第38話 深夜の襲撃、ヤンキーとエリートの殴り込み
墨俣での築城開始から四日目の深夜。
「……ワンチャン、逃げられねえかな」
俺の現実逃避の呟きは、夜風と川のせせらぎに虚しくかき消された。
対岸から現れた無数の松明の帯は、躊躇することなく黒い木曽川を渡り、俺たちのいる墨俣へと一直線に向かってきていた。
敵は数千。対するこちらは、作業員を含めても千人弱だ。
作業疲れで泥のように眠っていた足軽たちが、藤吉郎の怒声で次々と叩き起こされる。
「起きろ! 武器を取れ! 斎藤軍が川を渡ってくるぞ!」
藤吉郎が刀を抜き、血走った目で叫んだ。
俺たちが四日目にして外観をほぼ完成させたように見せかけたことで、敵は「これ以上は待てない」と判断し、総攻撃を仕掛けてきたのだ。俺たちのプレハブ工法によるハッタリの速さが、完全に裏目に出た。
ヒュッ!
ドスッ!
暗闇から飛来した無数の矢が、完成したばかりの壁や柵に突き刺さる。
「ひぃっ!?」
俺は首をすくめ、まだ未完成の櫓の下に這い込んだ。
冗談じゃない。俺たちの作ったプレハブの城は、外見こそ立派だが、壁板は薄いし、門もまだまだ不完全な状態だ。本気で攻められたらひとたまりもない。
メリメリメリッ!
バキィッ!
ついに敵の先鋒が岸に上陸し、丸太を組んだだけの柵に取り付いた。敵の槍と斧によって、防衛ラインが物理的に破壊されていく。
「うわぁぁぁ! 入ってくるぞ!」
「押さえろ! 壁だ! 壁になれ!」
味方の悲鳴が上がる中、俺は手近にあった板切れと木槌を持って走り回った。
壊れそうな壁を内側から必死に打ち付け、自分の隠れ家を補強するためだ。
「ここは通さん! 俺の城だぞ! 伊達に自宅警備員やってねえんだ!」
俺は泣き叫びながら、ガンガンと板を打ち付けた。
壁の隙間から敵兵が槍を突き出してくる。俺は「危ねえ!」と叫びながら、持っていた木槌をデタラメに振り回して槍を弾き飛ばした。
だが、その必死の姿が、周囲には最前線で敵の侵入を死に物狂いで阻む鬼に見えたらしい。
「見ろ! 茂助様が一歩も退かずに支えているぞ!」
「我らも若に続けェ!」
木下組の連中や、三太夫、但馬が、俺の左右を固めて壁を押し返し始めた。川並衆も雄叫びを上げて応戦する。
だが、数が違いすぎた。
じりじりと、防衛ラインが後退していく。一部の柵が突破され、敵の本隊が続々と侵入してくる。
二重目の柵が突破されたら一巻の終わりだ。
「くそっ……ここまでか……」
藤吉郎が悲痛な声を上げた。
終わりだ。一夜城の夢も、俺の平穏なニート生活の夢も、ここで終わりだ。
俺が木槌を抱えて震え上がった、その時だった。
敵軍の背後、闇に包まれた川岸の森の中から、異様な地響きが聞こえてきた。
ドカァァァァン!!
