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第54話 将軍様は金閣寺? インテリ光秀とドナドナ上洛

 岐阜の夏は暑かった。盆地特有の湿気を含んだ熱気が、自慢の屋敷にも容赦なく忍び込んでくる。

 だが、俺は縁側に座って、深い井戸の底でキンキンに冷やしておいた瓜にかぶりつきながら、至福の時を過ごしていた。


 シャクッとした歯ごたえと共に、瑞々しい甘さが口いっぱいに広がる。この戦国の世で初めてこの瓜を食べた時は、その甘さに驚愕したのを覚えている。この時代にも、こんな美味い甘味があったんだなぁと、妙に感動したものだ。


 最高だ。俺の財力と、元台所奉行補佐という立場をフル活用したささやかな贅沢である。

 平和だ。このまま夏が終わるまで、ここで溶けていたい。

 だが、そんな俺の願いは、一陣の風と共に現れた伝令によって吹き飛ばされた。


「ご免ッ!!」

 門を叩く音。またか。

 出てきたのは、城からの使番だった。その顔色は蒼白で、ただ事ではない雰囲気を漂わせていた。

「堀尾茂助殿! お館様からの御下知である! 刻限を待たず至急登城せよ! 遅参することまかりならん、とのこと!」

「……は?」

 何事だ?

 いきなりハードルが上がった。

 俺は食べかけの瓜を放り出し、慌てて袴に着替えた。 


 ***


 岐阜城の大広間は、かつてない緊張感に包まれていた。

 織田家の家臣団がズラリと並ぶ中、いつもなら上座に座る信長様が、今日ばかりは一段低い座に控え、平伏している。

 そして、上段の間には、高貴な着物を着た一団が座っていた。


 中央に座るのは、公家のような化粧をした、少しふくよかな男だ。

 誰だあいつ?おじゃ◯丸の世界から迷い込んできたような奴だな。

 隣の同僚に確認したところ、足利義昭様と言うらしい。

 暗殺された前の将軍の弟であり、次期将軍候補として諸国を放浪していた貴人。越前の朝倉ってところを見限り、ここ岐阜の信長様を頼ってやってきたのだという。


 足利義昭……あの白塗りのオッサン。

 俺は末席で首を傾げていた。

 歴史音痴の俺の脳内データベースが、鈍い音を立てて検索を始める。

 足利。アシカガ。ああ、あれか。金閣寺建てた人か。

 歴史音痴の俺でもそれぐらい知ってるわ、常識的に考えて。


 足利といえば金閣寺か銀閣寺だな。こいつ金閣寺か?銀閣寺か?それにしても、随分と苦労してそうな顔してんな。金箔でも貼りに来たのか。


 そんな失礼なことを考えていると、義昭の隣に控えていた威厳ある武将が、軽く頭を下げて口を開いた。

「織田殿。我が主、義昭公の窮状をお救いいただき、感謝申す。」

 また隣の同僚に、今喋ってるのは誰かと聞いたところ、細川藤孝ほそかわふじたかと言うらしい。


 ホソカワ。知らないな。

 俺が心の中で適当に聞き流していると、続いてその後ろに控えていた別の武将が、涼やかな声で言葉を継いだ。


 「拙者は、明智十兵衛光秀と申す。以後宜しくお頼み申す」

 その男は、整った顔立ちに、知性を感じさせる高い額を持っていた。着こなしには一分の隙もなく、背筋は定規が入っているかのように伸びている。


 ビクッ!!

 俺の体が、反射的に跳ね上がった。

 アケチミツヒデ。

 俺の脳内アラートが鳴った。

 明智光秀。これは半兵衛クラス、いや、信長、秀吉、家康に次ぐビッグネームだった気がするぞ!!


