11 一夜の触れ合い。
ウィリンちゃんから、あのあとのことを教えてもらった。
ウィリンちゃんが探しに行こうとしたが、クリバーさんが止めてくれたらしい。
必ず”帰還の宝玉”で帰るはずだから、店で待つべきだ、と説得された。
カエストさん達も無事で、一緒に迷宮から出たらしい。
全員、無事。よかった、と胸を撫で下ろした。
ノーテ様は、帰る。
そのあと、クリバーさん達が店にやってきては、私の無事を喜んでくれた。
十三階に飛ばされたと知り、よく無事だったと驚いていたけれども、安心して笑う。
翌日に、食べに行く約束をする。
無事を祝して、一緒に食べようとのことだ。
アルバことノーテ様は、多忙だから、と私が代わりに断っておいた。
次の日は、ちゃんと仕事をして、早めに切り上げては、ウィリンちゃんとマロと一緒に約束した食堂に向かう。
私だけが未成年だからなのか、お酒は控えめ。食事をたいらげては、生還を祝った。
こういう賑やかすぎる場所での祝いは初めてだ。でも楽しく笑えた。
クリバーさん達は自分達の武勇伝や、危なかった経験を話してくれる。
もうゲラゲラと笑うくらい、クリバーさんは上機嫌だった。
マルさんが酔った勢いでウィリンちゃんにじゃれたものだから、背負い投げされてしまい、ちょっとした騒ぎにもなったけれど、それにもついつい笑ってしまう。
エリーさんも初めて見る笑みを見せてくれた。いや、マルさんをお腹を抱えて笑っていただけかもしれない。
帰り際にカエストさんに送ると言われたけれど、ウィリンちゃんが「わたしとマロがいるので心配無用です」ときっぱり断る。
お酒を少々飲んだウィリンちゃんは色白の頬を赤らめては私の腕にしがみついていたけれど、しっかりした足取りだった。
「……ご主人様。ずっと見張っている竜人族は、知り合いですか?」
「え? ああ、どうかな……多分」
どうやら見張りがいるらしい。エレノア様の言葉を借りるなら、見守っている、か。
外食もついてきてしまうなんて、ノーテ様も心配しすぎだ。
本来の仕事じゃないだろうに。やめてもらおう。
「どんな見た目? 水色の長髪?」
「青い角で短い髪です」
「青い角……それなら知り合いかも」
もしかしたら、エクィノ様かと思ったけれど、青い角と言えばオーシャン様だ。
顔は見たことないけれど、話してみよう。
「どこにいる? あ、ウィリンちゃんは先に帰っていいよ」
「知り合いではなかったらどうするのですか!」
「大丈夫だよ。私を傷付けるために見張っているわけじゃないから」
「……そうですか。ではせめて、マロを連れて行ってください!」
地面を歩いていたマロを私に抱えさせた。
ウィリンちゃんは、通りの角を指差す。
確かにマントを被った人影がある。
「ありがとう、ウィリンちゃん。また明日ね」
「気を付けてくださいね。また明日」
ほろ酔いのウィリンちゃんは、にんまりと笑うと愉快そうに歩いて帰っていった。
「オーシャン様ですか?」
「……」
近付くと、逃げようとしたから、呼び止める。
仕方なさそうに振り返ったのは、青色に艶めく瞳を持った竜人族の凛々しい顔立ちの男性だ。
でもノーテ様より若そう。見た目は二十代前半。
フードを外してくれれば、見覚えのある青い角があった。
「シティア様……」
「オーシャン様ですね」
私はにっこりと笑う。
「ノーテ様の命令で私を見張っていたのですか?」
「密かに、護衛をするように言われていたのだが……」
「あ、そうだったのですね。邪魔して申し訳ございません。でも、不要だとお伝えください」
密かに、という命令だったのに、見付けてしまい申し訳ない。
でもそもそも必要ないので、やめていただきたいのだ。
「あなたはノーテ陛下の大事な人……そういうわけにはいかない」
真面目な表情で、言い返された。
「……ノーテ陛下と呼ぶなら、親しい間柄なのですね」
「ああ……自分は陛下のいとこ、親戚だ」
「……王族の方でしたか」
マロを抱えたまま、私は深々と頭を下げる。
「あなたが、かしこまることはない。あなたには感謝をしている。友のエクィノを救ってくれたこともそうだが、あなたが現れたおかげで、後継者問題でも解決されそうだ」
「……後継者、問題?」
「竜人族は運命の番と絶対出逢えるとは限らない。ノーテ陛下に現れなかった場合、親戚の中で次の竜王が決められる。自分が一番の有力候補として次期国王候補にされてしまい、困っていた。他の候補者に目の敵にされてしまっていてな……」
私はなんて声をかければいいか、わからなかった。
運命の番だと認めていないのに、後継者を産む王妃になると思われている。
申し訳ないな……話題を変えよう。
「オーシャン様には……運命のお相手がいるのですか?」
「いや、まだ出逢えていない。……幸運だ、エクィノもノーテ陛下も」
「やっぱり……出逢いたいですか?」
バカな質問をした。
誰だって、求めるだろう。
運命の伴侶を。
「もちろんだ」
ずっと無表情に近い顔をしていたオーシャン様は、柔らかく微笑んだ。
「長話をしてしまった。冷えるからもう帰った方がいい」
「あ、そうですね。では、おやすみなさい」
「家の前まで送る」
「いえ、護衛は十分です」
一度お辞儀をしたあと、私は抱えていたマロを見せた。
「……わかった。気を付けて」と頷くオーシャン様と別れ、私は夜の道を歩く。
店が見えたと思えば、ポーチに人が座っていた。
誰かしら。あら。
あの金髪は……カエストさん?
