵法書を再現しておるかのようだな」
太郎左衛門が呟く。
長尾勢は六千の兵が鶴翼の陣形をとった。対する朝倉勢は各豪族が思い思いの場所に陣取っている。
「何か……不気味ですね」
六路兵衛は思わず不安を口にした。まるで長尾勢が巨大な生き物のように思えたのである。
「曹子(古代中原の兵家)の兵法に基づいた布陣だ。長尾め、大陸かぶれという噂は本当であったか」
太郎左衛門が舌打ちして言った。
そこへ、本陣の朝倉景時から伝令が発せられた。
「『今すぐに渡河し、あの鷺を八つ裂きにしてくれる』と殿は仰せにござる。真柄殿はすぐに兵を動かし、敵左翼を襲われよ」
「承知した」
真柄は承諾すると太刀を抜き放ち、六路兵衛に命じた。
「冬英に前進するよう伝えよ」
「はっ」
六路兵衛から下知を聞いた小野冬英は
「ご苦労」
と言うと、「弓衆前へ」と部下に命じた。
木製の垣盾を並べた足軽の後ろに、弓衆が二列に並んで指示を待った。
しばらく静寂が続いたが、やがて味方中央から風を切る鋭い音が響き渡った。
「鏑矢か」
六路兵衛が呟くと、すぐに法螺貝が各所で吹かれ、朝倉方の各豪族が一斉に動き出した。まずは弓衆が垣盾に守られながら前進する。長尾勢も鏑矢を放つと、弓衆が前進を始めた。
「放て!」
冬英が太刀を振り下ろすと、足軽たちが一斉に矢を放った。四十本程の矢は長尾勢めがけて飛ぶ。向こうも矢を放った。それぞれの矢は多くが楯に防がれるが、何本かは後ろの足軽を射抜いた。何人かが腕や脛を抑えてうめき声をあげる。一瞬手が止まる足軽たちに、冬英の叱咤が飛ぶ。
「怯むな!放て、放て!」
川を挟み、両軍の間隔が一町(約百メートル)程になると、長尾勢のほうから雷のような轟音が連続して轟いた。同時に真柄勢の楯に穴が開き、後ろの楯持ち兵が鮮血を吹いて斃れた。
「石火矢か!いつの間にあのようなものを」
六路兵衛は驚いた。
熊襲の和人たちは大型の大将軍砲から小型の手銃まで、あらゆる火器を石火矢と呼んでいた。しかし、大筒(大砲)はともかく、手銃は構造・操作性・安全性に難のある代物であったため、熊襲ではそれほど普及していなかった。それを長尾勢は、数十丁も揃えていることになる。
「ええい、これでは陣形が乱れる。崩される前に突っ込め!」
真柄太郎左衛門は突撃を命じたが、その前に配下の各豪族たちは動き始めていた。数百の長柄鑓(長槍の一種)を構えた足軽たちが猛然と敵陣に襲い掛かる。長尾勢も長柄衆を繰り出し応戦した。
数百の将兵が構える鑓の穂先がぶつかり重なり合い、激しい音を立てる。
戦力の差は歴然だった。長尾軍の長柄は、朝倉軍のそれと比べて一間半も長い三間半(約六・三メートル)という長大な鑓であった。集団での長柄鑓の戦法はひたすら鑓を上下に動かし相手または相手の鑓を打ち据えるものである。当然、鑓の長さは戦闘力に直結した。
おまけに朝倉軍の諸豪族はそれぞれがばらばらに動き、全体の連携がまるでとれていなかった。対する長尾軍は、各部隊が息の合った動きを見せ、長柄も掛け声に合わせ一斉に振り下ろしてくる。
「えい、とお!えい、とお!」
ばしばし叩きつけてくる長柄鑓の猛攻に耐えきれず、朝倉方諸隊の長柄足軽は次々と潰走した。これを見て取った長尾軍は銅鑼を鳴らした。
「来ますかね」
六路兵衛は太郎左衛門に尋ねた。
「来るぞ。全員、掛かれ!乱戦に持ち込めばまだ勝機はある」
言っている間に、長尾軍の長柄衆が左右に開き、二百騎ほどの騎馬武者がどっと押し寄せてきた。後ろから徒歩武者や足軽も続く。
真柄勢も三十騎の騎馬武者を先頭に突撃した。
鬨の声と共に人馬が激しくぶつかり合い、鑓と鑓が交差し、激しい金属音や衝撃音が響き渡る。
緋縅の胴丸に身を固めた真柄太郎左衛門は金砕棒を振り回し、群がる敵兵を叩きのめしていく。
「俺も負けてられんっ」
六路兵衛は一瞬主の雄姿に見とれたが、すぐに鑓を構えて襲い掛かってきた騎馬武者を打ち据えた。続く足軽の陣笠を石突で打つ。次に現れたのは髭面の偉丈夫であった。
「我が名は旗頭柿崎家景が与力、弥彦十郎義明なり!若造、名を名乗れ」
「真柄太郎左衛門が与力、小野六路兵衛保英!」
「貴様、なかなかの腕と見た。いざ、勝負」
弥彦十郎は鑓を振り回し、六路兵衛に襲い掛かった。六路兵衛は応戦しつつ、十合目で十郎の隙を見つけた。
(そこだ!)