 えーっと、何した人だっけ。すげえ頭いい人だっけ。なんか信長関係だった記憶はあるが……。

 どうしても思い出せない。

 だが、俺の直感が告げている。こいつは関わるとやばいタイプだ。たぶんダメな奴。

 見ろ、あの隙のない立ち姿。冷ややかで理知的な目。俺が一番苦手な、意識高い系エリートのオーラがプンプンする。


 絶対に規則とかマナーとかにうるさいタイプだ。君、その箸の持ち方はなんだ、とかネチネチ説教してきそうだ。

 やめよう。目を合わせちゃダメだ。仕事増やされる。

 俺は全力で気配を消し、柱の陰に隠れるように身を引いた。


 ***


 会見は粛々と進んだ。信長様は義昭を奉じて上洛することを快諾し、義昭は涙を流して感謝した。

 これで決定だ。織田軍は動く。俺の夏休みは終了だ。


 広間からの退出時。

 俺は、目立たないように廊下の端をコソコソと早歩きしていた。

 だが、運悪く、前方から光秀が歩いてきた。

 俺は道を譲ろうと、壁に張り付くようにして身を引いた。目は合わせない。絶対合わせない。

 だが、光秀は俺の前で足を止めた。


「貴殿」

 澄んだ、しかし冷ややかな声。

 俺はビクッとして顔を上げた。

「は、ひゃい! なんでしょう!」

「袴の裾が、少し乱れている」

 光秀は、俺の袴の裾を指差した。

 急いで着替えたせいで、少し紐が緩んでいたらしい。

 うわぁ、やっぱり細かい。絶対うるさい人だこれ。


「あ、すいません。急いでたもんで……失礼します!」

 俺は逃げようとしたが、光秀の一言が俺を縫い止めた。

「良い眼だ」

「え?」

 光秀が、俺の目をじっと覗き込んでいた。

 その視線は、俺の奥底にある怒られたくないという恐怖を見透かしているようだった。


「貴殿、私の名を聞いた時……一瞬、身を固くしたな?」

「へっ!?」

「私のような者に対しても、決して心を許さず、全身で距離を取ろうとする姿勢。油断がない」

 誤解だ。

 ただ単にお前がヤバそうな奴な気がしたので近寄らんとこって思ってビビってただけだ。

 現にヤバイやつそうだし……。


「名は?」

「ほ、堀尾茂助です……」

「ほう。噂に聞く墨俣の建築士で、鬼の堀尾殿か」

 光秀が、興味深そうな色を見せた。

「あの城、図面を拝見したが、実に合理的であった。貴殿のその身なりも、飾り気がなく実用一点張り。そして何より、初対面の相手に対する、その臆病なまでの慎重さ」

 光秀は、満足げに頷いたが、俺は設計も何もしてないし、何を言ってるのかマジでわかんない。


「織田家には、粗野な者や調子の良い者が多いと聞く。だが、貴殿とは話が合いそうだ」

「い、いやぁ、俺なんてただのニートですよ。アハハ……」

 こっち見んな。俺は心の中で叫びながら後ずさりした。

 俺のコミュ障を何かと勘違いしている。この誤解は危険だ。一緒に仕事をしたら、胃に穴が空く、絶対に。


「また、話をしよう。兵站や土木について、貴殿の意見を聞きたい」

 光秀は薄く微笑むと、優雅な所作で去っていった。

 いいお香の匂いが残る。エリートの匂いだ。


「怖かった……」

 俺はその場にへたり込んだ。

 なんで俺の周りには、こうも面倒くさい奴ばかり集まってくるんだ。

 野心家の藤吉郎、天才の半兵衛、ヤンキーの犬千代、筋肉ダルマの森可成、そしてド真面目インテリの光秀。

 キャラが濃すぎる。俺はモブなのに。


 ***


 その夜。

 藤吉郎の屋敷に呼び出された俺は、案の定、新たな辞令を突きつけられた。

「茂助! 上洛だ!」

 藤吉郎が鼻息荒く叫ぶ。


「お館様は、京へ向かわれる! 俺も一部隊を任されることになった!」

「え!? 新参部隊なんて、敵に狙われるやつじゃないんですか?」

「名誉なことだ!  それに今回は心強い援軍がいる!」

 藤吉郎が指差した先には、涼しい顔で茶を啜る竹中半兵衛と、なぜかそこにいる明智光秀がいた。 


「なんで貴方がいるんですか」

「将軍様の警護と、道案内だ」

 光秀が淡々と答える。

「織田軍が道に迷っては困るからな。それに、貴殿の行軍を近くで見せてもらおうと思ってな」

 ロックオンされてる。

 いや、俺は軍を率いませんから。


「行くぞ茂助! 京へ入れば、天下は目前だ!」

「若! 都見物ですな! 」

 藤吉郎と、後ろに控える三太夫たちが盛り上がっている。


 俺は、外の月を見上げた。

 さよなら、俺のマイホーム。

 さよなら、俺の冷やし瓜。

 明日からはまた、泥と汗にまみれた野営生活だ。


 とりあえず、金目のものは隠しておこう。

 俺は固く決意した。留守中に泥棒が入るかもしれないし、光秀に贅沢は敵だとか言われて没収されるかもしれないからな。


 はぁ……。


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― 新着の感想 ―
この場合は、謀反人って結果を導けなかったのはよかったかも知れないな。 知ればキョドるだけでは済まなかっただろうし。 しかし、金閣寺かぁ ソイツはもっともヤベー将軍だったが、そこまでは知らないのか…
惜しいな茂助、金閣はそこの人の10代ほど前の御方だ 光秀に関しては半端に覚えてたせいで、逆にロックオンされる
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