「カエストさん?」
「あっ、シティア! よかったぁー遅いから何かあったのかと」
にへらと笑うカエストさんも、頬が赤らんでいる。
まだ酔っているみたいだ。
「寄り道をしてました。どうかしたのですか?」
「んー……」
マロを抱えたまま、私は首を傾げた。
緩んだ顔のカエストさんは、少し躊躇した様子で自分の首をさする。
「アルバって竜人族……シティアの恋人?」
「……」
私は答えない。
恋人では、ないのだ。
曖昧に笑ってしまった。
「竜人族って、あれだよな……運命の番としか、恋人にならないって」
「ええ、そうですね……」
なんの話がしたいのだろう。
「それってさ、変な話じゃない?」
「変?」
運命の番としか恋人にならないって、変だろうか。
「だって、運命って勝手に決められてさ。恋とか愛とか、もっとさ……育んでいくべきものだとオレは思うんだ」
カエストさんは、真剣な眼差しに変わった。
「……それは……一理あるとは思います。でも、運命の番とだって……愛を育めばいいのでは?」
口にしながら、ノーテ様を思い浮かべる。
熱い眼差しで見つめてくる星空の瞳。
「でも、おかしいよ」
カエストさんが、首を振る。
「出逢った瞬間に運命の番になって、おしまい……?」
ハッピーエンド。
とはいっていないのが、私とノーテ様だ。
「運命の番がいる人を好きになったら……それはなんなの?」
ちょっとつらそうに笑った。
「オレの気持ちは……本物じゃないってこと?」
一歩、近付いてきた。
これは――――告白?
放心していた隙だった。
身を乗り出して、私の唇を奪う。
次の瞬間、マロがカエストさんの顔に飛びついた。
咄嗟に振り払うカエストさん。マロは威嚇をした。
私はそれどころじゃない。
酷い気分に襲われていた。
唇を押さえて、私は涙を流す。
押し寄せるのは、罪悪感。罪を冒してしまった。そう思う。
ノーテ様以外に、触れさせてしまった。裏切りだ。
私は……最低。最低、最悪。
「シティア!」
ハッと顔を上げると、ノーテ様がいた。
カエストさんを突き飛ばすと、間に立つ。
「オレの番に触れるな!! 二度と近付くな!!!」
牙を剥き出して、怒鳴りつけた。
激怒している。
カエストさんは威圧に負けた様子で、小さく謝罪をしたようだけれど、聞き取れなかった。
それから、去っていく。
「ごめんなさいっ」
ノーテ様が振り返って、私を見た。
また失望の言葉を言われるかと思って恐怖に襲われながらも、なんとか私は謝る。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
「シティア。謝るな」
手が伸ばされて、私はビクリと震え上がった。
「大丈夫だ、君のせいじゃない」
触れた手はあまりにも優しくて、私はまた涙を込み上がらせては溢す。
私の頬を包むように触れる手に、自分の手を重ねた。
泣きながら、私は頼んだ。
身勝手だとは思うけれど、それでも。
してほしい。
「上書きして。忘れさせて」
どうか。この罪を忘れさせるくらい、口付けをしてほしい。
涙で濡れた目で見上げて、私は懇願した。
「……わかった」
親指で私の唇を拭うと、ノーテ様は私を抱え上げる。
家に入って、二階に上がると、私のベッドまで運んでくれた。
そして、優しく唇を重ねてくれる。何度も、何度も。
次第に、深く重ねては、長い口付けをした。
私は無我夢中でノーテ様をしがみついて、その口付けに応える。
「ん、ふぅ……」
少し息が乱れても、それでも続けた。
