♰10 転送の罠。
「バレたらどうするのですか? 仕事は?」
「済ませてきた。大丈夫だろう、バレていない」
こそっと、隣を歩くノーテ様に問う。
しれっとしているノーテ様に、私は肩を竦める。
どうだかな……。
エリーさんが黙ってすっごく凝視している気がする。
でも、マロが巨体で遮っているので、大丈夫だろう。多分。
「迷宮の地下二階へ行くのか?」
「はい」
「オレから離れるなよ」
そう言って、私の肩を抱き寄せた。
「一階より、二階は危険だ」
「一階は荒地みたいでしたね……二階には火の川があるとか。不思議」
「三階は氷漬けだ、参考までに」
そうなのか、と私は相槌を打つ。
二階は火の川があり、三階は氷漬け。
流石”ダンジョン”だ。
魔界の入り口だ。歪んでいる。
「あなたはどこまで奥に入ったことがあるのですか?」
好奇心で尋ねた。
「十五階までだ、それ以上は危険すぎる」
十五階まで進んだのか。
きっと精鋭を連れていたのだろうけれど、それでも竜王様だ。
強いのだろう。絶対。
迷宮の入り口には、他の冒険者が一角の角を生やした大きなウサギの群れと戦っていた。
私達はそれを横切って、階段を下りて穴の中へと入る。
迷宮の地下一階へ到着。
広々とした洞窟の中のような暗い荒地。
リスのようにもふっとした尻尾と鋭利な長い爪を持った魔物が突撃してきたけれど、巨大なマロの前足で踏み潰される。弱い魔物だ。
それか、マロが強すぎるのかもしれない。
「二階へ続く道はあっちだ。遠いからマロに乗っておくといい」
ノーテ様のアドバイスに従って、マロに乗せてもらった。
進むも進むも、岩が突き出た荒地が続く。
思った以上に広いらしい。
自分で歩いていたら、きっと疲れていただろう。
「休憩しよう」
地下二階へ降りる前に、休憩をとると言ったのはクリバーさんだ。
私はともかく、皆には必要だろう。
周囲を警戒しつつも、足を休めるために腰を下ろした。
マロは私と背中を合わせるようにおすわりをして、周りを睨んだ。
「ご主人様、お水をどうぞ」
「ありがとう、ウィリンちゃん」
ウィリンちゃんが持参してきた飲み物を渡してくれたので、ありがたくいただく。
「下に降りれば、もっと飲みたくなるぞ」
ノーテ様が、教えてくれる。
火の川があるくらいだ。暑いはず。
汗が足りないくらい溢れるだろう。
「ウィリン、と言ったな? シティアに雇われた店員であり、冒険者?」
「はい。命の恩人であるシティア様に心からお仕えする所存です」
ノーテ様の声をかけると、ウィリンちゃんが答えた。
え。そうなの?
初耳なんですけれど、ウィリンちゃん。
聞こえていたクレバーさん達が、何をしたんだって聞きたそうな目を向けてきた。
「ウィリンちゃん。確かに私は道具であなたの怪我を治してあげたけれど」
「ウィリンちゃんの気持ちわかるー! オレも治してもらって恩を感じたもん!」
カエストさんが共感をしたけれど、ウィリンちゃんはツーンと無視をする。
特定の人にしかなつかない猫の如く。
「カエストは手の傷を治してもらっただけでしょう」
「いやいや、毒もあって、気付かなかったら、オレ死んでたんじゃね?」
エリーさんも冷たいことを言う。
でもカエストさんは、私に同意を求めた。
「確かに放置していたら、大変だったと思いますが……」
「じゃあ命の恩人! オレもシティアに仕えようかなー」
「必要ありません」とウィリンちゃん。
「必要ない」とノーテ様も、きっぱり。
「あーでも、ほら、迷宮で採取したい時はこうして同行するし」
「そう何度も迷宮に採取しに来ない。そうだろう? シティア」
暗に迷宮にほいほい来るなと指摘したいように思えた。
私は曖昧に笑っておく。
いやぁ。ほらぁ。
地下三階の氷漬けの迷宮も、気になるもの。
「新しい武器を作るつもりなの」
気まずい空気を変えようと思い、私は採取の目的を話す。
「ほら、錬金術師って基本、手に道具を持ったり投げたりするでしょう?」
「そのスタイルを変えるってことか?」
「そう。魔法使いみたいな長い杖を改良して、錬金術の道具を嵌めて発射しようと思うのです」
「ほう? 火の川から採取したいのは、燃え続ける火か?」
「はい。火炎を噴射する道具を作りたくて」
「ドラゴンが火を噴くような道具か?」
ノーテ様が興味津々に聞いてくれるので、私は頷きながら話す。
マスクをして口元を隠していたから微笑んでいるかはわからない。
でも、優しい眼差しをしているから、きっと微笑んで見つめてくれている。
ちょっと気分がふわふわした。
「そうなりますね。竜人族ってドラゴンに変身したら、火を噴くのでしたっけ?」
