ワタル(3)
次の日の朝、ワタルはいつものように公園へ向かった。今日は、恋人であり、同居人でもあるリサも一緒だ。
昨夜、苛立ちながらも何とか帰宅すると、彼女に叱られた。何とか事情を説明し、ワタルはリサをなだめた。
「もうこんなに心配させないで」と言われた。勝気な彼女がここまで言うところから見て、余程心配していたのだろう。申し訳なくなった。
「シンゴ、何処に行ったんだろうね」
公園へ向かう道中、リサが物憂げな表情で尋ねた。シンゴのことも、彼女には昨日話した。リサもワタル同様、シンゴとは親しかったので、グループを去った上に行方が分からないというのは、ショックが大きかったようだ。
「分かんない。だから、今日シュウジさんに話して、何か知らないか聞いてみるよ。俺を襲った奴らのことも、シュウジさんなら何か知ってるかもしれない」
「私達のグループが狙われてるのかもしれないしね……」
リサはそのことを一番懸念しているようだった。彼女はグループにいる女の子の中では、年上の方だ。幼い子達の身を心配するのは当然だと言える。グループにいる子供達は皆、彼女を姉のように慕っている。リサの明るい性格故だろう。彼女もまた、年下の子達をとても可愛がっている。
そんなことを話すうちに、公園に辿り着いた。見渡してみる限り、まだシュウジの姿はないようだった。
「シュウジさん、まだ来てないみたいだね」
「あぁ。とりあえず、シュウジさんが来るまで待ってみよう。色々指示ももらわなきゃならないし。遅くても、後一時間くらいで来るだろ」
「そうだね」
リサがそう言った時、彼女を呼ぶ声がした。
「今日は何するの?」
そう尋ねたのは、リュウタだった。グループ最年少の九歳ながらも、積極的にグループの役に立とうとする、将来有望な少年だ。シュウジやワタル達に憧れを抱いているのか、彼等が公園にいる時は、九割方話しかけてくる。
ワタルには、それが正直言うと面倒臭いこともあったが、リサやシュウジは嫌な顔一つ見せずに彼の話を聞いてやっているので、ワタルもそれに倣うようにしているのだ。
「今日はまだシュウジさん来てないから、来たらまた何か頼むよ」
リュウタの問いかけに笑顔で答えるリサの隣から、ワタルが優しく答えてみせた。すると、小さな少年は眩しい笑顔を振りまきながら、うきうきとした様子で走り去って行った。
予想した通り、一時間もしないうちにシュウジは公園に現れた。
いつもと何ら変わらない様子だ。シュウジの元へ、引き付けられるように近付いていく少年少女達の呼びかけに、シュウジは優しい笑顔で答えている。
時に冗談を言って、皆を笑わせている。冷静ではあるが、クールというわけでは決してない。むしろ、ムードメーカーと言えるくらいに、明るい性格だ。それが、あらゆる人を引き付ける、彼の大きな魅力の一つになっているのかもしれない。
シュウジはワタルの姿を見つけると、右手を軽く挙げ、それを挨拶とした。ワタルもそれに応える。
ゆっくりとした足取りでワタルの方へ歩いてきながら、シュウジは言った。
「何だ、今日は嫁と一緒か」
「そりゃ嫁ですから」
軽い冗談のつもりでシュウジは言ったのだろうことが分かっていたので、ワタルは特にそのリサを嫁と言った発言を気にせずに答えた。が、ワタルがふと隣のリサを見ると、顔を赤らめて俯いていた。リサはノリが分かる人間でありながら、こういう話には滅法弱い。そういう初なところも、ワタルは好きだった。
「ちょっと話があるんだけど、いいかな」
シュウジは俯いているリサを見て、ニヤニヤとしていた。それを見て、さっきのはわざと言ったんだなとワタルは思った。
しかし、ワタルの発言を聞いて、シュウジの表情は一転した。真剣な顔になった。どうやら、話を聞くつもりでいてくれているらしい。
「何だ。話してみろ」
実は、と話し始めようとした時、リュウタの声が聞こえた。
「シュウジさん! 今日は俺、何したらいいんだ?」
「リュウタ、今大事な話をしてるんだ。後にしてくれ」
何処か覚束ない足取りで駆け寄ってくるリュウタに、ワタルは眉をしかめながら言った。
「悪いな、リュウタ。お前の仕事は、後で言うよ。ちょっと待っててくれるか」
リュウタとワタル、双方をフォローするかのようにして、シュウジも続いて言った。
リュウタは少し寂しげな表情を浮かべ、力なく頷いた。しかし、そこから立ち去ろうとはしない。
「リサ」
シュウジが言った。その目には、リュウタを頼む、という命令が込められているようだった。その意味をしっかりと受け取ったリサは頷くと、項垂れるリュウタに歩み寄った。
「リュウタ、一緒に皆のとこ行こう」
リサはそう言うとリュウタの手を引き、公園の中心へと歩いて行った。
リュウタとリサの後ろ姿を見届けた二人は、顔を見合わせた。
「さぁ、話してくれ。何があったんだ?」
シュウジは年少者の前では決して見せない、大人の顔をワタルに向けて厳かな口振りで言った。ワタルもそれに見合うようにと、出来る限り真剣な面持ちで頷いた。