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第42話 魔王との面接、次なる標的は「頑固ジジイ三人組」

 天才軍師・竹中半兵衛のスカウトに成功した俺は、木下藤吉郎と共に、半兵衛を連れて久々に清洲城の大広間に控えていた。


「……胃が痛い」

 俺は小さく呻いた。今日はお館様、織田信長による、半兵衛の面接だ。もし半兵衛が失礼な態度を取ったり、信長様の機嫌を損ねたりしたら、紹介者である俺と藤吉郎の首も一緒に飛ぶ。連帯保証人みたいなものだ。


「大丈夫か、半兵衛殿……。粗相のないようにな」

 藤吉郎が、手汗を拭きながら小声で確認する。だが、当の半兵衛は、涼しい顔で座っていた。

「ご心配なく。……ありのままをお見せするだけです」

 肝が据わっている。この人、過去にたった十数人で稲葉山城を乗っ取った実績があるからな。俺みたいな小物とは心臓の毛の生え方が違う。


「お館様のお着き!」

 小姓の声と共に、襖が開いた。織田信長が入ってくる。その瞬間、広間の空気がピリリと張り詰めた。何度会っても慣れない、絶対的な支配者のオーラだ。俺は反射的に床に額を擦り付けた。


「……おもてを上げよ」

 信長が上座に座り、扇子を弄びながら言った。俺たちが顔を上げる。信長の視線は、真っ直ぐに竹中半兵衛に向けられた。

「貴様が、竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるか」

「はっ。お初にお目にかかります」

 半兵衛は、静かに、しかし堂々と頭を下げた。信長の目が、半兵衛を値踏みするように細められる。


「噂は聞いておる。……かつて稲葉山城を乗っ取り、主君・龍興たつおきいさめた稀代の知恵者。……だが、その後あっさりと城を返し、野に下ったとか。……無欲か、それともただの阿呆か」

 信長の言葉には棘がある。だが、半兵衛は動じない。

「城が欲しかったわけではありません。……ただ、主家の行く末を案じた故の荒療治。ですが、その声は届きませんでした」

 半兵衛の声には、微かな諦念が混じっていた。


「私は、私の知恵を正しく使い、世を平らかにできるあるじを探しておりました。……織田上総介おだかずさのすけ様。貴方様がその器であるか、見定めさせていただきます」

 言っちゃったよ。「お前が俺の上司にふさわしいかテストしてやる」って言っちゃったよ。

 藤吉郎が「ひぃっ」と息を呑む。俺も冷や汗が止まらない。

 だが、信長は不敵に笑った。


「ククッ……。面白い。わしを値踏みするか。……よかろう。貴様のその目、曇りなきか試してやる」

 信長は身を乗り出した。

「猿! 茂助!」

「は、はいっ!」

 いきなり名前を呼ばれ、俺と藤吉郎は飛び上がった。

「貴様らが連れてきた男だ。腕前を見せてもらわねばならん。……美濃攻略の次なる手、何が必要だと思う?」

 信長が問いかけた。藤吉郎が答えようとするより早く、半兵衛が口を開いた。


「……『西美濃三人衆にしみのさんにんしゅう』の調略かと」

 ズバリ言った。信長の眉がピクリと動く。

「……ほう」

「墨俣に城を築いたことで、美濃への足掛かりはできました。ですが、本城である稲葉山城を落とすには、美濃の要である『三人衆』を切り崩さねば、犠牲が増えるばかりです」

 西美濃三人衆。俺の脳内検索には引っかからない単語だ。なんだそれ。アイドルグループか何かか?

 (……三人衆ってことは、三人いるんだよな。当たり前か)

 俺がアホなことを考えている間に、信長は満足げに頷いた。


「流石は今孔明。……その通りだ。稲葉一鉄いなば いってつ安藤守就あんどう もりなり氏家卜全うじいえ ぼくぜん。この三人が寝返れば、美濃は瓦解する。……だが」

 信長は地図を指差した。

「彼らは美濃の古参。簡単には裏切らぬ。……半兵衛。貴様に、この三人を口説き落とせるか?」

 信長の無理難題キラーパスだ。だが、半兵衛は涼しい顔で答えた。


「……可能です。糸口はあります」

「ほう?」

「三人衆の一人、安藤守就あんどう もりなり殿。……彼は、私のしゅうとにあたります」

 えっ?

