ツヨシ(1)
一ヶ月程、更新が滞ってしまっておりました。
なかなか筆を取る時間が取れず、このような結果になってしまいました。
続きを期待して下さっていた読者様、申し訳ありません。
お待たせいたしました。
これからはこのようなことのないよう、しっかり精進していこうと思っております。
引き続き、応援していただければと思います。
何も、変わっていない。
このまちは、ただ暗く、俺たちを呑み込む。
善も悪も、何もかも関係なく。
ただ、全てを暗く、黒く染めてしまう。
一体、おれはなにをしていたんだろう――。
カラスのようにけたたましく騒ぐ声が聞こえた。
空気を震わせるその振動が、俺の鼓膜をビリビリと震わせる。俺にとってそれはただの騒音でしかなかったが、しばらくするとそれが俺にかけられている言葉だったということに気付いた。
「ツヨシ! しっかりしろ。起きろ! 起きてくれよ!」
全く、もう少し静かに頼めないものだろうか。こっちは迷惑で仕方ないというのに。
「何だよ。うるせえな」
そう言って、いつの間にか地面にへばりついていた体をゆっくりと起こそうとした。が、その瞬間、頭が割れるように痛み、俺は思わず声を漏らした。
頭を抱えながら隣を見ると、そこには青い顔をしたヤスがいた。こいつか、俺の安らかな眠りをそのやかましい声で妨害したのは。ヤスが騒がしいのはいつものことだが、今日ばかりはさすがに許しがたい。文句を言うくらいじゃ済まないかもしれない。
「うるせえんだよ、お前は。もうちょっと静かにしろよな……」
と、文句は言ってみたものの、ヤスの青ざめた顔を見ると、文句を垂れるのも何となくはばかられた。
「お前なぁ、散々心配させといてうるさいはないだろ。本気で心配したんだぞ。まぁ意識が戻って良かったよ」
全く、と言いながらヤスは立ち上がって腰に手を当ててみせた。何となく見下されているような気がして、気分は良くない。むしろ、悪い。ヤスはいつから、そんなに俺に偉そうに出来るほどいい身分になったというのか。
それにしても、意識が戻ったって、どういうことだ? 逆説的に考えると、俺は意識を失ってたってことなのか?
そうだとすると、この頭痛が意識を失った原因と何かしら関係があるのだろう。
「なぁ、俺何があったか覚えてないんだけど。何があったんだ?」
声を発する度、自身の声が脳髄に響き渡り、異常なまでの痛みが走る。言葉通り、頭が割れそうだ。というか、もしかするとすでに割れてやがるのか?
「お前、覚えてないのかよ?」
ヤスが拍子抜けしたような間抜けな声をあげた。俺の頭を痛めるに十分すぎるほどの音量で。その声が、俺の鼓膜を突き抜け、脳みそを直接刺激する。
「で……かい声出すな、馬鹿野郎。とにかく何があったか教えてくれ。本当に覚えてないんだよ」
ヤスが俺の状況を一つも把握しないまま、無神経に大きな声を出したことに苛立ち、思わず俺自身も大きな声を出してしまった。何たる失態。
ヤスが言うには、俺はこれまで散々縄張り争いを繰り返していた連中に奇襲されたらしい。
もっとも、俺は別に争っているつもりなどないのだけど。向こうが勝手に俺のことを敵とみなして、ことあるごとに何かと言いがかりをして喧嘩を売ってくるのだ。売られた喧嘩は買うというのが、男としての在り方だと思う。
俺としては彼等と争ったとしても何の生産性もないので、本当ならば、そんな喧嘩を無駄に買うようなことはしたくないのだが、売られるのだから仕方ない。
どうしてそんな関係になってしまったのか、俺には分からない。少し悪戯をしたのがまずかったのだろうか。だからといって、ここまですることはないと思う。
ヤスの目撃情報によると、俺は奴等に背後からいきなり何かで殴られたらしい。全く、卑怯な連中だ。正面から向かってくる度胸もないのに俺を目の敵にするなと、奴等に声を大にして訴えたい。俺自身も言葉を用いて分かり合うことは苦手な人間なので、その代わりに拳を用いることになるだろうが、それに対して、奴等も文句はあるまい。
「立てるか?」
一通り状況説明を終えると、ヤスがそう言って俺に手を差し出してきた。俺はその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。くそ、頭が痛い。今度は奴等にどんな悪戯をしてやろうかと考えながら、ヤスと共にその場を去った。
俺達のような人間にとっては、こういういざこざは日常茶飯事だ。毎日が弱肉強食の世界でのサバイバルであり、心身の削り合いだ。
ろくに食糧さえも手に入れられないような世の中では、強い奴が必然的に生き残っていく。上にのし上がっていく根性のない人間には、この世界で生きていく資格がないのだ。少なくとも俺自身は、そう思って生きてきた。
俺には、強さが必要なんだ。俺は、余りにも弱い。喧嘩では負けたことがないけれど、俺が本当に求めているのは、そんな強さではない。そうは思ってはいるものの、本当の強さが何なのか、俺には分からない。まして、こんな世界でそれを見つけることが出来るのか、時々不安になる。
――強さって、何だ?
