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♰09 護衛。


「サイン、くださらないかしら?」


 帰り際に、私の本が差し出された。

 でも素性を隠してきた私にとって、本にサインする経験はないに等しい。

 ついサインする、なんてことはなかった。


「わたくし、すっかりシティア様のファンになってしまいました!」

「私は作家のシティアとは言ってません」


 まだ、ね。

 しゅん、と落ち込むエレノア様には悪いけれど、私は帰ることにした。

 一人で帰るつもりだったのに、また竜王様が私の手を握る。

 あれだけ空気を悪くしたのに、手を繋ぐのか。


「気を付けて帰ってください」


 竜王様に護衛もつけず、見送るエクィノ様。

 エレノア様も気を取り直して、微笑んで手を振ってくれた。

 私は手を振り返して、竜王様に手を引かれて帰り道を歩く。

 ちょっと話題を振られることに身構えていたけれど、あの祭りを開いている通りまで、竜王様は黙っていた。

 私が見惚れた巨大猫ガティアの前まで、連れていかれる。


「わぁ……かっこいいー」


 目の前で見上げれば、勇ましさに同じ感想が口から零れた。

 赤みが強いオレンジっぽい毛のガティアは、私を見下ろす。

 すると、しゅるしゅるしゅるっと見上げるほど巨大だった猫が、普通の猫にまで縮んだ。

 そして、柵の向こうから私を見上げてきた。

 きゅるるんっと潤んだ感じに。


「可愛い……」


 ライオンのコスプレをしているみたいな猫ちゃんが物欲しそうに見つめてくるけれど、あげられるものがない。


「気に入られたな」


 竜王様が言った。


「少し待っていろ」


 竜王様は、私から離れる。

 暫くの間は、この小さなガティアと見つめ合っていたいので、そうしておいた。


「シティア! シティアだろ?」


 呼ばれたので、振り返ってみれば、カエストさんが人ごみを抜けてやってくる。


「やっぱり、その真っ赤な髪は絶対にシティアだと思ったんだ!」

「そんなに目立ちます?」

「うん、素敵だよ!」


 にかっと、カエストさんは褒めてくれた。


「でもこんな時間で一人なんて感心しないな。送るよ!」

「いえ、一人ではないです、っと」


 カエストさんが私の手を掴んで引っ張ったが、別の手が引っ張って離す。

 戻ってきた竜王様だ。

 フードを深く被っていてもわかる。怒った目で、カエストさんを睨みつけていた。


「オレの女にちょっかい出すな」

「えっ。オレはそんなつもりは……友だちのカエストです」

「……」


 竜王様は突き刺すように言うと、それっきり。黙って睨み続ける。

 名乗る気はない。というか、名乗ると私が困ってしまう。


「カエストさん。また店を利用してくださいね」


 私はなんとか愛想よく笑って、手を振る。


「あー……ごめん、邪魔して。じゃあまた店に行くよ」


 竜王様の圧に負けた様子で、カエストさんも手を振り返して、人ごみの中に去っていく。


「あの、私のお客様を睨まないでください」

「奴は友だちと言ったが?」

「初めて迷宮に入った時に一緒に同行してくれた冒険者なのです」

「エクィノを助けた時、一人じゃなかったのか? なんで言わなかった?」


 ギロリ、とさらに怒った目付きをした。

 そんな目をすると思ったからですけど……。

 でもその目が私から外れる。柵の方へと向けられた。

 縮んだガティアが、差し出されたのだ。

 竜王様は受け取って、抱えた。

 でもすぐに私に持たせる。


「えっ?」


 きょっとんとしてしまう私の顔を、ペロペロと舐めては頬を擦り寄せるガティア。


「名前を付けてやれ。君のものだ」

「買ったのですか!?」