十郎の鑓が六路兵衛を襲う寸前、素早く伸びた六路兵衛の鑓が十郎の咽喉輪を貫いた。
「速い……」
十郎はそれだけ言い残すと馬から落ち、動かなくなった。
六路兵衛は馬を下りると十郎の首を取り、大音声で叫んだ。
「朝倉家臣小野六路兵衛、弥彦十郎が首討ち取ったり!」
周囲の同僚は「おーっ!」と歓声を上げた。
「馬鹿か!使番が下馬してどうする!」
五路兵衛が怒鳴りながら馬を寄せてきたが、その顔は怒っていなかった。
「よくやった。弥彦十郎は柿崎衆有数の勇士。こちらの士気も上がる。お前はすぐに馬に乗れ。使番の仕事があるぞ。首は俺が責任を持って預かる」
「兄上、かたじけない」
六路兵衛は礼を言うと馬に跨り太郎左衛門に随行した。
「六路兵衛よ。また腕を上げたようだが、もう少し早く突けぬか。膂力と速さを併せ持つ技がお主の取り柄ぞ」
太郎左衛門は笑いながら言うと、六路兵衛に命じた。
「本陣に行って戦況を報告せよ」
「はっ」
六路兵衛が高台の本陣に差し掛かると、前線の様子がよく見えた。
朝倉軍の左翼は押されていたが、真柄勢のいる右翼は互角の戦いを見せている。
(このままいけば何とか退けることが出来る)
六路兵衛はそう思ったが、主君・朝倉若波守は彼以上に戦況を楽観視していた。
「報告。真柄勢は敵将弥彦義明を討ち取り、士気は大いに上がっております。戦況は互角。真柄様は更なる攻勢をかけ、敵を追い散らす所存にございます」
六路兵衛の報告を受けた若波守は、余裕たっぷりの笑みで応えた。
「追い散らすと言うておるが、このままいけば敵総大将、長尾為虎の首を討つことも不可能ではないぞ。逆に越二郡を切り取ってくれる。そうなれば今は調子に乗っておる尼子や朝廷の犬と成り果てた三好も俺様に平伏すであろう」
はっはっはと笑う景時の前に、使番が駆け込んできた。表情には驚愕の色が見える。
「どうした」
「申し上げます!三好軍四千余、八頭竜城を開城させ、こちらへ向かっております!」
若波守は驚愕して使番を質した。
「八頭竜の景家はどうした?」
「景家様は長尾と通じておりました。寝返りでござる!」
若波守は激怒した。
「おのれ、分家の分際で!人畜無害と思ったから奴だけは殺さずに郡境の城をくれてやったものを!」
喚き散らす若波守を近臣が抑えるが、彼の怒りは収まらなかった。そうこうしているうちに、南から法螺貝の音が響いてきた。
状況を察した六路兵衛は一礼して本陣を出ると、馬腹を蹴って急ぎ太郎左衛門の元へ戻ろうとした。高台からは既に戦場へ近づきつつある三好軍の姿が確認できた。
この時、南の美前郡から若波郡に攻め入った三好氏の軍勢は、朝倉軍の南東三里(約一・五キロメートル)の地点まで迫っていた。
お読みいただきありがとうございます。これから長く書いていくことになると思いますが、最後までお付き合いいただければと思っております。
なお、本編中に実在の地名や勢力名・姓が登場しますが、この物語は異世界を舞台にしたフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。ご理解ください。