「私の妻の父であり、かつての稲葉山城乗っ取りの際も、裏で協力してくれた理解者です。……彼ならば、話を聞いてくれるでしょう」

 コネだ。超強力なコネクションを持っていた。なるほど、クーデターを起こした時に協力してくれたお義父さんか。それなら話が早い……のか?


(待てよ。……クーデターの後、半兵衛は城を返して出奔したんだよな? 残されたお義父さん、立場ヤバかったんじゃないか?)

 俺の事なかれセンサーが反応した。気まずい。絶対に気まずい。「お義父さん、あの時はご迷惑をおかけしました。ところで転職しませんか?」って言いに行くのか? 俺なら絶対に嫌だ。正月の親戚の集まりより行きたくない。


「……だが、私一人では不十分です」

 半兵衛が続けた。

「舅殿は、私情では動きません。彼を動かすには、織田家が斎藤家に勝るという確信と、裏切った後の保証が必要です。……それを語れる者が、同行せねばなりません」

 半兵衛は、横にいる俺と藤吉郎を見た。

「……木下殿の熱意と、茂助殿の実利。……この二つが揃えば、頑固な舅殿も心を動かすでしょう」

 巻き込まれた。俺は全力で目を逸らしたが、遅かった。

「……なるほどな」

 信長がニヤリと笑った。


「藤吉郎、茂助。……聞いたな?」

「は、ははっ!」

「貴様ら三人で、西美濃三人衆を調略せよ! まずは安藤守就からだ! 成功せば美濃は我が物。失敗せば……美濃の土となるだけだ」

 命令が下りてしまった。俺はガックリと項垂れた。墨俣の激務が終わったと思ったら、今度は気まずい親族会議への出席かよ。


 ***


 評定の後。俺たちは城の回廊を歩いていた。

「……半兵衛殿。本当にいいんですか? お義父さんなんでしょ?」

 俺が恐る恐る聞くと、半兵衛は苦笑いした。

「……気が重いのは事実です。稲葉山城の一件以来、疎遠になっておりましたから」


「うわぁ……」

「ですが、舅殿も今の斎藤家には限界を感じているはず。……妻の顔に免じて、会ってはくれるでしょう」

 半兵衛の表情には、軍師としての冷徹さと、婿としての気苦労が入り混じっていた。藤吉郎が腕組みをして唸る。


「安藤殿を落とせば、残りの二人、稲葉一鉄と氏家卜全もなびくはずだ。……鍵は、最初の交渉だな」

「ええ。……茂助殿」

 半兵衛が俺を見た。

「貴殿の出番ですよ。……舅殿は、理屈っぽい人間を嫌います。貴殿のように、飾り気がなく、本質を突く言葉こそが、響くはずです」

 プレッシャーをかけないでくれ。

「……分かりましたよ。行けばいいんでしょ」

 俺は諦めた。まあ、言えることなんて一つしかない。


(……要は、「今の斎藤家はもうダメだから、沈む前に逃げましょう」ってことだろ?)

 俺は考えた。

 俺はニートだ。嫌なことから逃げることに関してはプロだ。

 ブラック企業にしがみついて死ぬなんて馬鹿らしい。ヤバいと思ったらバックレる。それが俺の生存戦略だ。

 

 頑固なおっさんに、「逃げるは恥だが役に立つ」って教えてやる。

 それくらいなら、俺にもできるかもしれない。

 俺は、秋の空を見上げてため息をついた。

 説得かぁ……。


 「もう辞めちゃいましょうよ、楽になりますよ」って、悪魔の囁きをする仕事だな。

 胃薬が欲しい。

 俺の戦国時生活は、またしても胃の痛い展開へと突入していくのだった。


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