第35話 墨俣攻略、プレハブとベルトコンベア方式
俺がこの理不尽な戦国時代に放り込まれ、桶狭間で奇跡を起こしてから、なんと早六年。
そして、あの泥沼の森部の戦いで大量リストラを断行し、変人だらけの家臣と組むようになってからも、すでに五年の月日が流れていた。
俺もまた、すっかり戦国武将としての日常に慣れきっていた。毎朝起きて、死なない程度に働き、怒られない程度に適当にサボる。元の世界に帰る方法も見つからないまま、諦めと共に生き残るための処世術だけが板についてしまっていた。
だが、俺のささやかな平穏とは裏腹に、織田家の業績はここ数年、重苦しい停滞期に陥っていた。
宿敵・斎藤家が治める美濃の攻略は完全に泥沼化しており、俺が最前線に立たされるような大規模な衝突こそ減ったものの、局地的な敗戦が続き、空気は常にピリピリと張り詰めている。
ある日俺は、清洲城の裏手にある資材置き場で、黒焦げになった木材の残骸を見つめていた。
美濃攻略の最前線となる要衝・墨俣。そこに砦を築こうとした織田軍の試みは、これで二度目の失敗に終わったのだ。
最初は、筆頭家老の佐久間信盛様。三千の兵を率いて挑んだが、日数をかけても完成せず、最後は斎藤軍の火攻めで焼かれた。
次は、猛将・柴田勝家様。五千の兵で挑んだが、すでに前回の件で警戒されていたのか資材を運び込み、作業を始める段階で敵の大軍に襲撃され、杭一本まともに打てずに撤退した。
「……あーあ。また失敗かよ」
俺は運び込まれた炭のような木材を見て、ため息をついた。
あんな敵地のど真ん中で、のんきに大工仕事なんて正気の沙汰じゃない。泥だらけになるし、蚊に刺されるし、何より常に矢が飛んでくる。絶対に嫌だ。俺なら即バックレる現場だ。
「おい茂助! ぼんやりしてる暇はねえぞ!」
上司の木下藤吉郎が、血相を変えて走ってきた。彼も三十路を迎え、顔つきが猿から歴戦の武将……いや、相変わらず猿だな。だが、その目は焦りで血走っていた。
「お館様がカンカンだ! 『誰かあそこに城を建てられる奴はおらんのか!』って怒鳴り散らしてる! 重臣たちが全員下を向いちまって、このままじゃお鉢が俺たちみたいな下っ端に回ってくるかもしれん!」
藤吉郎は焦っている。出世欲の塊である彼は、この難局をチャンスと見ている反面、解決策がなくてイラついているのだ。
「無理ですよ。あんな敵の目の前で、いちいち木を切って、長さを測って、削って……なんて悠長なことやってたら、そりゃあ火をつけられて終わりです。柴田様たちの二の舞ですよ」
俺はダルそうに答えた。
「は? 何言ってんだ。城ってのはそうやって大工が建てるもんだろ」
「え? 一から作るんですか? 現地で?」
俺は素で驚いた。
「当たり前だろ! それ以外にどうやって作るんだよ!」
「いや、だって……危ないじゃないですか。大工の職人さんたちだって逃げますよ。だから、安全なここで作っちゃえばいいじゃないですか」
「……ここで作る? 城をか?」
「ええ。なんかこう、あらかじめ空いてる穴に、別の棒をカポッとはめ込んでいくだけにしておけば、向こうでは俺たちみたいな素人でも組み立てられるじゃないですか。汗水垂らしてカンカンやる必要ないし」
俺は現代のプラモデルの感覚で、適当な提案をした。
だが、その言葉を聞いた藤吉郎の動きがピタッと止まった。
「……穴にはめるだけって……いや、待てよ」
藤吉郎がブツブツと呟き始める。
「木材の長さを揃えて、加工まで済ませておく……? そうだ。あらかじめ穴を開けておけば、そんな技術がなくても組み立てられる! ……現地での作業を、ただ組むだけにできる!」
藤吉郎の脳内で、俺の案が、具体的な工法へと変換されていく。
「だが、運ぶのが問題だ……。あんな大量の木材、陸路じゃ重すぎるし、えっちらおっちら運んでたら何より敵に見つかる……」
藤吉郎が頭を抱える。俺は他人事のように言った。
「あー、確かに重いのは嫌ですね。俺、絶対に運びたくないですよ。なんか『ベルトコンベアー』みたいなのがあればいいんですけどね」
「べるとこんべあ? それはなんだ?」
「えーと、乗せておくだけで、自然に動いて物を勝手に運んでくれる便利な機械なんですけど」
俺は工場見学で見た光景を思い出しながら、適当に誤魔化した。
「馬鹿野郎、御伽噺なんかしてんじゃねぇ! ……いや、待てよ? 乗せておくだけで自然に動く……自然に任せればいい……?」
藤吉郎の目が、カッと見開かれた。
「水の上だ……川だァァァッ!!」
藤吉郎がバンッと手を叩き、奇声を上げた。
「上流で木を切って加工し、筏に組んで流す! 墨俣は三つの川の合流地点……水に乗せれば一気に現場へ運べる!」
バシッ!