馬が人をを跳ね飛ばすような轟音。
続いて、聞き覚えのある、派手でヤンキー丸出しの怒号が響き渡った。
「どけどけェェェ! 邪魔だ邪魔だァ!」
敵の後衛がどよめき、左右に割れる。
その裂け目から、朱色の長槍を旋回させながら、一騎の武者が猛スピードで突っ込んできた。
虎柄の母衣をなびかせ、鬼のような形相で敵を蹴散らす大柄な男。前田犬千代(利家)だ。
そして、その横には、冷静沈着に馬を操り、的確に敵を弓で射抜いていくクールな若武者。池田恒興だ。
「な、なんで……!?」
俺は目を疑った。
彼らは清洲にいるはずだ。ここに来る命令なんて出ていないはずだ。
犬千代は、敵兵をなぎ倒しながら、俺たちのいる場所まで一直線に駆け抜けてきた。
「よう! 大ピンチじゃねえか、茂助、サル!」
サル呼ばわりだ。だが、これほど頼もしいサル呼ばわりを聞いたことがない。
「い、犬千代!? 勝三郎様!? なぜここに!」
藤吉郎が泣きそうな顔で叫ぶ。
「たまたま散歩してただけだ!」
馬上でニカっと笑う犬千代。
池田恒興が、涼しい顔で弓を下ろして言った。
「……犬千代が胸騒ぎがすると申してな。様子を見に来たのだ」
恒興は事も無げに言うが、それは軍律違反ギリギリの独断専行だ。信長の乳兄弟である彼だからこそできる判断だ。
「それに、俺は借りを返しに来たんだよ!」
犬千代が、槍の石突きで俺の兜をカーンと叩いた。
「いつかの礼だ! あの時、お前が俺を見逃してくれたおかげで、お前が俺に付いてきてくれたおかげで、俺は織田家に復帰できた。……マブダチのピンチを見捨てるわけにゃいかねえだろ!」
犬千代の目がギラついている。
俺は、言葉にならない。
「行くぞ勝三郎(恒興)! 敵は浮き足立ってる! 後ろから食い破れ!」
「……指図するな、犬千代。だが、同感だ」
二人の若き猛将が率いる数百の精鋭部隊が、斎藤軍のを容赦なく強襲した。
不意を突かれた斎藤軍は、完全にパニックに陥った。
「敵の援軍だ!」
「織田の大軍が来たぞ!」
「挟み撃ちだ! 逃げろ!」
暗闇の中での奇襲は、実際の数以上の恐怖を敵に与える。
俺たちが作った張りぼての城を落とすことに気を取られていた敵は、本物の殺気に耐えきれず、一気に崩れ始めた。
「今だ! 押し返せぇぇぇ!」
藤吉郎が勝機と見て号令をかける。
木下組と川並衆も、息を吹き返して反撃に出た。
俺は、その様子をぽかんと見ていた。
「……助かった」
全身の力が抜けた。俺は何もしていない。いや、できなかった。
敵は完全に引いていく。川を渡って逃げていく斎藤軍の背中に、織田軍の勝鬨が浴びせられた。
***
戦いが終わった後。
犬千代と恒興が、馬を降りて俺たちの元へやってきた。
「へへっ。どうだ茂助、俺の槍捌きは!」
犬千代は得意げだ。
「……最高でした。地獄に仏、いや、地獄に鬼が来たかと思いましたよ」
俺が正直に言うと、犬千代はガハハと爆笑した。
「藤吉郎。礼はいらんぞ」
恒興が、藤吉郎に向かって淡々と言った。
「貴様が失敗すれば、織田家の恥になる。……俺は織田家のために動いたまでだ」
「は、はい! かたじけのうございます!」
藤吉郎が平伏する。
恒興は、チラリと俺を見た。
「……それに、この男を死なせるのは惜しいと思ってな。また面白い話を聞かせてもらわねば困る」
恒興が口元を微かに緩めた。
勘弁してくれ。
「じゃあな! 城が完成したら、また酒でも飲もうや! あ、茂助! この借りはまた返してもらうからな!」
……。
は?
これで貸し借りなしなんじゃ?
犬千代が手を振り、二人は風のように去っていった。
救援の許可も得ずに飛び出してきた彼らは、長居すれば信長様に怒られるからだ。嵐のように来て、嵐のように敵を蹴散らし、去っていく。
なんだカッコ良すぎるだろ、あいつら。卑怯だよ。
「……茂助」
藤吉郎が、泥だらけの顔で俺を見た。
「俺たち、ツいてるな」
「ええ。……悪運だけは異常に強いみたいですね」
俺は、壊れかけた柵に寄りかかり、夜空を見上げた。
予想外の敵襲。絶体絶命の危機。
それを救ったのは、俺が過去に築いた奇妙な縁だった。ニートの俺が、ヤンキーとエリートに助けられる。人生、何がどう転ぶか分からないものだ。
だが、これで終わりではない。
敵は撃退したが、俺たちの城は襲撃によってボロボロだ。
「……休憩、終わりですか」
「おうよ。壊された壁を直せ! 夜明けまでには終わらせるぞ!」
藤吉郎の元気な声が響く。
俺は溜息をつき、放り出していた木槌を拾い上げた。
命拾いした代償は、恐怖の徹夜残業だ。
俺の戦国ブラック労働は、まだまだ続く。




