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タコの捕食譚 ~喰らった獲物の力を八本の足に宿して~  作者: SN
第一海域・岩礁海

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16/16

16本目【タコ×岩礁の主×岩硬貝】


タコは岩礁のさらに奥へ進んでいた。

大きな岩がいくつも重なり、その間には暗い穴や細い隙間が続いている。


周囲の岩はどれも大きく、岩と岩の間には深い影が広がっていた。

タコは身体の色や模様を変えながら、ゆっくりと泳いでいく。


何かいないかな。


タコは周囲を見渡した。

すると、少し離れた岩陰に一匹のカニを見つけた。


分厚い甲羅に、太い歩脚。

身体の左右には、大きな鋏が付いていた。


岩甲ガニだった。


タコは自分の甲殻足を動かした。

以前、苦労して捕まえた大きなカニ。

あの硬い甲羅の下には、美味い肉が詰まっていた。


また食べたい。


タコは岩へ身体を寄せ、ゆっくりと近づこうとした。


その時だった。


岩逃魚の足に、僅かな違和感があった。

タコは動きを止め、周囲を見渡す。


何かいる。


けれど、岩陰には先ほどのカニしか見えない。

タコは身体を岩へ張り付けたまま、じっとしていた。


すると、岩甲ガニが突然動きを止めた。


大きな鋏を持ち上げ、身体を岩の方へ向ける。

太い歩脚を動かし、ゆっくりと後ずさり始めた。


タコはその先へ目を向けた。


何もいない。


そう思った瞬間、岩の一部が動いた。

大きな岩だと思っていたものが、ゆっくりと形を変えていく。

岩に似た鱗が動き、その奥から巨大な頭が現れた。


タコは身体を縮めた。


大きい。


岩の隙間から、長い身体が滑り出してくる。

全身が岩のように硬そうな鱗に覆われ、口の中には巨大な牙が並んでいた。


岩牙ウツボに似ている。

けれど、今まで見たものとは比べものにならないほど大きい。


それは、この岩礁海の深部に長く君臨してきた、岩礁の主だった。


岩礁の主はゆっくりと身体を動かした。

巨大な頭が岩の間を抜け、長い胴が後ろから続いてくる。


その姿を見た瞬間、タコは以前の岩牙ウツボを思い出した。


大きな口。

鋭い牙。

足を噛み千切られ、必死に逃げた時の痛み。


怖い。


タコは岩へ身体を押し付けた。

皮膚の色が暗くなり、まだら模様が岩肌へ馴染んでいく。


動かない。


岩礁の主はタコに気付いた様子もなく、岩甲ガニへ向かっていった。


岩甲ガニが大きな鋏を振り上げる。

岩礁の主は構わず近づき、巨大な口を開いた。


次の瞬間、岩甲ガニの身体がその口へ挟み込まれた。


──バキッ!


