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ワタル(5)

 シュウジは昨夜ワタルが襲われたことを集まったグループの者達に伝えた。そして、各自身の回りの警戒をしっかりすることと、この場にいない仲間達にもその旨を伝えておくようにと命令した。

 全員が真剣な面持ちで、シュウジのことを見つめていた。

 シュウジが言うことはいつだって正しい。だから、本当に危険が迫っているから、きちんと注意しなければ。皆がそう思っているに違いない。

 シュウジの命令を了解したという声や動作が、あちこちから発せられた。

 グループの人間がここまで従順なのも、シュウジの手腕によるものだ。誰もが、知らず知らずのうちに彼に調教された。そう考えると、ワタルは少し背筋がぞっとした。


 そしてそれに次いで、今日の行動に関する命令が各自に伝えられた。

 シュウジのグループの統率体系は、少し特殊とも言えた。

 グループは小隊を形成しており、それぞれがそこに所属している。行動するのはいつも、三人から五人の小隊規模でだ。

 まずはその小隊が各地域に赴き、情報収集にあたる。

 シュウジは小隊によって集められた情報をまとめ上げる、情報中枢を司る存在だ。その情報に基づいて様々な戦略を練り、次の行動の命令を下す。

 まるで軍隊のようにしっかり統率が取れており、シュウジの命令も実に的確なものだ。基本的に、様々な判断基準は小隊長に委ねられている。

 臨機応変な対応をシュウジは重んじているので、多少命令に反したところで、結果的に小隊長の判断が正しいと考えられれば、それを咎めることはない。実際の軍隊との相違点は、この辺りだろう。

 要するに、小隊長の力量が試されるとも言えるので、シュウジはその指導を怠らない。

 シュウジのグループがここまでの成長を遂げたのは、この統率体系の象徴とも言える、この小隊長の指導がしっかり行き届いていたからだろう。

 その、一種の訓練とも言える指導は、本当に抜かりのないものだった。

 状況判断の仕方はもちろん、計画を実行する際の行動をパターン化するなどして、素人には難しいであろうことを、シュウジは簡略に、なおかつ綿密に作り上げた。

 その指導を最初に受けたのが、ワタルとシンゴだった。グループ結成当時は、三つの小隊を組んで行動していたのだ。

 ワタルとシンゴは、シュウジの側近、グループの幹部と言える存在なのだ。

 しかし、シュウジが小隊長の指導を彼等に任せることはなかった。

 二人が小隊長の指導を買って出たとき、シュウジは言った。

「お前等は言わば、将棋の駒なんだよ。俺はというと、そうじゃない。王ではないんだ。棋士なんだよ。お前等と同じ舞台に立つことはないんだ」と。だから、駒にしつけをするのも、駒を動かすのも俺の仕事なんだ、と彼は言った。その言葉に、ワタルとシンゴはひどく納得した。

 シンゴとワタルの他に、小隊長は四人いる。リサもそのうちの一人だ。

 女性故に頼りない部分があると、当初は皆が心配していた。しかし、彼女の現場での働きによってその心配は一気に吹き飛んだ。彼女の状況判断や行動によって垣間見える冷静は、小隊長の中では抜きん出ていた。

 それに加えての彼女の明るい性格故に、彼女の小隊を志願する者が今も後を立たない。


 今日は情報収集だ。彼等の活動の七割はそれに費やされている。そのおかげか、計画が失敗することは滅多にない。それもこれも、シュウジのおかげだ。

 このグループにいると、他のグループの連中が低俗に思えて仕方ない。ワタルは密かに優越感を抱いていた。きっと、そう思っているのは彼だけではないだろう。

「B、C班は東側。D班は南の商店街近辺、E班はこの周りの警備と探索をしろ」

「私達はどうしたらいいの?」

 流暢に指示を出していたシュウジの発言を遮ったのは、シンゴの小隊にいた子だった。頭を失い、行動することが出来ないのだった。

 シュウジは一瞬、少し切なげな、儚い表情を浮かべた。

「E班に同伴して、主にこの近辺の警備をしてくれ。悪いな」

 しかし思いの外、その指示を聞き入れた彼女等は、はきはきとした声で「了解」と言った。

 恐らく、何の指示もされないことを懸念していたのだろう。そうなれば、自分達はお払い箱だろうから。


 そうして、シュウジによって解散が告げられ、一同は一斉に公園の外へと散っていった。再び公園に集合するのは二時間後だ。各小隊長に時計が渡されている。

 シュウジはその間、公園付近をうろつきながら、グループの皆の働きぶりを観察する。

 E班を公園付近の警備に当たらせたのは、E班の小隊長のダイスケがまだ未熟であるからだ。

 今シュウジは、彼の指導に余念がない。最近は専ら演習訓練、といったところだろうか。

 それに併せ、皆とのコミュニケーションを取るという目的もある。これは、信頼関係を維持する上で欠かせないことだ。


 シュウジは皆が出払うのを見届けると、大きく伸びをしてからベンチに仰向けに寝そべった。

「万事順調、ってとこ、かな」



 ブルルル、とポケットの中が震えた。

 どうやら眠ってしまっていたらしい。近頃は大きな課題が立て続けに解決を迫られていたので、ろくに眠れずにいた。さすがのシュウジも疲労を感じずにはいれなかった。

 周りに誰もいないことを念入りに確認し、シュウジはポケットから携帯電話を取り出した。

『よぅ、俺だ。こっちはひとまず一段落したぞ。もう安心していい』

 電話から聞こえてきたのは、こっちの体調などは一切考慮していないのだろう、余りにも呑気な声だった。

 どうにも腹立たしくて、思わず電話の向こうにいる相手に文句を言い付けてやりたくなった。

 しかしこいつが相手では、文句を言ったところで更に疲労感が増すと思い、喉まで出かけた言葉をぐっと飲み込んだ。すると、その反動でか、深い深い溜め息が出た。

『どうした?』

「何でもない。こっちも今のところ問題ない」

『そうか。ご苦労さん。今のうちにゆっくりしとけ。けど、またすぐに次のが始まるから、そのつもりでな』

「言われなくても分かってる。じゃあな」

 そう言ってシュウジは一方的に電話を切った。何処かほっとして、シュウジは大きく息を吸い込んだ。

 その時、再び手の中の携帯電話が震えた。舌打ちをして、シュウジは仕方なく電話に出た。

 また、呑気な間延びした声が聞こえてきた。

『そんな一方的に切ることねぇだろー。つれないねぇ』

 駄目だ。イライラしても無駄だ。自分の首を絞めることになるだけなんだから。平静を保つよう、シュウジは自分に言い聞かせる。

「うるさい。用もないのにかけてくんな」

『いや、言い忘れてたことがあったんだ』

 シュウジは訝って、聞き返した。

『いい奴寄越してくれてありがとうよ。しばらくは、暇にならずに楽しめそうだ』

 電話の主は、本当に嬉々としていた。声を聞いているだけで、にやけた顔が目に浮かぶ。

「そいつは良かった。気の済むまで楽しめばいいさ」

『おう。じゃあな』

 電話は突然そこで切れた。

「人に文句言っといて……」

 シュウジは思わず口に出してぼやいた。そして、何となく空を見上げるのだった。

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