表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/61

第43話 久しぶりの実家、弟の成長と政略結婚の罠

 清洲城で信長様から面倒くさい任務を与えられた俺は、藤吉郎から短い休暇が与えられた。


「せっかく尾張に戻ってきたんだ。岩倉に行ってこい。三人衆の説得が本格化する前に、精気を養ってこい」

 藤吉郎はそう言ったが、その目は「今のうちに休まないと、次は死ぬほど働かせるぞ」と告げていた。


 俺は、愛馬の「軽トラ」に跨り、護衛の三太夫たちを引き連れて、久しぶりの岩倉街道を進んでいた。

「……半年ぶり、か」

 俺は、色づいた山々を見ながら呟いた。

 美濃攻略が始まってからというもの、現場に張り付きっぱなしで、実家には顔を出せていなかった。それ以前も、仕事にかまけて足が遠のきがちだった。


「若! 見えてきましたぜ! 懐かしの岩倉だ!」

 三太夫が声を上げる。

 俺の心は少し重かった。あの時の母上の拒絶。そして、「吉晴」という他人の人生を生きる罪悪感。時が経ち、何度か顔を合わせてはいるが、その溝は埋まるどころか、俺が武功を立てるたびに深まっている気がする。


 ***


 堀尾屋敷の門前に着くと、門が新しく修繕されていた。

「たのもー。……吉晴だ。戻ったぞ」

 俺が声をかけると、中からバタバタと足音がして、一人の若武者が飛び出してきた。

「兄上ッ!!」

 背が高い。俺よりは低いが、当時の平均よりは頭一つ抜けている。

 筋肉質で、日焼けした精悍な顔立ち。

 弟、氏光うじみつだ。

 今は十六歳。元服を済ませ、立派な武士になっていた。


「おお、氏光か。……デカくなったな」

「兄上こそ! ますます『鬼』の風格が増されましたな!」

 氏光は目を輝かせて俺を見上げている。

 六年前の可愛らしさは消え、今は力への渇望が全身から溢れている。ヤンキー漫画に出てくる喧嘩の強い兄貴を慕う弟分みたいだ。


「母上と父上は?」

「奥におられます! さあ、早く!」

 俺は氏光に手を引かれ、屋敷の中へと入った。

 広間には、父・泰晴と、母上が座っていた。

 父上は、髪に白いものが混じり、少し老けた気がする。だが、その眼光の鋭さは変わらない。

 そして、母上。

 彼女は、俺の顔を見ると、静かに頭を下げた。


「……お帰りなさいませ、吉晴『殿』」

 以前のような拒絶の悲鳴はない。

 だが、その丁寧すぎる言葉遣いが、俺たちの間に横たわる「壁」を感じさせた。

 彼女の中で、俺は息子として受け入れられたのではないのだろう。

「……ただいま戻りました、母上」

 俺も、他人行儀に頭を下げた。

 これが、この家の「平和」の形なのだろう。


 ***


その夜。

 久しぶりの家族団欒だんらん

 食卓には、俺の好物が並んでいた。お手伝いさんの爺が俺の好みを研究してくれたらしい。

「兄上! 聞きましたよ! 墨俣に城を一夜で築いたとか!」

 氏光が、興奮して身を乗り出してきた。


「川並衆という荒くれ者を手懐け、激流を下り、敵の目の前で城を組み上げた……。ちまたでは『伝説の墨俣一夜城』と呼ばれておりますぞ!」

「……なんだそれは。」

 俺は苦笑いした。

 氏光は、俺の誤解された武勇伝を全て収集しているらしい。


「私も早く、兄上と共に参りたいです! いつ呼んでくださるのですか!」

「……まだ早い。お前は家の守りをしろ」

「なぜですか! 私だって剣術は道場一番です! 兄上の背中を守る盾になりたいのです!」

 氏光が食い下がる。

 若い。そして危なっかしい。

 戦場を知らない子供の目だ。俺は、泥と血の味を知っている者の責任として、彼を止めた。


「ダメだ。……戦場は、お前が思っているような格好いい場所じゃない。泥臭くて、痛くて、惨めな場所だ」

「兄上……」

「それに、お前までいなくなったら、誰が父上と母上を守るんだ?」

 俺が言うと、氏光は不満そうに口を尖らせたが、反論はしなかった。

 ふと、父・泰晴が口を開いた。


「……吉晴。氏光の気持ちも分かるが、お前の言う通りだ」

 泰晴は、茶を啜りながら言った。

「今、織田家は拡大の一途を辿っている。だが、急激な拡大はひずみを生む。……家中の派閥争い、新参と古参の確執。お前も感じているだろう?」

 ドキリとした。

 そうだ。柴田様や佐久間様といった古参と、藤吉郎のような新参の間に流れる冷たい空気。俺もそれに巻き込まれつつある。


「氏光を戦場に出すのは、まだ早い。……お前がもう少し、確固たる地位を築いてからだ」

 親父殿は、冷静に情勢を見ていた。

 俺が出世頭だからこそ、弟を安易に動かして弱みを作りたくないのだ。


「それに……」

 泰晴は、チラリと母上を見た。

 母上は、黙って食事を続けている。だが、その箸を持つ手が微かに震えているのを、俺は見逃さなかった。

「……そうですね。俺がもっと偉くなって、安全なポストを用意できるまで待ってくれ」

 俺は氏光に言った。

 氏光は「……はい」と渋々頷いた。


 食後。俺は父・泰晴に呼ばれて、奥の間へ行った。

 そこには、帳簿と、一枚の書状が置かれていた。

「吉晴。……一つ、重要な話がある」

 泰晴の顔が、昨夜よりも真剣だ。

「縁談だ」

 ゲッ。

 俺は茶を吹き出しそうになった。


「……え、俺にですか? 今さら?」

「今だからだ。お前が出世し、墨俣での功績で名も売れた。……そこで、津田つだ家から話が来た」

「……津田?」

 俺は首を傾げた。

 津田……ツダ……。

 どこかで聞いたような?