分厚い甲羅が砕けた。


岩甲ガニは二本の鋏を振り回し、必死に暴れる。

けれど、岩礁の主は大きな顎へ力を込め、そのまま噛み締めた。


──バリッ。


硬い甲羅がさらに砕ける。

太い歩脚が折れ、大きな鋏も力を失っていく。


タコは動けなかった。


硬い甲羅。

自分が何度も攻撃して、なかなか傷を付けられなかったもの。


それが、あっという間に砕けていく。


岩礁の主は岩甲ガニを口の中へ引き込み、硬い殻ごと噛み砕いていった。

ぼりぼりと殻の砕ける音が響き、やがて大きな身体が飲み込まれていく。


強い。


タコは岩へ身体を張り付けたまま、じっと見ていた。


あの牙に噛まれたら。


タコは自分の甲殻足を見た。

以前の岩牙ウツボの牙は防げた。

けれど、あの巨大な牙まで防げるだろうか。


怖い。


タコはさらに身体を低くした。


岩礁の主は岩甲ガニを食べ終えると、ゆっくりと泳ぎ始めた。

長い身体が岩の間を滑り、巨大な頭がタコの隠れている場所から少し離れたところを通り過ぎる。


タコは動かなかった。


岩礁の主は近くの岩に張り付いた大きな貝の横を通り、そのまま奥へ進んでいった。

やがて長い身体が岩穴へ入り込み、暗闇の中へ消えていく。


それでもタコは動かなかった。


しばらくして、ようやく身体を岩から少し離した。


もういない。

タコは主が消えた岩穴を見つめた。


大きい。

強い。

怖い。


あの巨大な牙。

硬い甲羅を簡単に砕いた口。


タコは岩牙ウツボの足へ意識を向けた。

そこにあるものを、舐めるように味わう。


鋭い刺激が広がり、その後に濃い味が残った。


美味い。


タコはもう一度、岩礁の主が消えた方を見る。


あれも、同じような味だろうか。


あんなに大きな身体。

あんなに強い牙。


どんな味だろう。


タコはしばらく岩穴を見つめていた。


怖い。

けれど、食べてみたい。


タコは岩へ身体を寄せたまま、ゆっくりと動き始めた。

岩礁の主が消えた穴へは近づかず、別の岩の間へ進んでいく。


すると、少し先の岩に大きな貝が張り付いているのを見つけた。

先ほど、岩礁の主が通り過ぎた場所だった。


タコは足を止めた。


大きな殻。

岩と同じような灰色で、表面には硬そうな凹凸がある。


以前食べた岩貝に似ている。

けれど、殻はさらに厚く、岩そのもののようだった。


岩硬貝だった。


タコはゆっくりと近づいた。

岩硬貝は大きな岩へぴったりと張り付き、僅かに殻を開いている。


タコが足を近づけると、殻がすぐに閉じた。


食べたい。


タコは岩鋏エビの足を伸ばした。

大きな鋏で殻の縁を挟み込み、そのまま力を込める。

しかし、岩を砕ける鋏でも、硬い殻はびくともしなかった。


硬い。


タコはさらに強く挟んだが、殻には傷も付かない。

今度は岩牙ウツボの足を伸ばし、鋭い牙で噛み付いた。

けれど、牙は硬い表面を滑り、食い込まなかった。


タコは岩甲ガニの足を持ち上げた。

重い甲殻足を岩硬貝へ勢いよく振り下ろす。


──ゴッ!


硬い音が響いたが、殻は割れない。

もう一度叩き付けても、岩硬貝は動かなかった。


タコは岩砲魚の足を動かした。

足元の小石を吸い込み、岩硬貝へ向けて撃ち出す。

尖った石が殻へぶつかり、表面に小さな傷を付けた。


続けてもう一発撃ち込んだが、細かな傷が増えるだけだった。


タコは岩硬貝へ身体を寄せた。

岩貝の足を殻へ張り付け、強く引っ張る。

しかし、岩硬貝は岩から離れなかった。


別の足も巻き付け、身体ごと引っ張ってみる。

それでも殻は少しも動かず、逆にタコの身体が岩へ引き寄せられてしまう。


剥がれない。


タコは岩硬貝を見つめた。


硬い殻。

岩へ強く張り付いた身体。


以前の岩貝も、最初は剥がせなかった。

けれど、強い足を手に入れてからは、岩から引き剥がして食べられた。


タコは岩鋏エビの足を動かした。

続けて、重い岩甲ガニの足も動かす。


どちらも強い。

けれど、目の前の殻は壊せない。


食べたい。

けれど、食べられない。


しばらく殻の周囲を動いていたが、やがてタコは足を離した。

タコは近くの岩へ身体を寄せ、岩硬貝を振り返った。


あの中にも肉がある。

きっと美味い。


タコは以前食べた岩貝を思い出した。

岩から剥がした時の感触。

硬い殻の中に詰まっていた、柔らかな肉。


また食べたい。


けれど、今の足では食べられない。


タコは自分の八本の足を動かした。

岩を砕く鋏足。

重い甲殻足。

鋭い牙足。

尖った石を飛ばす足。


どれも強い。

けれど、あの殻は壊せなかった。


もっと強い足。


タコは周囲を見渡した。


大きな岩。

深い穴。

まだ進んだことのない隙間。


この奥には、もっと強いものがいるかもしれない。

タコはもう一度、岩硬貝を見た。


食べたい。


今は無理。

けれど、もっと強くなれば。


タコは岩と同じ色へ身体を変え、ゆっくりと泳ぎ始めた。

岩礁の主が消えた暗い穴を、遠くから見つめる。


あれも、食べてみたい。


怖い。

けれど、どんな味だろう。


タコは八本の足を動かしながら、まだ知らない獲物を探して岩礁の奥へ進んでいった。


●岩礁の主

特徴:

 通常の岩牙ウツボとは比較にならないほど巨大な身体を持つ。

 全身が岩のような鱗に覆われ、周囲の岩に紛れる高い擬態能力を持つ。

 巨大な口と牙で、岩甲ガニの分厚い甲羅を容易に噛み砕く。

 岩礁海の深部に生息する、圧倒的な強さを持つ存在。


●岩硬貝

特徴:

 岩礁海の深部に生息する、岩貝に似た大型の貝。

 非常に分厚く硬い殻を持ち、鋏や牙、甲殻足による攻撃でも砕けない。

 岩弾を受けても殻の表面に小さな傷が付く程度。

 岩へ強く張り付いており、複数の足で引っ張っても剥がれない。


【現在の八腕】

 本体:岩ダコ

 一ノ足:岩逃魚

 二ノ足:岩鋏エビ

 三ノ足:エビ

 四ノ足:岩甲ガニ

 五ノ足:ウニ

 六ノ足:岩砲魚

 七ノ足:岩牙ウツボ

 八ノ足:岩貝

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