藤吉郎が俺の背中を力任せに叩いた。
「天才かてめえは! これなら勝てる! 上流で部品を作って一斉に運び込み、一晩で組み上げる! 佐久間様も柴田様も成し得なかった偉業を、俺たちがやってのけるんだ!」
藤吉郎が狂喜乱舞している。俺は首を傾げた。
「よし、すぐにお館様に……いや、待て」
藤吉郎が、急に声を潜めた。その目に、野心家の鋭い光が宿る。
「今、この案を言っても、机上の空論だと思われて握りつぶされるかもしれん。……それに、重臣たちを出し抜くには、皆の度肝を抜くような大見得が必要だ」
「おおみえ?」
「ああ。……茂助。俺たちは、先に動くぞ」
藤吉郎は、北の山々を睨んだ。
「川の上流で、先にお前の言う通り木材を加工しちまうんだ。すべての準備を整えてから、評定の席でこう言うんだ。『もう順次は全て整っております』とな!」
藤吉郎がニヤリと笑った。
既成事実を作ってから事後承諾を迫る。一番やっちゃいけない、でも一番成功率の高い賭けな気がする。
「だが、それには木曽川を支配する奴らの協力が絶対に必要だ……。『川並衆』にな」
嫌な予感がした。
川並衆。噂によれば、正規の武士など相手にしない川賊上がりのアウトロー集団だ。現代で言うヤ〇ザか半〇レだろ?そんな連中と交渉? 俺には荷が重すぎる。
***
数日後。
俺と藤吉郎は、手土産の酒と金を持って、木曽川沿いの湿地帯を訪れていた。川並衆のアジトがあると言われる場所だ。
「……出てこい! 織田家の使者、木下藤吉郎だ!」
藤吉郎が声を張り上げると、葦の茂みから、ワラワラと男たちが現れた。鋭い眼光、粗末だが実戦的な装備。正規兵とは違う、野武士の集団だ。
その中心から、一際大柄な男が進み出てきた。ボサボサの髪に、髭面。熊の毛皮を羽織っている。彼が頭目の蜂須賀小六と言うらしい。
「……織田の猿か。また何の用だ」
声は低く、敵意に満ちていた。
小六の言い方だと、すでに何回か会っているようだが、こいつ本当にフットワーク軽いな。
「単刀直入に言う! 墨俣築城に力を貸せ! 報酬は弾む!」
藤吉郎が交渉を持ちかける。だが、小六は鼻で笑った。
「墨俣だと? あそこは死地だぞ。柴田でも失敗した。俺たち川並衆でも、あんな泥沼に城を建てるなんて御免だ。……帰れ」
取り付く島もない。藤吉郎が焦る。
「待ってくれ! 今回は策がある! 普通に建てるんじゃない!」
藤吉郎が俺を見た。俺は仕方なく、懐から紙を取り出して前に出た。
「あ、あの……これを見てください」
俺が差し出したのは、難しい建築図面など書けない俺が適当に描いたメモ書きだ。
「木材にあらかじめ順番に番号か何かを振っておくんです。これは城門の木材一番、これは櫓の二番みたいに。それで、順番に組み合わせていく感じにすれば、素人でもわかりやすいと思うんです」
俺は完全にプラモデルの説明書を意識していた。
小六の隣にいた、知的な雰囲気の男がそれを受け取った。川並衆の副将格、前野長康と言うらしい。
「……なんだこれは。妙な絵と記号だが」
長康が紙を覗き込み、俺の説明を聞くうちに目を見開いた。
「番号順にただ穴に棒を挿すだけ……? なるほど、木材の作りを統一し、予め加工しておくということか。これなら、現場での手斧仕事は不要……ただ組むだけで城壁ができるぞ!」
「そうです。上流でその部品を作って、筏にして一気に下ろすんです。敵が『まだ基礎工事か?』と油断して寝ている間に、終わらせます」