ノーテ様の長い舌が、私の舌をもてあそぶように絡める。
気持ちが、いい。
ゾクゾクと、背筋に興奮が走る。
ベッドに押し倒されて、手を重ねて、指を絡めた。
それさえも、気持ちがいい。
「ノーテ様ぁ……」
「ん、ちょっと、待て」
ノーテ様は、少し離れた。
ネクタイを緩める手を、私は掴む。するーっとほどきながらも、引き寄せて、私から唇を重ねた。
「もっと……」
もっと、してほしい。
「ねだるなんて……可愛いな」
嬉しそうに笑う唇で、口付けをしてくれる。
角度を変えて、何度も唇を重ねては、舌を差し込んだ。
舐められて、絡めとられて、吸われていく。
「ドレス、脱がしていいか?」
「……はい」
ちゅ、と唇を重ねて、ノーテ様は私の背中を持ち上げると、後ろのコルセットの紐をほどいた。
締め付けが緩くなり、楽になる。そのまま、脱がせてくれた。
私は、下着姿となる。白いワンピース。
自分だけは恥ずかしいから、私もノーテ様の服を脱がせる。
黒いコートを、ノーテ様の身体をなぞるように脱がせた。
それから、ベストのボタンとワイシャツのボタンを外す。
「ふぅ……」
ノーテ様は待ちきれないと、ワイシャツとベストごと脱ぎ捨てた。
暗闇でもわかる。逞しく引き締まった上半身。
両手で触れて、その熱さを感じていれば、また口付けを再開する。
抱き締め合えば、さっきよりも肌が触れ合って、熱くなった。
その熱に、とろとろにとけてしまいそうだ。
触れ合って、触れ合って、触れ合う。
吐息も、指も、舌も、絡めた。
「ノーテさ、まぁ……ノーテさまぁ……ん! あっ!」
彼だけを考えて、彼だけを感じる。
すると、下着のワンピースの中に、彼の手が滑り込んできた。
直接、触れてくれる。優しい手つきだけれど、声を漏らしてしまう。
あまりにも熱い手が、心地いい。
「もっと……触れていいだろ?」
「はいっ……触れて、ください……もっと」
「可愛い」
まるで食べるように、私の唇を奪いながら、直接触れるノーテ様。
「オレにも触れてくれ、シティア」
「はい……はい、ノーテ様」
ノーテ様の背中をなぞり、髪の間に指を滑り込ませて、それから角に触れる。
ノーテ様が、軽く震えた。
「っ」
「え? 痛かった、ですか?」
「……いや、大丈夫だ。続けてくれ」
続けろと言われたから、角を撫でる。
どうやら付け根が弱いようで、堪えるような表情をした。
……可愛い。
キュン、と胸が締め付けられた。
「ふあっ!」
耳を唇で挟まれて、私は声を上げてしまう。
仕返しされたみたいだ。弱い耳を攻め続けられて、私は悶えた。
私の弱いところを探すみたいに、身体中に口付けをしてくれる。
私も精一杯、ノーテ様の身体に口付けを返した。
触れ合って、口付けをして、身体を密着する。
長いこと、そうしていた。
眠りに落ちてしまうまで――――。
一晩中、私達は触れあっていた。
朝。目覚めた時には、私に腕を回したまま眠る、極上の美男の顔を見た。
私の、運命の番。
一夜を過ごしてしまった。
一線を越えたわけではないけれど、それでも一夜をともに過ごしたことに違いはない。
私は下着のワンピース姿だし、ノーテ様は上半身裸。
情事をしたも、同然。
恥ずかしくなって、赤面する。
「最高に……幸せな一夜だった」
長い睫毛のついた瞼を開き、星空のように煌めく瞳を見せたノーテ様は、そう告げる。
あまりにも、優しい声で、私の額に口付けをした。
ああ、もう。
またとろとろにとけてしまいそうなほど、熱くなった。
20220107




