表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/66

第36話 死のプレゼン、沈黙は金なり、雄弁は首を賭ける

 清洲城大広間には、重苦しい湿気と、それ以上に息の詰まるような殺気が充満していた。織田家の重臣が集まる軍議、評定ひょうじょうの場である。


 俺は、末席の方で小さくなっていた。本来なら俺ごときが顔を出せる場所ではないが、最近は藤吉郎とセットで呼び出されることが常態化していた。

 上座には、魔王・織田信長。その不機嫌さは頂点に達していた。扇子で畳を叩く音が、広間に乾いたリズムを刻んでいる。


「……佐久間。柴田。……またしても、か」

 信長の低い声が響く。筆頭家老の佐久間信盛と、猛将・柴田勝家が、脂汗を流して平伏している。

「面目次第もございません……。敵地・墨俣すのまたは泥深く、足場が悪いうえに、美濃勢の妨害が激しく……」

「杭一本打つ隙も与えられず、撤退いたしました……」

 二人の重臣が、言い訳にもならない報告をする。


 無理もない。敵の目の前で城を作ろうなどという計画自体が、土台無理な話なのだ。現代のゼネコンだって、紛争地帯のど真ん中でビルを建てろと言われたら断るだろう。

「言い訳はよい」

 信長が扇子を閉じた。パチン、という音が、処刑の合図のように聞こえた。 


「金も、資材も、時間も費やした。だが、城は建たぬ。……織田家には、あの泥沼一つ制する能のある者はおらんのか!」

 怒号が飛ぶ。重臣たちは一斉に下を向いた。誰も目を合わせようとしない。失敗すれば、ただでさえ気難しい信長の逆鱗に触れる。貧乏くじを引きたくないのだ。

 覚悟を決めたはずだった俺も、流石にこれは一瞬で日和った。全力で気配を消した。壁になれ。俺は柱だ。ただのデカい置物だ。

 だが、俺の隣で、空気を読まない男がスッと手を挙げた。


「……お館様。それがしにお任せくだされ」

 藤吉郎だ。

 広間がざわめいた。「猿が何を言うか」「農民上がりが」「身の程知らずめ」という嘲笑と、呆れの空気が流れる。

 柴田勝家が顔を上げて睨みつけた。

「藤吉郎! 控えろ! このわしですら成し得なかった難事だぞ。貴様ごときに何ができる!」

「左様。兵を無駄死にさせるだけだ」

 佐久間信盛も冷ややかに言い捨てる。だが、藤吉郎は引かなかった。むしろ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、信長を見据えた。


「お館様。……佐久間様は三千の兵で六十日、柴田様は五千の兵で挑みましたが、失敗なされました」

「ほう。……ならば貴様は、一万の兵と半年の時を欲するか?」

 信長が試すような目をする。藤吉郎は首を横に振った。

「いいえ。……兵は五百。五百の兵をお預けいただければ十分でございます。期間は……七日。七日いただければ、城を築いてご覧に入れます」


 ドヨォォォォン……。

 広間が、爆発したような騒ぎになった。

「七日だと!?」

「気でも触れたか!」

「五百の兵で何ができる! 資材を運ぶだけで終わるわ!」

 罵倒の嵐だ。当然だ。物理的にありえない。俺は横で、胃が雑巾絞りされるような痛みに耐えていた。言っちゃったよ。この人、本当に言っちゃったよ。


「……静まれ」

 信長の一声で、場が静まり返る。信長は、興味深そうに身を乗り出した。

「藤吉郎。……大言壮語たいげんそうごは重罪だぞ。七日で城を建てるなど、天狗か修験者の妖術でもあるまいし。……如何なる策がある」

 信長の目が光る。「策を言ってみろ」と促している。


 藤吉郎が口を開きかけた。

「はっ、それは……」

 俺は、とっさに藤吉郎の袴の裾を強く踏んづけた。

(……言え! 早く全部言っちゃえよ! 怪しまれる前に!)

