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ワタル 2(1)

 ワタルは何の躊躇いもなく、自分の身辺についてのことを麻生に語った。ワタルには、麻生が自分達と近しい環境にいると思われたためか、自尊心が傷付けられることもなかった。何故か安心して話せたのだ。全く初対面の人間にどうしてここまで話せるのか、ワタル自身も分からなかった。

 グループを形成していて、所属しているメンバーの皆と支え合い、助け合いながら何とか生活している。メンバーにはリーダーが存在しており、メンバー全員が彼を尊敬し、服従を誓っている。食糧は主に保存食で、倒産した会社の倉庫などから盗んだりしている。時々、民家に上がり込んだりもする。しかし、人を襲うようなことは滅多にしない、比較的穏やかなグループだ。

 そういった内容のことを、ワタルは次々と話していった。麻生はワタルが話している間、彼のグループのリーダー、シュウジと同じような態度で耳を傾けていた。余計なことは言わず、軽い相槌ほどのちょっとした言葉を挟みこむことによって話の流れを自然と作り上げ、情報を分かりやすい形にし、より多くの情報を仕入れる。これは、シュウジだけに備わっている才だと、ワタルは思っていた。それなのに、この麻生とかいう男はシュウジと同じ、いやそれ以上に巧みであると思わざるを得なかった。年齢をある程度重ねると、誰にでも可能になることなんだろうか……いや、きっとそんなことはない。ワタルが年齢を重ねたとしても、麻生と同じようなことが出来るようになるとは少しも思えなかった。それほどまでに、彼は上手にワタルの話を聞いていた。

 その様子を傍らで見続けていたリサは、いささか不信感を抱いていた。麻生に対してはもちろんのこと、ワタルに対してもである。

 自分達と同じような感じがするという感想は頷ける。麻生の目を見れば、それは分かった。綺麗なことばかりをして、楽に生きてきた人間ではない。生きることの苦しさ、難しさを嫌というほどに経験してきた人間の目をしている。恐らく、自分達以上に、この麻生という人間が苦労を重ねてきたのだろうということを、リサは即座に感じ取った。

 しかし、やはりその分だけ簡単に信用しては危険だ。この男は何を考えているのか分からないような雰囲気がある。底知れない、とでも言おうか。信頼した瞬間に簡単に裏切られてしまいそうな、人を不安にさせるような感じが彼から漂っている。怖い。リサは女性 

――いや、女の子にしては度胸の座った人物である。それは、グループの誰もが認めていることだ。その彼女が恐れるのだから、その恐怖は恐らく半端なものではないだろう。防衛本能に基づいた女性特有の勘が、リサに訴えかけていた。

 リサ自身はそんな風に麻生に対して言いようのない不安を感じていたが、一方のワタルは危険を感じている様子など微塵もない。むしろ、見る見るうちに懐いていっているように見えた。そういう人懐っこいところがあるのが彼の魅力でもあったが、こんなご時勢ではそれが命取りになりかねない。リサはいつも彼に対し気を付けるように言っているにも拘らず、またこれだ。全く、いい加減うんざりする。

 そうして歩くうち、ワタルとリサの住まいに到着した。住まいと言っても、そんな立派なものではない。屋根と壁とドアがある。ただそれだけのプレハブ倉庫だ。彼等はここを生活の拠点としている。郊外の一番外れの方にある、治安も比較的良い穏やかな場所だ。リサが女性であり、いざというときにはやはり心配であるというワタルの判断で、ここを生活拠点とすることにしたのだった。実際、その判断が正しかった。都市部の治安は悪化する一方で、安心して眠ることも出来ないという話をよく耳にする。が、ワタルとリサは比較的平穏な日々を送っていた。

 倉庫の中は狭い。一人だと広いが、二人では少し狭い。眠る時などは常に身体を小さく折り、身を寄せ合うようにして眠らなければならない。三人がそんなところに入るとなると、一体どうなるのだろうか。想像するのは簡単であるが、そんなことは考えたくもない。

「ここなんだ。俺達が住んでるの。見ての通り、かなり狭いから、覚悟してもらわなきゃならないけど」

 プレハブ倉庫を目の前にし、ワタルにそう言われた麻生はその建物をまじまじと観察した。

「立派な家じゃねーか」

 苦笑しながら麻生は言った。笑みを浮かべる歪んだ口元に、リサは不快感を覚えた。

「お邪魔しまーす」と、少しおどけた様子で倉庫の中に足を踏み入れようとする麻生を横目に、リサは身体半分をすでに倉庫に突っ込んでいたワタルの腕を掴み、外に引っ張り出した。

「うあっと! 何すんだよ、リサ!」

 リサに突然引っ張られ、バランスを崩して倒れかけたワタルは苛立ちを露にして言った。しかし、リサはそんなことでは少しも動じない。人差し指を唇に当てて倉庫に入っていく麻生の背中を見送ると、リサは声を抑えて言った。

「あんた、油断し過ぎ」

「は? 何がだよ」

 リサは余りにも間抜けなワタルの反応に、思わず声を荒げそうになった。それを抑えるため、リサは拳をぎゅっと握り締めた。出来るなら、そのままこの馬鹿な男にぶつけてやりたい。

「何が、じゃないわよ。あの人、只者じゃない。ワタルも分かってるでしょ? あんまり油断してると、ひどい目に遭わされるかもしれないから、気を付けてて。嫌な予感がするんだ……」

 リサは真っ直ぐにワタルを見つめながら、真剣な面持ちで言った。余りにもリサが真面目な顔をしているので、ワタルはふと不安になった。リサの勘はよく当たる。過去にも何度か、似たようなことがあり、その度に彼女のおかげで助かってきた。きっと、今回も何か一波乱あるのかもしれない、とそう思わざるを得ない。怪訝な顔をしながらも、彼女の意見を大人しく聞き入れる。

「……分かったよ。気を付ける。悪い」

 ワタルがそう言うと今の今まで難しい顔をしていたリサだったが、途端に表情を柔らかくして微笑んだ。あどけなさの残る、愛らしくて可憐な笑顔だ。

「しっかりしてね、ワタル。頼りにしてるから」

 ワタルも思わず頬を緩めた。リサのこの笑顔をいつまでも見ていたい。ワタルはそう思っていた。

 謝罪の気持ちとリサをなだめる意味を込めて、ワタルはリサの頭を軽く撫でた。


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