「厳密に言うと、火の魔法を噴いているだけだ」
なるほどー。
「竜人族って言えば、この間の強力な魔物を竜王様が直々に退治したって噂、聞いた?」
「ドラゴンの姿になって頭を食いちぎったって話じゃん!」
カエストさんが、話題を振った。
マルさんが、うんうんと頷く。
その竜王様が、私の隣にいるんだけれどなぁ……。
なんだかんだで、気付かれていないみたい。
「強力な魔物はハイアラクネアと呼ばれるカマを持った蜘蛛だ」
ノーテ様がそう教えると、カエストさん達は驚愕した。
そして、言葉まで失う。
「ハイアラクネアとは?」
知らないのは、私だけなのか。
「人間を両断するほどの鋭いカマを振り回す、巨大で強い魔物だ。前に這い出ようとしてきて、多くの犠牲者が出た。三十年ほど前の話だ」
「そう、なんですか……」
かなりの強敵だったということ。
「今回の被害は……」
「君が救ったから、死者はいない」
ぽんっと私の頭の上に、ノーテ様の手が置かれた。
お礼を込めている眼差しだと感じる。
「すごかったもんなー! 出血が酷い傷を塗り薬で塞いだんだもんなーあ! あの時のシティア、かっこよかったぜ!」
グッとカエストさんが、親指を立てて見せた。
「ほんとだよなー! かっこよかった!!」とマルさんも褒めてくれる。
「あんな性能の高い塗り薬も作れるし、武器だって作るんだろう? 才能あるよなぁ。若いのにえらいえらい」
「親戚のおじさんみたいよ、クリバー」
クリバーさんも褒めてくれたけれど、エリーさんがツッコミを入れるように、親戚のおじさんのような褒め方だ。
「誰がおじさんだよ。ほら、もう休憩はおしまいにしよう。二階へ行くぞ」
私達は立ち上がって、再出発をした。
二階へ行くには、粗削りな階段を下りるしかないみたい。
ただし、階段は一つだけじゃない。アリの巣のように、あちらこちらに上り下りできる階段があるのだ。
一番近い階段が、そこだった。
階段を一つずつ下りていく度に、気温が上がっている気がする。
ちょっとだけ涼しくしようと、ブラウスのボタンを一つ外した。
暗かった一階と違って、ちょっと目が眩みそうな赤がある。
少し先に、真っ赤な川があったのだ。ゆらゆらと揺れている。赤い火の川だった。
火山の中に入ったみたい。
暑いけれど、早速川から火を採取したいと思った。
「落ち着け」とはやる気持ちを見抜かれて、ノーテ様に釘を刺される。
言われた通り、私はみんなと一緒に火の川まで歩いていく。
もういいかと目を向ければ、ノーテ様が頷いた。許可をもらったので、私は火を採取する準備をする。
火に当てても熱くない燃えないグローブをはめて、燃え続ける火を入れるための耐熱の箱を取り出した。
「魚の魔物に気を付けてください」
ウィリンちゃんとノーテ様が左右に立ってくれる。
私は安心して、火の川を覗き込む。
ゆらゆらとしている火。これが燃え続ける火らしい。
図鑑で採取の仕方を知ったので、箱を中に入れて火を閉じ込めるように蓋をした。
火の川から上げれば、透明な箱の中にゆらゆら揺れる火がある。
ほわー。箱の中に、火を閉じ込められた。
「魔物だ!」
カエストさんの声で振り返る。
お腹が赤く光ったゴブリンみたいな小柄な人型の黒い魔物が、わらわらと現れた。
「シティア!」
「はいっ」
急いで鞄の中に箱を詰めた私に、火の川から巨大な魚が飛び出して向かってくる。
大きな口に鋭利な牙がいくつも並んで見えた。
道具を出すべきだったのに、反応に遅れてしまう。
ザシュッ!
その巨大魚を両断したのは、青い稲妻をまとった剣だった。
「大丈夫か?」
剣を片手に持ったノーテ様が、手を差し出してくれる。
その手を取って立ち上がったけれど、また巨大魚の魔物が飛び出してきた。
しかも、一匹じゃない。三匹だ。
川から巨大魚の魔物。暗闇の方から黒いゴブリンみたいな魔物。
挟まれてしまった。
とにかく、目の前に迫る巨大魚の魔物から対処しないといけない。
私は氷の刃を放つ爆弾を投げた。
残りは、ノーテ様とウィリンちゃんが切り裂く。
「ご主人様! 階段へ!」
マロが道を作るためなのか、走り出しては黒いゴブリンを蹴散らした。
私はウィリンちゃんにも背中を押されたから、走り出そうとした。
でも黒いゴブリンの一匹が、火の玉を飛ばしてきたから、危うく当たりそうになる。
ウィリンちゃんに突き飛ばされていなければ。
でも悪いことに、私はトラップに触れてしまった。
手をついた地面に、オレンジっぽい魔法陣と赤い魔法陣が現れる。
転移魔法の魔法陣!
転送される!?