 俺は目線で訴えた。信長様は気が短い。「実は山でプレハブ作ってます」って言えば、「ほう、面白い」ってなるかもしれないじゃないか。早く楽にしてくれ。

 だが、藤吉郎は俺の足を踏み返し、口を閉ざした。


 彼の目が、油断なく周囲の武将たちを巡った。この場には、何十人もの武将がいる。その中には、敵国・美濃に通じている者や、間者スパイが紛れ込んでいるかもしれない。

 もしここで「上流で加工した木材を川で流します」なんてネタ晴らしをしたら、作戦は筒抜けだ。川を封鎖されて終わりだ。

 藤吉郎はニッと笑い、言葉を飲み込んだ。


「……策はございますが、ここでは申せませぬ」

「何?」

「壁に耳あり、障子に目あり。……敵に知られれば、全ては水泡に帰しますゆえ」

 藤吉郎は、もったいぶって言った。重臣たちが「生意気な」「ただのハッタリだろう」と騒ぎ出す。

 だが、信長は口元を緩めた。 


「……よかろう。策は問わぬ」

 信長は扇子で藤吉郎を指した。

「だが、失敗は許さん。……もし七日で城が建たねば、どうする」

 来た。魔王の裁定だ。

「その時は……この首を差し出します」

 藤吉郎が平伏する。俺は「まあ、そうなるよな」と他人事のように聞いていた。だが、次の瞬間、信長の扇子が、俺の方を向いた。

「……茂助。貴様もだ」

「へ?」

 俺は間の抜けた声を出した。


「貴様は藤吉郎の知恵袋。……この無謀な策、貴様の入れ知恵であろう?」

 いや、今回は俺じゃないです。今度は嘘じゃないっす。

「一蓮托生だ。……失敗せば、猿諸共、その首をねる。よいな」

 拒否権はない。俺は、ガタガタ震える膝を抑えつけ、声を絞り出した。

「……ぎ、御意……」

 決まってしまった。成功すれば英雄。失敗すれば死刑。デスゲームの開幕だ。 


 ***


 評定が終わると、重臣たちは俺たちを冷ややかな目で見下しながら去っていった。

「フン。精々、泥の中で足掻くがよい」

「七日後に、さらし首になるのを楽しみにしておるぞ」

 佐久間と柴田が、捨て台詞を吐いていく。彼らにとって、俺たちの成功は、自分たちの無能の証明になる。内心では失敗を願っているのだろう。嫌な職場だ。足の引っ張り合いばかりだ。

 俺が回廊をトボトボと歩いていると、背後から声をかけられた。


「よう! 派手にぶち上げたな!」

 振り返ると、派手な着流しの男――前田犬千代(利家)が立っていた。彼は数年前の森部の戦いでの功績が認められ、無事に織田家に復帰していた。今は「赤母衣衆あかほろしゅう」というエリート部隊の筆頭らしい。


「犬千代様……」

「見てたぞ。お館様の前であんな大見得を切るとは、いい度胸だ」

 犬千代はバシバシと俺の背中を叩いた。

 俺は何も言ってないけど……。

「俺は好きだぜ、そういう無茶な賭けは。……だが、大丈夫なのか? 五百人で七日だぞ?」

「……まあ、やるしかありませんから」

 俺が力なく答えると、犬千代の横から、もう一人の若武者が顔を出した。精悍な顔立ち。育ちの良さと、野性味を兼ね備えた男だ。


「前田。あまり絡むな。……彼らは今、死地に赴こうとしているのだ」

 その若武者は、俺と藤吉郎を真剣な眼差しで見た。

「私は池田恒興いけだ つねおき。……貴殿らの噂は聞いている」

「おお、勝三郎かつさぶろう様!」

 藤吉郎が頭を下げた。 


 イケダ・ツネオキ?

 俺は首を傾げた。誰だそれ。また知らないキャラが出てきた。

 信長様の乳兄弟で側近中の側近らしいが、俺の知っている戦国スター列伝には入っていない。真田幸村とか伊達政宗とか、もっとメジャーな奴は出てこないのかよ。この職場、モブキャラが多すぎる。


「……茂助、と言ったか」

 恒興が俺を見た。

「お館様は、気まぐれで貴殿らに命じたのではない。……期待しておられるのだ。古いやり方では、美濃は落とせぬとな」

 恒興は、懐から小さな包みを取り出し、藤吉郎と俺に手渡してきた。 


「これは?」

「……良い薬だ。気付けになる。無理をするなとは言わんが、死ぬなよ」

 恒興はそれだけ言うと、犬千代を促して去っていった。犬千代は「死ぬなよ! また酒飲もうぜ!」と手を振ってくれた。

「……いい人たちですね」

 俺は包みを握りしめた。古い重臣たちは俺たちを嫌っているが、若手の武将たちは、新しい風を期待してくれているようだ。それが、少しだけ救いだった。


 なお、あとから聞いたが、貰った薬は鼻詰まりに効くものらしい。

 ……少し格好いいモブかと思いきや、やっぱりわけわからんやつだった。


 *** 


 長屋に戻った俺は、すぐに部下たちを招集した。三太夫、勘兵衛、但馬の幹部三人。

「……というわけで、俺たちの命の期限は、あと一週間ちょっとになった」

 俺が事情を話すと、三太夫が嬉しそうに刀を抜いた。

「へっ! 痺れますねえ! 首を賭けた大仕事、燃えてきやがった!」

 但馬も真面目な顔で頷く。勘兵衛だけが、青ざめて紙を握りしめている。

「勘兵衛、計算は後だ。……行くぞ」

 俺は立ち上がった。もう後戻りはできない。山奥の工場で作ったパーツを、川に流す時が来たのだ。


 外は、夕立が降り始めていた。雨の匂いがする。俺の偏頭痛が、作戦開始の合図を告げている。

「……頼むから、雨漏りしない城にしてくれよ」

 俺のささやかな願いと共に、伝説のプロジェクト・スノマタは、水面下から表舞台へと姿を現そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
プロジェクトXの乗りになってきましたがあれもブラック企業で働く社畜の物語 本当に織田家はブラック企業ですね 勝手に秀吉の知恵袋に任命された 茂吉の「明日はどっちだ」
2026/03/15 13:23 ファイブスター
喜べ茂吉、真田幸村も伊達政宗もそろそろ産まれる頃だぞ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