4
昼休みに神慈を迎えに行くべく四時間目の授業を抜け出した熊音小愛は、想定外の事態に戸惑いを見せていた。
階段に向かって廊下を歩いていた際、前方にイタチの尻尾のような長いアクセサリーを腰に巻いている少年を見つけたのだ。
そしてその少年は、印象こそ変わっていたが見覚えのある顔をしていた。
(あれって……ナル?)
神慈に連絡を入れるべきか。
それとも、尾行して情報を集めるべきか。
天恵が起きた時期を考えれば、昇華学院に通っているメディウムはその全てが初等部、中等部に所属している。
テイルブロッサムとして顔を合わせたとき、ナルは小学生という感じではなかった。
昇華学院は中等部だけで全二十組、約千八百人の生徒が在籍している。
同学年であればそれなりにニアミスすることもあるが、中等部全体で集まるのは一年で数えるほどしかなく、子愛も彼とは一度も顔を合わせたことがない。
つまり、一年生か三年生の可能性が高い。
(先輩って感じじゃないし、一年かなー。つっきーが年下ってこと考えると、必ずしもそうとは限らないけど)
しばらくその後ろ姿を追っていると、急に彼がこちらに振り向いた。
「やあ」
少年はキザったらしく指を二本だけ立てて挨拶をし、
「クマさんさぁ。尾行の意味、分かってる?」
「気付かれないように後をつけることじゃないの?」
「それが分かってて、どうして真後ろにくっついてくるんだか」
「……、あれ?」
以前は長髪だったが、今の彼は耳が隠れるくらいに切り揃えている。
その鬱陶しさが彼のアイデンティティとも言えたので、尻尾のアクセサリーがあっても本人かどうか判断しがたかった。
「僕の顔を見つめたくなる気持ちは分かるけど、程々にしておかないと凍傷になるよ?」
「うわーこのウザさは間違いなくナルだー」
「クマさんには何度も言ってるよね。僕の名前はナルじゃない、鳴海衣琉だって」
ちなみに、子愛が彼をナルと呼んでいるのは名字から取っているわけでなく、ナルシストだからである。
「アンタだってアタシの名前覚えないし、おあいこでしょー」
「僕は自分を産んでくれた母親以外、名前を覚えないようにしてるんだ。そうすることでより母親への愛情を示しているのさ」
「始祖様もマザコンぽかったけど、アンタが言うとウザさ十割増しだね……」
「ん? パペットにされたのに、随分と始祖様を慕っているんだね。それとも、そんな風に洗脳されてるのかな」
「さー、どーだろーね」
子愛は素早くスマートフォンを取りだして、
「まー良いや。とりあえず始祖様呼ぶから。ナルもパペットになるといーよ」
「それは困るよ。始祖様とそのお母様には感謝してもしきれないけど、誰かのパペットになるのは僕のプライドが許さない」
「テイルブロッサムには入ってたのにー?」
「リーダーはメディウムの力について教えてくれた恩人だし、同等の仲間として扱ってくれるんだから文句なんてないさ。というわけで――またね!」
「あっ」
電話を掛けようとした瞬間、衣琉は階段を駆け下りてしまった。
子愛も慌てて後を追うが、響く足音は次第に小さくなっていく。
なよなよしていても、体力と運動神経は間違いなくメディウムのそれだ。
授業に出ない生徒は大抵が芸術棟やそれ以外の施設にいるため、何の面白味もない校内の人通りは皆無。
そんな中を逃げ回っていれば苦労することなく見つけられそうなものだが、
「やばー……普通に見失っちゃった」
校舎内を一通り見て回った子愛は、焦燥の表情を浮かべて呟いた。
テイルブロッサム内での連絡は、全てリーダーが取り仕切っていた。
学院の敷地内にいくつか存在する公衆電話を介して、子愛と衣琉に直接連絡が来るのだが、その連絡ですら三人で集まるときの予定を伝えてくるだけで、個人的な連絡はほとんどない。
子愛と衣琉の関係は更に冷めきっていて、当然互いの連絡先など知らない。
一度見失ってしまうと再び見つけるのは非常に困難と言える。
(まずは始祖様に電話かなー)
スマートフォン片手に悪魔の尻尾を左右に動かしながら、子愛は高等部に向かって歩き始めた。
神慈の『IA』は考えるまでもなく強力。
しかし彼が絶対に勝てると断言はできない。
鳴海衣琉の『IA』を子愛は知らないし、神慈には圧倒的に経験が足りていない。
衣琉もリーダーに教えを請い、メディウムとしての力に目覚めた一人だ。
幾度となく特訓を重ね、メディウムの戦いにも相当精通しているはず。
何よりも、衣琉は頭が良い。
リーダーとの特訓を上手くいかせなかった子愛とは違う。
(……んん?)
スマートフォンが反応しないことに気付き、眉をひそめてディスプレイを確かめる。
するとそこには、『充電が必要です』という旨のメッセージが表示されていた。
ツツーッと冷や汗が子愛のこめかみを伝う。
機種別の充電器が揃っているのは芸術棟の図書室くらいだが、ここからだとそれなりに距離がある。
その間に衣琉が神慈と接触してしまう可能性を考えると、直接高等部に向かい危険を伝える方が早い。
子愛に迷っている余裕はなかった。




