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ツヨシ(12)

 時刻は深夜一時。町田ユウコ曰く、そろそろ町田氏が帰るらしい。

 町田氏の帰宅。それはつまり町田ユウコの願いが叶うときであり、町田氏の生が終わり、死が訪れるということだ。

 俺達は息を潜めて、玄関のドアが開かれ、町田氏が地獄へと足を踏み入れる瞬間を待った。地獄へと誘う死神は、俺と、この女。

 町田ユウコの申し出を受け入れてから今まで、俺達は入念に話し合った。

 理屈と理論で計画を立てる町田ユウコと、経験と勘で予測を立てる俺。そのため、俺達の計画は抜かりのないものだった。と言っても、ただ不意を突くだけの単純な計画ではあるのだが。

 町田ユウコは「私が手を下す」と、頑として譲らなかった。俺は飽くまで、本当に協力するだけの形になった。

 凶器は拳銃。最早、町田ユウコの愛用の品だ。俺を狙い撃ったのは、皮肉にも良い予行演習になった、とでも言おうか。全く皮肉なものだ。俺は最初から、こいつに出汁にされていたということになる。

 留意点はただ一つ。他人に悟られてはならないということ。町田ユウコが殺したことがバレてしまえば、彼女の計画はパァだ。権力など手に入りそうもない。

 よって、拳銃自殺に見せかけようという計画を立てた。現に、自殺をしてもおかしくない状況ではある。

 妻に先立たれ、研究をするだけの生活に疲れた、と解釈出来るだろう。万一、警察に見つかっても、その辺りは町田ユウコの証言次第でどうにでもなる。はずだ。

 きっと、計画は上手くいく――。俺は今日何度目になるか分からない緊張を味わっていた。

 町田氏の書斎にある狭苦しいクローゼットの中に身を潜め、俺は考えた。――町田ユウコという存在のことを。

 言うまでもなく、俺達はこの件で切っても切れない関係になるだろう。不思議と、そうなることに後悔はない。不満もない。今までの生活とは一転してしまうだろうが、それは明らかに好転だ。もうこれからは苦しく虚しい生活はしないで済むだろう。

 町田ユウコの犬になって生きることになるのかもしれないが……主人があいつなら、それなりに楽しんでいける気がする。あいつは、俺と似ている。しかし、俺以上の何かを持っている。楽しそうじゃないか。いいスリルがいい間隔でやってきてくれそうだし。これからの生活への期待の余り、思わず口元が緩む。

 そんな自分に気が付き、再び気を引き締める。油断するには早すぎる。油断は捨てろ、俺。ろくなことがねーぞ。

 ――玄関のドアが開く音が聞こえた。

 住宅街とは言え、深夜だ。こんな時間まで活動している人間は少ない。寝静まった真っ暗な街では、誰かがほんの少し動いただけで分かる。音を立てなくても、生きている気配がするから。家の中に、俺と町田ユウコ以外の生きている者の気配が加わる。それは、ひどく不愉快な感覚だった。まるで、他人に土足でテリトリーを犯されたような。心の中に踏み込まれるような、そんな許しがたい感覚に酷似している。

 俺自身、生きている気配を消さなければ。そして、いいタイミングでその気配をちらつかせる。簡単でいい。身体をほんの一ミリ動かすだけでいいのだ。問題は消す方だ。再び、自身の奥深くで眠る野生を覚醒させる。

 ――起きろ、起きるんだ。楽しい楽しい、狩りの時間だぞ。待ちわびた時間が、ついにやって来たんだ――。

 町田ユウコ、お前も上手くやれよ。心の中で静かに祈り、瞳を閉じて、人を捨てた。

 町田氏が俺のいる書斎に入ってきた。一方の町田ユウコは、隣の部屋で銃を手にして待ち構えている。至福の死を与えるときを、待っている。彼女は今、どんな思いでいるのだろう。――俺と同じならいいのだが。

 つと、心が動くのに呼応したかのように、俺の身体もぴくりと動いた。ほんの、一ミリの誤差。クローゼットの薄い扉の向こうで町田氏が違和感を察知し、息を飲む気配がした。

 消しては放ち、消しては現れを、認識出来るかどうかのギリギリのラインで繰り返す。このスリルがたまらない。野生の俺が喜びに震えるのが分かる。――まだだ。まだ我慢しろ。我慢すればするほど、獲物は美味いと相場は決まっている。

 町田氏の青い顔が目に浮かぶ。あぁ、たまんねぇ。

「……誰かいるのか?」

 意を決した町田氏が呟いた。半信半疑、信じたくないが、という響き。面白すぎる。笑いたくなるのを我慢する。獲物が美味しく頂ける、瞬きよりも短い、儚くて最も価値のある貴重なその瞬間を迎えるまで。

 町田氏が動き出そうとする気配が、俺の第六感を刺激した。今だ。この瞬間だ……! 総毛立ちそうな感覚と共に、俺は出来る限りの派手な音を立てて、クローゼットから飛び出した。そうしたのは勿論、隣室にいる町田ユウコへの合図だ。

 対峙した町田氏は、面白いくらい目を丸くして俺を見ていた。捕食者を前に為す術を無くした小動物のような顔だ。悲壮感と疑念に満ちた顔をして、腰が抜けたと言わんばかりの体勢で豪勢な椅子にしがみついている。

 あぁ、俺、笑ってる。俺もこいつと同じだ。どうしようもなく、狂ってるんだ。その事実が余りにも滑稽だ。

「何だ、お前は……何者だ!」

 こういう場面における、定型文。余りにもよくある台詞で、白ける。

 興醒めしたその瞬間、町田ユウコが現れた。ほら、やっぱりこいつだけは俺を退屈させない。この女の、嬉しそうな顔ったらない。

「ユウコ……? 何の真似だ」

 全く状況が把握出来ずに、目を白黒させながら町田氏は何とか言い放つ。

「あんたの真似よ」

 たった、一センチ。たったそれだけの動きが、派手な音を立て、生きている気配を打ち消した。文字通り、撃ち消した。




「ねぇ……。私、お父さんのこと、好きだったから、許せなかったの。それだけなのよ? 助けたかったの。お父さんを。でも、こんな風にしたかった訳じゃない。こんな最後は求めてなかった。

 ……でも、因果応報なのよね。原因と経過があって、結果は生まれるものだもの。きっと、何処かで間違ったのね。いいえ、多分、最初から何かかが違ってたんだわ。」




 ――だから、もう間違っちゃいけない。間違えないようにしなきゃ。だから、その為に…… …。




 ――ユウコさん。

 俺達、やっぱり間違ってたんだよ。だって、何にも変わってないじゃん。

 どれだけ頑張っても、やっぱり、原因は変えられないんだ。原因を間違えた俺達には、何も変えられないんだよ。

 俺達は、もう、間違えた結果を迎えるしか、ないんじゃないかな……。

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