 どうやら、この子は売り物だったらしい。

 展示のための柵だったのだろう。


「いただけませんっ」

「君を気に入っているのに、返すのか?」

「ゴロゴロゴロ」


 なんでめっちゃ気に入られているんだろうか。

 喉を鳴らして、私の顔にじゃれてくる。


「ううー。飼います、飼います。いくらでしたか?」

「オレからの贈り物だ。ガティアなら、迷宮の地で護衛役にもなる。これで心配も減る」

「……」


 ガティアを贈るのは、その意図もあるのか。

 竜王様は柔らかい笑みになり、ガティアの顎を指先で撫でた。

 ゴロゴロ、と喜んでいる。

 この子を返すなんて選択肢はない。

 受け取ろう。


「ありがとうございます……ノーテ、様」


 躊躇しつつも、私は初めて彼の名前を呼ぶ。

 ノーテ様の手が、私の頬に移動した。両手に包まれる。

 かと思えば、少し上に引き寄せられて、唇を重ねられた。

 ちょっぴり長く、重ねられる唇。


「名前を呼ばれるのは、これほど甘美だったのか?」


 嬉しいそうな笑みを、間近で見た。

 胸の奥が、キュンとしてしまう。

 星空の瞳が、綺麗すぎる。

 そしてまた、唇が重なり合う。


「君は、オレの運命」


 そっと囁いて、もう一度だけ唇を重ねた。

 あまりにも優しい声に、うっとり。

 けれど、私はその言葉で、ギュッと胸の奥が締め付けられる。

 身を委ねてしまえばいいのに、どうして私はそれが出来ないのだろうか。


「はぁ……帰ろう」


 熱い息を吐くと、私の額に一つ、口付けをした。

 そして、私の背を押して、歩かせる。ずっと私の家まで、ぴったりと寄り添うように。

 ポーチにつくと、ノーテ様は口を開く。


「名前は決めたか?」

「あー……性別はどっちでしょうか?」

「メス」

「そう。じゃあ……ティニーとか、オリンとか、マロとか」

「マロがいいかもな、どうだ?」


 小さな猫になったガティアを撫でて、首を傾げる。

 ガティアは、頷く。


「そうか、じゃあお前はマロだ。ちゃんとシティアを守ってくれよ」


 ちゃんと通じているみたいに、マロと名付けられたガティアは「なう!」と返事した。


「おやすみ、シティア。マロ」

「おやすみなさい……ノーテ様」


 満足げに微笑んだノーテ様を、白いドアの中で見送る。


「マロ。あなたは彼が送り込んだスパイじゃないよね? 私がご主人様よ、わかってる?」

「にゃー」


 マロのお腹に鼻をこすりつけて、匂いを吸う。

 んー、いい匂いだ。猫って吸っちゃうわよね。


「あなたは水嫌い?」

「なう?」


 私はお風呂に入るついでに、マロも洗ってあげることにした。

 嫌がらないタイプの猫ちゃんみたいだ。

 手のかからない子で、もこもこの泡で洗わせてもらえた。

 もふっとした毛を乾かして、もう一度吸わせてもらう。

 洗いたての、いい匂いだ。

 ベッドへ連れて、一緒に寝る。深く息を吐いて、眠った。


 翌朝、来てくれたウィリンちゃんにマロを見せる。


「猫? いえ、ガティアですか?」

「なーう」

「ご主人様にマロって名前をもらったのですか」


 ウィリンちゃんとマロは会話しているようだった。

 猫と猫の獣人だから?


「シティア様は……店を開いたばかりだと聞きましたが、経済的余裕があるのですか? この色のガティアだと高値だったでしょう?」

「……そうなの?」

「え? 買ったのではないのですか?」


 この色のガティアだから、あそこで展示されていたのか。


「一体いくらぐらいするの?」

「この家ぐらいはするかと。……貰いものですか?」

「なーうなうなう」

「ご主人様に、運命の番がいらっしゃるのですか? その方からの贈り物?」


 マロ! 喋りすぎー!


