表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/15

第11話 春の眠気と、真夜中の侵入者

 寒さが緩むと同時に、清洲城下には強烈な「眠気」が蔓延していた。春眠暁を覚えず。冬の間、寒さで張り詰めていた緊張が解け、誰も彼もが欠伸を噛み殺している。


「ふわぁ……。だめだ、眠すぎる」

 戦が始まる始まるって言ってるけど、一向に始まる気配がない。

 俺もまた、強烈なダルさと戦っていた。

 俺のダルさは、周囲の人間とは質が違う。俺は元・引きこもりニートだ。

 生活リズムが完全に昼夜逆転している。太陽が出ている間は脳がシャットダウンし、日が沈むと覚醒する。この体質は、戦国に来ても治っていなかった。


「おい茂助! シャキッとしろ!」

 猿顔の上司、木下藤吉郎が俺の背中をバシッと叩いた。彼も目の下に隈を作っている。

「今日から三日間、俺たち木下組は『北のやぐら』の夜番だ。……最近、城下に不審者が多いからな。武器庫の警備を任された」

 夜番。つまり夜勤だ。周囲の足軽たちは「ええー」「夜は寝かせてくれよ」とブーイングを上げているが、俺だけは内心でガッツポーズをした。

 夜勤? 最高じゃないか。直射日光を浴びなくて済むし、偉い人たちは寝てるから怒られない。何より、俺のゴールデンタイムだ。


 ***


 その日の深夜。丑三つ時(午前二時頃)。

 清洲城の北、武器庫の前の詰所。静まり返った闇の中で、木下組の二十人は全滅していた。

「グゥ……グゥ……」

「ムニャ……母ちゃん……」

 全員、爆睡している。無理もない。昼間の訓練で疲れ果てている上、現代のような照明もない真っ暗闇だ。

 睡魔に勝てるわけがない。組頭の藤吉郎でさえ、柱に寄りかかって船を漕いでいる。だが、俺だけは違った。


「……目が、冴えてきた」

 俺の眼球はギンギンに見開かれていた。現代にいた頃、この時間はネットゲームのコアタイムだった。

 脳が最も活性化し、集中力が高まる時間帯だ。俺は槍を抱え、一人で闇を見つめていた。

 暗い。静かだ。現代のような街灯も車の音もない、本当の闇。普通なら怖がるだろうが、俺にとって「深夜の静寂」は、親が寝静まった後の安息の時間そのものだった。


「……流石に暇だな」

 俺は手慰みに、地面に落ちていた小石を拾い、遠くの松の木に向かって投げていた。

 カツン。カツン。コントロールは抜群だ。部屋のゴミ箱にティッシュを投げ入れるスキルが生きている。

 その時。塀の外側から、衣擦れの音と、何かが壁をよじ登ってくるような音がした。


 ガサッ……。

 俺の手が止まった。風の音じゃない。誰かいる。城壁を乗り越えて、外から中に入ってこようとしている?

(……不審者!?)

 俺の心拍数が跳ね上がった。

 怖い。泥棒か? それとも噂のスパイか?

 普通なら「曲者だ!」と叫んで鐘を鳴らすところだが、俺はコミュ障だ。いきなり大声を出す勇気がない。それに、もし相手が凶悪な暗殺者だったら、叫んだ瞬間に吹き矢とかで殺されるかもしれない。


 俺はとっさに、手元の小石を握りしめた。そして、塀の上から顔を出そうとしている影に向かって、威嚇いかくのつもりで軽く投げた。

「起きてるぞ、入ってくるなよ」というメッセージのつもりだった。

 ヒュッ。

 パコーン!

 小石は綺麗な放物線を描き、塀の上に現れた人影の額にクリーンヒットした。

「いってぇぇぇ!!」

 若々しい、ドスの利いた叫び声が響いた。人影はバランスを崩し、ドサッとこちらの敷地内に落下した。


「だ、誰だオラァ! どこのどいつだ!」

 落ちてきた男が、猛然と立ち上がった。月明かりに照らされたその姿を見て、俺は絶句した。

 ボロボロの浪人風の着流しだが、派手だ。虎柄の腰巻きに、髪はボサボサに逆立てている。

 そして、その手には柄が朱色の長槍が握られていた。どう見ても、カタギじゃない。現代で言えば、特攻服を着た暴走族の総長クラスだ。


(うわあ、一番関わりたくないタイプだ……!)