「どこのどなたですか? 地元の地主さんとか?」

 俺が間抜けな質問をすると、泰晴は呆れた顔をした。

「馬鹿者。津田家といえば、お館様の縁戚にあたる名家ではないか。」

「あっ」

 俺は声を上げた。

 思い出した。あの、高級住宅街の立派な屋敷。

 壊れた味噌樽の謝罪に行って、白湯をもらった、あの家だ。


「……まさか、あそこの?」

「そうだ。津田盛月もりつき殿の娘御むすめご。名は、桔梗ききょう殿だ」

 桔梗。

 その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に鮮烈な映像が蘇った。

 紅葉の庭。鋭い風切り音。そして、俺に向けて放たれた冷ややかな眼光。

 『誰じゃ!』と薙刀を突きつけてきた、あの美少女だ。


「……マジかよ」

 俺は顔面蒼白になった。

 あの人かよ。

 確かに美人は美人だったが、気性が激しいなんてもんじゃない。俺を不法侵入者として斬り捨てようとした人だぞ。

 しかも、男も縛られてるなんて適当なことを言って、変に気に入られてしまったような……。


「……なぜ、俺なんです? 釣り合いが取れないでしょう。相手は織田家の親族、こっちは元敵方の家臣ですよ?」

「普通ならな。……だが、これは『政治』だ」

 泰晴は声を潜めた。


「我ら堀尾家は、かつて信長様に敵対した岩倉織田家の家臣だ。今は従っているとはいえ、古参の家臣たちからは『外様とざま』として冷ややかな目で見られている」

 確かに。柴田様や佐久間様からの当たりの強さは、そこにも原因があったのか。


「一方で、岩倉の旧臣たちは、肩身の狭い思いをしている。……そこで、岩倉出身の中でも出世しているお前と、織田の縁戚である津田家を結びつけることで、旧臣たちのガス抜きと、融和を図ろうというのだ」

 なるほど。

 俺の結婚は、ただの潤滑油というわけか。

 ロマンもへったくれもない。完全にビジネスだ。


「……向こうは、俺のこと知ってるんですか?」

「ああ、『あの変わった男か』と笑っておられたそうだ」

 覚えられてた。

 しかも変わった男認定されていた。


「『力持ちだが、欲がなく、話のわかる男だった』とな。……あちらも乗り気だ」

 俺は頭を抱えた。

 あの時、カッコつけて「男も縛られてる」とか語っちゃったのが仇になったか。

 でも、あの人と結婚?

 毎日薙刀の稽古に付き合わされたり、サボってるところを見つかって怒られたりする未来しか見えない。


「……断れませんよね?」

「断れば、岩倉の者たちの立場が悪くなる。……それに、お前ももういい歳だろう。身を固めろ」

 痛いところを突かれた。

「……分かりました。受けますよ。武士ですから」

 俺は諦めの溜息をついた。

 泰晴は「うむ」と満足げに頷いた。これで家の安泰は守られた、という顔だ。


 ***


 翌朝。

 俺が出発の準備をしていると、母上がやってきた。

 手には、小さな包みを持っている。

「……吉晴殿」

「はい、母上」

「これを。……道中の足しに」

 渡されたのは、握り飯と漬物だった。

 母上は、俺の目を見ずに言った。

「……津田家との縁談、聞きました。……あの子なら、恐れ多くて逃げ出したでしょうね」

 母上は自嘲気味に笑った。


「桔梗殿は、武家の女として育てられた、強い方だと聞きます。……貴方様のような、図太い方でなければ、務まらないでしょう」

 それは、初めて母上が俺に見せた肯定のようなものだった。

 息子ではない。だが、この乱世を生き抜き、家を守り、嫁をもらい受ける次期当主としては、認めてくれたのだ。


「……任せてください。俺は、しぶといですから」

 俺は包みを受け取り、頭を下げた。

 帰り道。

 俺は「軽トラ」に揺られながら、清洲への道を急いだ。

 

「……結婚、か」

 顔も知っている。性格もだいたい知っている。

 美人だが、劇薬のような女性。

 俺の戦国ライフに、新たな爆弾が投下されようとしている。


「……ま、なるようになるか」

 俺は握り飯を齧った。

 塩気が強くて、美味かった。

 清洲城が見えてきた。

 あそこには、藤吉郎がいる。信長がいる。半兵衛がいる。

 そしてその先にはまだ見ぬ未来が待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
普通の物語で終わった。
2026/03/22 12:51 ファイブスター
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