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アボーテッド・チルドレン  作者: 襟端俊一
第三章 第二の刺客
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 一階でエレベーターを降りた神慈は、唐突に尿意をもよおし再びエレベーターに乗って二階へとやって来ていた。


(まさか一階に洗面所が無いとは。いや、それでも真っ先に桐生さんに聞いてれば何の問題も無かったんだ。今更洗面所の場所を聞くのに恥ずかしがるとか……俺は乙女か。お陰で結構な時間を浪費してしまったぞ)


 ただ、神慈にも言い分はある。

 瑪瑙と話してから、桐生という女性に苦手意識が生まれていたのだ。

 そもそも冷やかされるのが嫌で第三図書室にとどまろうとしているのに、ここで桐生と話してしまうのは本末転倒というもの。

 面識のある彼女以外の受付に聞くというのも、あからさま過ぎて気が引けてしまった。


(昼休みは始まったばかりだけど、購買まで行って戻ってきたら一緒に食べる時間がほとんどない。……五時間目も欠席するか? でも、いつどんな形で母さんに伝わるか分からないし、流石に出た方が良いよな)


 心の中で独り言を呟きながら、料亭のような一風変わった洗面所に入る。

 雰囲気を出すためだけにわざわざ作られたであろう池には、大きめの錦鯉が窮屈そうに泳いでいる。

 控えめに存在感を示す灯籠や、座れば和菓子と抹茶が無料でサービスされそうな茶室、手入れの行き届いた草木。

 何処からどう見てもここは日本庭園だ。


(なんて用を足しにくい洗面所だ)


 他に人が来ないか気にしつつ、迅速に用を足す。

 手を洗い、洗面所の出口を前にしたところで神慈は首を傾げた。

『清掃中』と大きく書かれた、やたらと巨大な看板が入り口を塞いでいたのだ。


(あれ、何で清掃中? 入るときはなかったよな)


 どかして出ようとすると、それを止めるように神慈のスマートフォンが鳴った。

 ディスプレイに表示されている熊音小愛の名前を見た瞬間、神慈の顔が歪む。


「……おかけになった電話番号は現在使われて」

『ふざけてる場合じゃないってば始祖様! 今何処にいるのー?』

「トイレだけど」

『良かった、その様子だとまだ無事っぽいね。電池切れになったときはどうなるかと思ったよー!! 何処探しても見つからないし、充電しに来て正解だった!』

「おい、一体何の話を」


『やばいよー! さっきナルを見たの! リーダーじゃない方。授業中なのに廊下にいたし、あれきっと始祖様を探してたんだよー』

「……そいつの特徴は? 尻尾のアクセサリー以外の。何かないか?」

『うーん……ナルシ……ウザ……コン……………………』

「は? おい、聞こえないぞ。もしもし? ……くそ、切れてる」


 軽く舌打ちして、こちらからかけ直そうとした直後だった。

 一番奥に設置してある、豪華な装飾が施された掃除用具入れ。

 本来であれば清掃員くらいしか縁のないものだが、その引き戸がゆっくりとこちら側に開いたのだ。



「無駄ですよ」



 中から出て来たのは、神慈よりもかなり小柄な白ランの少年だった。

 腰に巻いているふさふさの尻尾を見て、すぐに彼の正体に確信を得る。


「改造した携帯電波妨害装置で、クマさんの電話番号は完全にシャットアウトしていますから。もっとも、有効範囲は三メートル程なので実用性は低いですけどね」

「お前がナルか」

「鳴海衣琉です。以後お見知りおきを、始祖様」

「どうしてここが分かった?」

「何か深い理由でもあれば良かったんですが、残念ながらただの偶然です。元々僕は芸術棟の美術室常連ですからね。クマさんを撒いた後、いつも通り芸術棟にやってきたら始祖様を見つけまして。リーダーに頼まれている以上、無視はできませんし」


 偶然と言っても、清掃中の看板を置くことでちゃっかりと戦いの準備は整えている。

 子愛と違って、頭の回転が速いタイプのようだ。


「頼まれてるって言ったな。お前が俺を狙う理由は、リーダーに頼まれてるからなのか」

「えぇ。始祖様とそのお母様を欲しがっているのはリーダーであって、僕個人は恩を返そうとしているだけです。……あ、ちなみにリーダーの目的は知りませんよ」

「……そうか」


 神慈は手に持ったスマートフォンを握り締めた。

 携帯電波妨害装置とやらの有効範囲は三メートルと言っていた。

 ならば全速力で有効範囲外まで逃げて子愛と合流したいところだが、それをしようとすれば即座にドミネイトを宣言されるだろう。

 目を逸らすのは簡単でも、聴覚を遮断するのは難しい。


(どう考えても向こうが宣言する方が速い……戦いは避けられそうにないな。だったら、少しでも有利に立てるようにこいつの『IA』を見極める時間が欲しい。ほんの少しだけでも)


 衣琉は、神慈の一挙手一投足を見逃すまいと瞬きすらせずにこちらを観察している。

 小手先が通じないのなら、せめて先手を。


「一つだけ、良いか」

「何でしょう?」

「その尻尾のアクセサリー、滅茶苦茶ダサいな」

「えっ」


 衣琉が呆気にとられた刹那。

 神慈は戦いの合図を宣言した。


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