俺の言葉に、長康が顔を上げた。その目が、俺をじっと見つめる。
「……このやり方、お主が考えたのか?」
「は、はい」
(俺じゃなくて猿野郎だけど、怖いからまぁいいや)
藤吉郎の視線が俺を睨みつけている気がする。
「名を、何と申す」
「ほ、堀尾茂助です」
俺が名乗った瞬間、長康の表情が一変した。
「……堀尾? 岩倉の、堀尾家か?」
「えっ? あ、はい。実家は岩倉ですが……」
長康は、小六の方を向いて言った。
「頭。こやつ、岩倉織田家の重臣、堀尾泰晴殿のご子息ですぞ」
「なに?」
小六も驚いた顔で俺を見た。
「我ら、かつては岩倉織田家に仕えていた身。……堀尾の親父殿には、世話になったことがある」
長康が懐かしそうに言った。そうだったのか。彼らは元々、岩倉に身を寄せていたのか。世間は狭い。
「……そうか。あの堅物ジジイの息子か」
小六が俺の前に立ち、じろじろと値踏みした。
「親父とは似ても似つかぬデカブツだな。……だが、このやり方。面白い。常人の発想じゃねえ」
小六は紙を指で弾いた。
「筏で城の部品を運んで一晩で組み上げるなんて、聞いたこともねえ。……だが、理に適ってやがる。お前、やっぱり頭のネジが外れてるな」
褒め言葉として受け取っておこう。
「いいだろう。昔のよしみだ。……それに、こんな馬鹿げた博打、乗らなきゃ損だ」
小六がニカっと笑った。
「よし、乗った! 俺たち川並衆が、その城造りの足となり手となってやる! ……ただし、失敗したらお前らを筏にくくりつけて木曽川に流すからな!」
「ひぃっ!」
***
こうして、プロジェクト・スノマタ水面下での準備が始動した。
俺たちは極秘裏に川の上流へ入り、川並衆の協力を得て木材の切り出しと加工を開始した。
俺は現場監督として、立ち会ったがほとんど指示らしい指示は出さなかった。建築技術なんて知らない俺には、指示が出せなかったのだ。
しかし、素人が口を出さなかった結果、逆に高い生産効率を生み出したので結果オーライであった。
数週間後。
上流の河原には、数千本の加工済み木材「城のパーツ」が山積みになっていた。筏も組んである。いつでも出せる状態だ。
藤吉郎は、それを見て震えていた。
「……出来た。本当に出来ちまった」
藤吉郎が俺の手を力強く握りしめた。
「茂助。……ありがとう。これで俺は、お館様に勝負を挑める」
「……勝負って?」
嫌な予感がする。
「次の評定がある。……そこで俺は手を挙げる。『墨俣に城を築く』とな」
藤吉郎の目が、狂気じみた野心に燃えていた。
「普通なら『無理だ』と一蹴されるだろう。だが、俺にはこれがある。……重臣たちが何十日かかっても出来なかったことを、俺は『七日』でやると宣言してやる! そうすれば、お館様も俺に任せるしかあるまい!」
七日ぁ!?
俺は胃が痛くなった。某サッカー選手のの気持ちがよくわかる。
そんな大言壮語を吐いて失敗したら、俺たちは全員処刑だ。だが、もう止まれない。俺たちのアホな案から始まった努力の結晶が、ここで朽ち果てるのはもったいない。
「……分かりました。俺も腹をくくります」
俺は、積み上げられた木材の山を見上げた。
次の評定が終われば、いよいよ決行だ。
この大量の木材と共に、敵地・墨俣へ突っ込む。
俺は懐から、兵糧の残りの干し柿を取り出し、かじった。
甘い。
この甘さを噛み締めながら、俺は「死のプレゼン」に備えて、少しだけ仮眠を取ることにした。




