第59話 次期将軍は厄介な超大型クライアント
御屋形様の本隊が先陣を切って上洛の道を突き進む中、俺たち堀尾組は、無血開城した観音寺城に居残っていた。
目的は、六角氏が残した蔵の接収と、兵糧や武器の棚卸し業務である。
「……五、六、七……。茂助様、槍の数が帳簿と合いませぬ!」
「勘兵衛、もう一度最初から数え直せ。三太夫は向こうの米俵を数えろ」
「ははっ!」
薄暗くカビ臭い土蔵の中で、家臣たちはホコリまみれになりながら奔走している。
俺はといえば、彼らに的確な指示を出し、自分は蔵の隅の風通しの良い場所に陣取っていた。
「茂助様も、手伝ってくださいよ。指示出しする振りして、休んでるんじゃないですか?」
いつの間にか、隣にやってきていた勘兵衛が、ジト目で俺を見つめる。
「馬鹿言え! 俺の的確な指示がなければ、早く終わらねえぞ!」
ぶつぶつ文句を言いながら作業に戻っていく勘兵衛を尻目に、俺は自分の作業に戻った。
目の前には、城の台所からくすねてきた茹で栗の山と、水飴の壺がある。
戦後の処理などという面倒な仕事は、真面目な部下に任せておけばいい。俺は現代の甘いものが無性に恋しくなり、すり鉢で茹で栗を徹底的に潰していた。
そこに水飴を少しずつ垂らし、滑らかになるまで練り上げる。最後に手ぬぐいで茶巾絞りにすれば、現代のモンブランを模した、なめらかな栗きんとんの完成だ。
俺は、You〇ubeで料理動画を見るのが好きで、特にスイーツの動画は見漁ったもんだった。
「よし、完璧だ。現代のコンビニスイーツにも負けない出来映え」
俺は完成した栗きんとんを、丁寧に重箱へ並べた。道中の自分用の最高のおやつである。
「茂助様! 終わりました! 数字、合いましたぞ!」
勘兵衛が涙目で報告にきた頃には、俺の重箱は黄金色の栗きんとんで満たされていた。
「ご苦労。さあ、安全な道をのんびり歩いて都へ向かうぞ」
重箱を隠すように風呂敷に包んで背中に隠すと、笑顔で勘兵衛二答えた。
***
最前線での命懸けの戦闘に比べれば、後方での行軍などピクニックに近い。俺はすっかり安心しきって、荷駄の車を引かせながら大津方面へと向かう街道を歩いていた。
だが、街道を半日ほど進んだところで、前方が異様に渋滞しているのに出くわした。
ただの軍勢ではない。立派な毛槍。磨き上げられた漆塗りの輿。見慣れぬ家紋の旗指物を背負った、仕立ての良い具足の武士たち。
今川の乗ってたやつ並に立派な輿だった。
「茂助様、あれは……足利義昭公の行列にございます」
三太夫が顔色を変えて耳打ちしてきた。
今回の戦の「大義名分」であり、次期将軍候補の超VIPだ。
行列は完全に足を止めていた。
輿の傍らには、いかにも教養のありそうな、気品漂う顔立ちの武将が控えている。
細川藤孝とか言ったっけ?
「……輿の揺れが酷い。それに、この近江の田舎道は景色が単調で、余は退屈しきっておる」
輿の御簾が上がり、ふくよかな男――足利義昭が、不機嫌そうな顔を覗かせていた。
藤孝が、冷や汗を流しながら平伏する。
「はっ……。なれど公方様、ここはまだ戦の爪痕残る道中。今少しの辛抱にございます」
「藤孝よ、くどい。余は今、口寂しいのだ。何か気の利いた甘味でもあれば別だが、貴様の堅苦しい和歌にはもう飽きた」
典型的なワガママで理不尽な超大型クライアントだ。
周囲の幕臣たちは、主君の気まぐれに完全に振り回され、困り果てていた。
「……目を合わせるな。道の端を通り抜けるぞ」
俺は部下たちに小声で命じ、姿勢を低くして行列の横を通り抜けようとした。
ガコンッ!!