「シティア!!」
ノーテ様が再び手を伸ばして、私を魔法陣から引き上げようとした。
でも遅い。
魔法陣はカッと光り、私達を包んだ。
ウィリンちゃんの呼ぶ声が、ぷつんと途切れた。
光りのあとは、真っ黒な闇の中。
明かりをつけようと、ポーチからライトを取り出そうとした。
けれど、光を詰めた容器を持つ手を、押さえつけられる。
「奴らに気付かれる」
そっと、ノーテ様が声を潜めて、囁く。
「ここっ……迷宮?」
息がしづらい。私も声を潜めた。
「ああ、最悪だ。迷宮の地下十三階……暗闇の間」
私は声を上げることを、ぐっと堪える。
十三階だって!?
魔界に近付くほど、強力な魔物がいるのにっ!
十三階に転送されるなんてっ!
ノーテ様の言う通り、最悪だ!!
「ごめんなさいっ、でもっ、”帰還の宝玉”で」
「だめだ、赤い魔法陣も見ただろう? しばらく転移魔法系が使えない呪いも、トラップに含まれている」
「そんなっ」
”帰還の宝玉”を取り出そうとした手も、止められた。
「シティア。大丈夫だ。絶対にオレが君を守る」
震えてしまったからなのか、ノーテ様は私を抱き締める。
落ち着かせるように、背中を撫でた。
「わかった。大丈夫」
私は深呼吸をしようとしたが、やっぱり息がしづらい。
でも落ち着こうと心掛けた。
ノーテ様は私を立ち上がらせると、手探りしながら移動を始める。
すぐに岩の中に出来た穴を見付けることが出来て、そこに身を寄せ合って隠れた。
私を抱き締めたまま、ノーテ様も入るくらいの大きな穴。
ここで息を潜めながら、呪いが消えることを待つしかない。
「……ウィリンちゃん達、大丈夫かな」
「ウィリンは腕が立つ。大丈夫だ。こんな状況で他人の心配をしなくていい」
「ウィリンちゃんもマロも、心配してくれているはず。……それに、探しに来てくれるかも」
小さな声で、話す。
「いや、こういうトラップの場合は、自力で帰るまで待つしかない。あるいは……」
その言葉の続きを、ノーテ様は話してくれなかった。
生存確率が低いってことは、伝わる。
ギュッと、私はノーテ様の腕を握った。
「じゃあ、カエストさん達も……探しには来ないのね」
「はぁ。カエスト、か」
ノーテ様がため息を、私の頭の上に吹きかける。
「何?」
「別に」
「なんでカエストさんに冷たいの?」
「一目瞭然だろう。オレの女に惚れている」
私は思わず、抱き締めてくれているノーテ様を振り返った。
「人間の男に言い寄られては困る。人間の男は愛がなくても、女に触れるんだろう? 浮気もする。全く理解出来ない」
すごく嫌悪に満ちた声で言う。
「人間だって……運命の人がわかれば、たった一人にしか触れないわ」
「……そうだな」
私の頬に、頬ずりしてきた。
「そう思ってくれているなら、オレも浮気を心配しなくていいな?」
「……」
「おい、なんで黙る?」
「こんな状況で、話すことじゃない」
「……」
ほんの少し、ノーテ様は唸る。
それから、私をきつく抱き締めてきた。
放さないと言わんばかりに、誰にも渡さないと言わんばかりに。
きつく締め付けてきた。
「……オレの番だって、運命で結ばれていると、いつになったら認めるんだ?」
「……今話すことじゃない」
「いつなら話す?」
「……」
ノーテ様は、私の耳に唇を重ねると囁く。
「君に触れたい。もっと強く。もっと深く。――――愛し合いたい」
熱い吐息がかかる。
うっとりしてしまう。けれど、身を委ねない。
答えることは、しなかった。
チリッ。
少し痛みのような熱のようなものが、肌の表面を走った。
「何、今の?」
「呪いが解けた。”帰還の宝玉”を使うんだ」
「わ、わかった」
私が”帰還の宝玉”を取り出すと、猛獣のような唸りが暗闇から轟く。
きっと巨大な魔物だ。そして、強力な魔物だろう。
カッと”帰還の宝玉”が光り、そして私達を包み込んだ。
光りが消えれば、私とノーテ様は店の中にいた。私の店だ。
「間一髪だったな」
ノーテ様は、そう言って立ち上がる。
「どこも怪我していないな?」
「はい、大丈夫です」
「……敬語に戻ってる」
目を瞬かせた。
「十三階にいる間は、敬語はなかった」
「そ、それは……申し訳ありません」
「構わない」
そこまで話していたら、カランカランと白いベルが響く。
ウィリンちゃんと小さなマロだ。
「ご主人様!! ご無事で!!」
私の胸に飛び込んできた。
「申し訳ございません! わたしが、わたしのせいで!!」
「あなたのせいじゃないわ。大丈夫、無事だから。心配かけてごめんね? 無事でよかった」
泣いているから、私は背中を撫でてあやす。
ノーテ様がマスクをつけ直したあと、マロが肩に飛び乗る。
ゴロゴロと喉を鳴らして、マロはノーテ様に頬すりした。
20211226