 男は額をさすりながら、鬼のような形相で俺を睨みつけた。

「てめえか! 今の石投げたのは!」

「ひっ……す、すいません! 泥棒かと思って!」

「泥棒だと!? 俺様を誰だと心得る! 前田犬千代まえだいぬちよ様だぞ!」

 イヌチヨ? 知らない。歴史の教科書には載ってなかった気がする。だが、その殺気は本物だ。


「き、貴様……よりによって、この俺様がこっそり城に戻って、来たる戦の準備をしようとした出鼻をくじきやがって……」

「えっ? 戻って? あなた、ここの家臣なんですか?」

 俺が素朴な疑問を口にすると、犬千代はバツが悪そうに口ごもった。

「……う、うるせえ! 今はちょっと事情があって『出仕停止』になってるだけだ! だがな、今川が攻めてくるってのに、指をくわえて見てられるか! 矢とか色々なものを取りに来たんだよ!」

 なるほど。謹慎中の社員が、備品を勝手に持ち出しに来たわけか。完全に不法侵入だ。


「それにしても、てめえ……この暗闇で、塀の上の俺に石を当てたのか?」

「……は、はい。まぐれです」

「まぐれで眉間に当たるかよ。……それに、他の連中は爆睡してるのによく気づいたな。気配を消してたんだぞ?」

 犬千代は、俺の顔をまじまじと見た。怒気が消え、興味深そうな色に変わる。


「てめえ、名は?」

「も、茂助です……」

「茂助か。……夜目が利く上に、この『槍の又左またざ』と呼ばれる俺様に石をぶつける度胸。面白い」

 いや、ただの夜更かしと、ビビりによる威嚇です。

「気に入った。これやるよ」

 犬千代は懐から、小銭が入った巾着袋を取り出し、俺に投げ渡した。 


「口止め料だ。俺がここに来たこと、誰にも言うなよ? 見つかるとお館様にまた怒られるからな。……俺は必ず、戦場で手柄を立てて戻ってくる。その時まで、首を洗って待ってろ!」

 犬千代はニヤリと笑い、親指で自分の首を掻き切るジェスチャーをした。そして、なぜか武器庫の方へは行かず、身軽な動きで再び塀をよじ登り、夜の闇へと消えていった。

 俺は巾着袋を握りしめ、へたり込んだ。

「……怖かった」

 心臓がバクバクしている。不法侵入者を見逃して、金までもらってしまった。これ、共犯じゃないか?


 翌朝。

 目を覚ました藤吉郎に、俺はおずおずと報告した。昨夜、派手な格好の「犬千代」という浪人が侵入しようとしたこと。そして追い返して(?)小遣いをもらったこと。

 藤吉郎は顔面蒼白になったが、すぐに頭を抱えて叫んだ。

「あ、あの馬鹿! 犬千代いぬちよの野郎、戻ってきやがったのか!」

「えっ、お知り合いですか?」

「知り合いも何も、この長屋の元・お隣さんだ! 本当はお坊ちゃまなんだが、いろいろあってな!」

 藤吉郎はガシガシと頭を掻きむしった。


「あいつ、お館様のお気に入りの茶坊主を斬り殺して勘当クビになってる分際で……。見つかったらお館様に殺されるぞ。俺たちまで巻き添えにする気か、あの傾奇者かぶきものめ!」

 どうやら、俺が会ったのは、上司の「昔なじみのヤンキー友達」だったらしい。しかも人殺しの前科アリ。

 最悪な奴に目をつけられちゃった。

「し、しかし……あの犬千代を、石つぶて一つで追い返したのか?」

 藤吉郎が、信じられないものを見る目で俺を見た。

「あいつは『槍の又左またざ』なんて呼ばれる喧嘩の天才だぞ? 俺だって怖くて喧嘩なんか売れねえのに……。茂助、お前やっぱりすげえな。あの暴れん坊も、お前の『鬼』の気迫に押されて逃げ帰ったに違いねえ」

 周囲の足軽たちも「さすが茂助様!」「あの前田様を追い払うとは!」と勝手に盛り上がっている。


 俺は遠い目をした。

 違う。向こうが勝手に諦めてくれただけだ。

 だが、この一件でまた変な噂が広まった。

『鬼の茂助は、あの前田犬千代ですら恐れをなして逃げ出す門番』『夜の城は茂助がいる限り鉄壁』。

 そんな過剰な警備神話を盛らないでほしい。俺はただ、静かな夜を過ごしたいだけなんだ。


 季節は初夏へ向かう。

 ある日の午後。城下で買い出しをしていた藤吉郎が、血相を変えて戻ってきた。

「……おい、聞いたか。駿河の方で、兵糧の買い占めが始まったらしい」

 低い声だったが、俺の耳には不気味に響いた。

「義元が、いよいよ腰を上げるかもしれん。……今年の梅雨は、血の雨になるぞ」

 藤吉郎の顔から、一気に笑顔が消えた。俺の「夜更かし」が評価されるような平和な日々は、終わりを告げようとしている。

 俺は、犬千代から貰った小銭の入った巾着を強く握りしめた。あいつも、戦場に来るのだろうか。

 まだ攻撃が始まったわけではない。だが、遠くの空で、巨大な歯車が軋みを上げて回り始めた音が聞こえた気がした。

 いよいよだ。俺たちは否応なく、歴史の奔流へと引きずり込まれていくのだ。



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

 皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
夜中は茂助の一番くつろぎタイムだったんだね〜♪(*^^*) てか、不法侵入者…敵かと思ったら…藤吉郎のヤンキー友達かーいw 殺されなくてよかったね〜(ToT) また茂助の勘違い伝説がひとつ増えてしまっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