よりによって、俺のすぐ後ろの荷車の車輪が、轍の石に乗り上げて派手な音を鳴らした。
幕臣たちの鋭い視線が、一斉にこちらへ突き刺さる。
輿の中から義昭がゆっくりと顔を向けた。
「……そこの、者」
義昭の細い目が、俺を捉えていた。
「織田の者か。……直答を許す。こちらへ参れ」
俺は泥の地面に両膝をつき、平伏した。周囲の幕臣たちの無言の圧力が恐ろしい。
「……大柄な男よ。名を何と申す」
俺はテンパりすぎて、頭の中が真っ白になった。自分の所属すら曖昧になる。
「は、ははっ! 木下藤吉郎の家来……いや? 織田信長様の家来なのかな? まぁ、いいや。堀尾茂助と申します……!」
言ってから「しまった」と思った。最高権威の前で「まぁ、いいや」は致命傷だ。
だが、義昭はポカンとした後、鼻で笑った。
「なんじゃ、わけのわからぬ奴め。……だが、ちょうど良い。余は道中の退屈と疲労で機嫌が悪い」
義昭は、俺を見下ろしながら扇子で輿の縁を叩いた。
「余の機嫌を直すような、何か珍しき甘味を持て。さもなくば、退屈凌ぎの面白い話でもしてみせよ」
完全な無茶振りだ。
だが、俺の懐には「あれ」があった。
「はっ! 手前、偶然にも手製の甘味を持ち合わせております!」
俺は懐から重箱を取り出し、蓋を開けた。
中には、黄金色に輝く栗きんとんが綺麗に並んでいる。
「ほう……これは?」
「栗をすり潰し、水飴を練り込んで茶巾で絞ったものにございます。名付けて『モンブラン』」
「……もんぶらん? 面妖な名前じゃの」
俺が精魂込め調理したモンブランを、気品ある武将の毒見を経て、義昭がそれを口に運んだ。
静寂。
「……ほう!」
義昭の目が、大きく見開かれた。
「栗の濃厚な風味が口いっぱいに広がり、舌の上で溶ける! なんという滑らかさだ! 都の菓子にもこれほどのものは珍しいぞ!」
義昭は次々とモンブランを平らげ、満足げに息を吐いた。現代のモンブラン的アプローチが、次期将軍の胃袋を完全に掴んだのだ。
「見事なり、茂助! 余の退屈が少し紛れたわ」
「ははっ、では手前どもはこれにて……」
「待て。誰が下がってよいと言った」
義昭が、扇子で俺をビシッと指差した。
「貴様、その巨体と抜けた返事、見ているだけで少し面白い。都に入るまで、余の輿の隣を歩け。そして、今の菓子のような気の利いた話を聞かせよ」
空気が凍りついた。要するに超絶ワガママなVIPの接待役に指名されたのだ。
(ふざけんな!! なんでこんな賢そうなお偉いさんがいっぱいいるのに、偶然通りかかっただけの俺が相手をしなきゃいけないんだよ!!)
「……御意にござりまする……」
俺が涙声で答えると、義昭は上機嫌に頷き、行列を動かした。
地獄の接待行軍が始まった。
俺は豪華な輿に並んで歩きながら、引き出しの少ない脳味噌を必死に引っかき回した。気の利いた話なんて知らない。俺の頭の中にあるのは、前世で浴びるように消費した漫画やゲームの知識だけだ。
ええい、ままよ!
「えー、上様。俺の故郷で語り継がれている、少し奇妙な英雄譚なのですが……」
「おお! 英雄の話か! 申してみよ」
「怒りで髪の毛が金色に逆立つ武将がおりまして。そいつは両手を前に突き出し、掌から眩い光の玉を放って、山を丸ごと吹き飛ばすのです」
「ほう! 光を放ち山を砕くか! まるで仏の化身、いや鬼神のごとき武勇だな! して、その金色の武将はどこの大名に仕えておるのだ?」
「いえ、どこにも仕えていません。ただ、空から降ってくる化け物とひたすら殴り合って、死んでは生き返るのを繰り返す戦闘狂でして」
「なんと!? 死してなお蘇るか! 凄まじい執念よ! 空から降ってくるとは、竹取物語に出てくる月の使者と関係あるのか?」
義昭は身を乗り出し、目を輝かせた。
「他にはないのか! もっと聞かせよ!」
「あとは……魔王を倒す運命を背負った勇者がいるんですが、姫を助けに行かずに、あちこちの村で他人の壺を叩き割ったり、何百日も釣りばかりして遊んでいる話とか」
「フハハハ! なんという阿呆な勇者だ! 使命を忘れて遊蕩に耽るとは、じつに人間臭くて面白いわ!」
「他にも、小判を投げ入れると過去の偉大な武将が召喚される『妖術の箱』の話もあります。ただ、いくら金を注ぎ込んでも、お目当ての絶世の美女や名将は出ず、星一つの見慣れた足軽ばかりが出てきて、大の大人が涙を流して絶望するんです」
「フハハハハ! 金を巻き上げる悪魔の箱か! 奇想天外にもほどがあるわ!」
俺の適当なオタク語りに、義昭はすっかり心を奪われていた。
俺がひたすら二次元のトンデモ設定をこの時代のホラ話のように脚色して喋り続け、義昭はそれに大笑いして合いの手を入れる。俺も、なんだか前世でネット掲示板に書き込んでいた頃のような謎の熱を帯びて、饒舌になっていた。
一方、行列の周囲を固める幕臣たちは、完全に置いてけぼりを食らっていた。
教養の欠片もない泥だらけの大男と、次期将軍。その二人が、「金色の髪の武将が山を消し飛ばす」だの、「金を食う箱から足軽が湧く」だのという正気の沙汰とは思えない妄言で、異常な盛り上がりを見せているのだ。
藤孝が、額の汗を拭いながら隣の同僚に視線を送る。
「……あれは、一体何の話をしているのだ?」
「さ、さあ……。狂人の戯言かと存じますが、公方様があれほど楽しげであらせられるなら、我々が口を挟むわけにも……」
幕臣たちは、なんとも言えない渋い顔を見合わせ、ただ黙って奇妙な二人を遠巻きに見つめ続けるしかなかった。
俺のパシリ人生は、ついに室町幕府の最高権威にオタク語りを披露するという、厄介極まりない局面にまで到達してしまったらしい。
憧れの京都はまだ、途方もなく遠かった。