俺は、一人で街の中をさまよっていた。街と言っても、何の変哲もない住宅街だ。市街地から少し離れたこの住宅街に、俺は目をつけた。言わば、俺はこの場所に仕事をしに来たのだった。
別に何処かの金持ちに奉仕をするわけではない。実際そういうことをしたこともあるが、悪戯好きな俺にはとことん向いていない仕事だ。
今日は、盗みに入るつもりでこの場所に来た。
この住宅街には、恐らく馬鹿で間抜けな金持ちはいない。昔から、金持ちの連中は交通の便の良いところに門を構えているものだ。しかし現在は、そんな馬鹿で間抜けな金持ち連中を狙う奴が多く、治安も悪くなっている。盗む側、盗まれる側がそれぞれ足りない知恵を絞り合い、必死の攻防を繰り広げている。
しかし、この住宅街に住んでいる奴等は、そういったくだらない攻防から身を引き、自身の栄誉にしがみつかず、堅実に身を守ることに徹した。言ってしまえば、本当の勝ち組と言える、賢い連中なのだ。
こんな一見寂れた場所にまで、わざわざ足を伸ばす奴はそういない。守りの堅い奴でも、間違いなく油断はしているはずだ。
俺はそこを狙う、頭のいい人間なのだ。
しかしそう思うことが、俺自身の油断になる。仕事をする上で、油断は禁物。最大の敵は油断と過信だ。自分自身なのだ。そう言い聞かせていれば、大抵のことは失敗せず無事に終わる。
俺が今までの経験で学んだことだ。これだけは、俺が胸を張って言える。
今日入る家は、二ヶ月前から下調べを進めていた。金になるものを持っているに違いないのだから、失敗は許されない。もしへまをすれば、もうここを狩場にすることも出来ない。最悪の場合、命を落とすかもしれない。そんなことがないとは言い切れない世の中なのだから、そういった可能性を想定し、それに備えた覚悟をしなければならない。
俺が目をつけた家の表札には『町田』と書かれていた。町田邸は、見るからに豪邸、というわけではなかった。しかしよく見ると、少し広い庭は隅々まで手入れが行き届いており、その片隅に何気なく置かれている彫像も高価そうに見えた。
この家の主人が、これだけは好きで手放せないと主張するのが、その彫像のシルエットから伺えるようにさえ感じた。何処かその庭の様相としては不似合いなところがあるように思えるが、何となくその彫像が居心地良さそうに凛と立つ姿には、そういった主人の思いがあるからなのかもしれない。
彫像の背景については俺の考え過ぎかもしれないが、とにかくこの家の主人は、我が家をいたって普通の中流階級の家庭に見せかけようとしているのだと、俺は感性で感じた。そうすることで家庭を守ろうと必死になっているのだと。
更に俺は、この家には地下室が存在していると踏んだ。庭に忍び込んだとき、換気口らしきものを見つけた上に、その近くにある石畳のところで足を強く踏み鳴らすと、他の場所とは明らかに異なった軽い音がした。中身の詰まっていない、空っぽの音だ。
――俺の心も、叩いてみたらこんな風な情けない音がするんだろうか。
その時俺は、そんなことを思った。
その地下室に何があるのかも、それがどれくらいの規模のものなのかも分からない。しかし、決して避難シェルターやちょっとした倉庫のように小さなものだとは思わなかった。万一倉庫だったとしても、何か貴重なものが隠されているに違いない。この館の主人は、そうやって大切なものを隠すことに長けた人間であるはずだからだ。
何もかも俺の第六感による、勘でしかない。しかし俺は、その何かが隠されているであろう地下室に侵入することを絶対的な目標として定めていた。実際、地下室という言葉に興味を引かれているという、幼稚な感情があることも否めない。
決行は、主人であろう男が家を出てからだ。その後は、不思議なことに人の気配がまるでしなくなる。こちらも気配を消してしまえば、家の中に誰かいたとしても恐らく気付かれることはないだろう。
午前七時前。そろそろ、主人が出て来る頃だ。