「運命の番と言えば、竜人族ですね? ……羨ましい」


 ウィリンちゃんは、そう漏らす。

 彼女も真実の愛とか、運命で結ばれた相手を望んでいるのだろうか。


「わたしも竜人族の男だったら、シティア様が運命の番だといいと思います」


 ええー。斜め上を考えていた。


「なうなう」

「そうね、運命のご主人様かもしれない」

「なーう」


 何、運命のご主人様って。

 マロとウィリンちゃんは、どうやら意気投合したらしい。


「それではご主人様、開店準備をしましょう」


 すっかりウィリンちゃんは、うちの店員さんだ。

 その日も、評判のいい塗り薬を買いに冒険者が殺到。

 ウィリンちゃんは、しっかり対応をしてくれた。

 マロは、入り口を見張っている。

 マロを番犬、じゃなくて番猫として寄越すくらい心配しているノーテ様。

 私が魔物を倒せるほど強くなれば、心配しなくなるだろうか。

 監視もやめてくれるかも。

 錬金術を行っている最中に、私は思いついた。


 お客の一人が、杖を持っていた。魔法使いの武器だ。

 それを改良してみよう。

 錬金術師は、道具を投げるだけじゃない。

 やってみよう。

 でも素材集めをしないといけない。

 ……また迷宮の中に入らないと。


「ねぇ、ウィリンちゃん。迷宮の二階まで来て欲しいって頼んだら、引き受けてくれる? もちろん、冒険者として雇いたいの」


 隙を見て、ウィリンちゃんに話しかけた。


「……錬金術の素材をしたい、と仰るのなら……」

「いや、乗り気じゃないならいいんだよ? 断っても」


 俯くウィリンちゃんは、少し嫌そうに見える。


「いいえ。違います。ただ……わたし一人では心もとない気がして」

「でも、冒険者として、ウィリンちゃんは腕が立つんじゃないの?」

「わたしは、ソロの冒険者です。一人で俊敏に動き回ることは得意ですけれど、護衛の任務はやったこともありませんし、不向きかと」

「あーそう」


 腕が立つことは否定していないから、自信はあるらしい。

 そこでカウンターの上に、マロが立つ。


「なう!」

「マロがついていると言いたいようです。確かに、マロがついていれば……大丈夫そうです」


 マロとウィリンちゃんがいるなら、大丈夫だろう、とのことだ。


「必要な素材なのでしょう? いつ行きますか?」

「明日、店を休みにして行こう」

「なう」

「わかりました、ご主人様」


 ご主人様呼び、定着?

 とりあえず、行くことを決めた。

 私は商品の補充をしつつも、武器の道具も作っておく。

 客足が途絶えたあと、私はちゃんとウィリンちゃんに作りたいものを話す。

 迷宮の地下二階は、燃え滾る火の川があると聞く。

 その火が欲しいのだと、話しておいた。

 ウィリンちゃんからは、火の川の中には巨大魚の魔物が多く泳いでいるから気を付けるべきだ、と忠告を受ける。

 巨大魚の魔物か。火に効きそうな水や氷系の道具を用意すべきだろう。


 翌朝、ウィリンちゃんと一緒に出発した。

 マロは大きくなって、私とウィリンちゃんを乗せてくれたので、街を突っ切って迷宮の地へ、あっという間に入る。


「一度、ここで採取してもいいかな?」

「周囲を警戒しておきます。どうぞ」


 マロから降りて、少し植物の採取をした。

 マロもウィリンちゃんも警戒してくれたけれど、すぐに何かが接近していると言って私を挟んだ。


「あれっ? またシティアだ!」


 近付いてきたのは、冒険者の一行。カエストさん達だ。


「シティアー! また迷宮に行くの?」


 マルさんが尻尾を振りながら近付こうとしたが、マロが吠えて拒む。

「わかった、近付かない」とマルさんは尻尾を下げた。

 どうやら獣人族は、理解しているようだ。


「嘘でしょう、希少な色のガティア?」


 エリーさんが信じられないと、凝視している。


「迷宮で素材集めか? 錬金術師シティア。また同行してやってもいいぞ」

「また安めにうちの商品を買いたいからですか?」

「バレたか」


 クリバーさんは、ニヤついた。

 私も笑う。


「どうかな、ウィリンちゃん」

「……信用出来るならば、多い方が守りやすいです」


 ウィリンちゃんは警戒心を持っているようだ。

 でも護衛なら多い方がいいと考えたみたい。


「今日はどこまで?」

「迷宮の二階まで」


 カエストさんに問われて、私はちゃんと答える。


「オレも同行する」


 黒いユニコーンが、真上から降ってきた。

 跨っているのは、お忍びスタイルのノーテ様だ。

 ラピスラズリの角。藍色の髪と、星空の瞳と、そして――――黒いマスクをつけていた。


「な、なんで、え?」

「君を護衛しに来た」

「え、でもっ。え?」

「アルバ、とでも呼んでくれ」


 マスクをつけて、変装したつもりなのだろうか。

 アルバと名乗って誤魔化せると思うのかしら。


「ウィリンと申します」


 ぺこっ、とノーテ様に、ウィリンちゃんは名乗りお辞儀をした。


「この前会ったよね? オレはカエスト、よろしく」

「……ああ。よろしく」


 カエストさんが手を差し出して握手を求めたけれど、黒いユニコーンから降りたノーテ様は握手をしなかった。

 ノーテ様から拒絶の空気が漂い、気まずい雰囲気となる。

 それでもクリバーさん達は軽く自己紹介をして、迷宮を目指して前進を始めた。



 

20211214

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