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ヘンマン卿③

 果てなく高い天井付近につけられた窓から差し込んだ明け方の日の光が、かろうじてこの薄暗い通路を照らし出していた。

 かろうじて己の腰についているカンテラで足元をもう少しだけはっきりさせていくものの、間接照明並みの明るさでは心持ち程度にしかならない。

 魔石の照明はつけないのだろうか、いやまあこんなに天井が高いんだからつければ掃除と修理が面倒くさそうではあるけれども……。


 先ほどの復讐で両頬を赤くしたサイラスの服の裾をつかんだアルマが地面から目をそらさずに最後尾をついていく。

 足元がおぼつかないのはアルマだけであるらしい。

 前を行くサイラス、そして最前列にいるヘンマンの足取りはしっかりとしているのがアルマには不思議で仕方がなかった。


 まあこの件に関しての説明は簡単である。

 まず、ヘンマンは長年この城に居住しており、サイラスもサイラスで実家でも夜は節約のために照明を少なくしているので慣れている。

 対するアルマも任務や遠征で結構夜道を歩いては来ているが、場所が開けた街道であったのが大きい。彼女には月明りがずっと味方をしてくれていた。

 そして彼女の頭は失念していたが、オーブらは前提として光っている。それを前世の物語の笛吹き男のごとく集めては彼岸の扉を開いて導いているのだから己自身が歩く光源のようなものなのだ。

 また、街道を外れ森の中に何度か入ったこともあるがどちらも日中の日が高いときである。ザルートル然り、ブラッドベアー然り。夜は街道真ん中でカンテラを揺らすだけで誘蛾灯のごとくアンデッドが寄ってくるので。

 そうでなければ前世の眠らぬ街に慣れた目と意識では、蹴躓いた先が運悪く崖で死んでいた可能性まであったのだとアルマが気づくことは現段階では難しいだろうが。



 天井まで吹き抜けている長く暗い廊下を進み、突き当たりの階段を上がってしばらく。

 手入れがされておらずにぼさぼさとしていて、ところどころ外にはねている腰に届くほどの、例えるならスカビオサのような薄く淡い紫の髪を持つ男が華美な装飾の一切施されていない遊び心のない扉を開け促した。

 彼の肩に乗っていたジサイは飛び降り宙に浮くと、そのまま奥へと進もうとして立ち止まる。



「僧侶のほうはとうに儀式を終えているはずだ、祭壇への立ち入りを禁ず」

「理解しております、行ってこいアルマ」

「あ、うん。行ってきます」


 黙ったまま手を振るヘンマンと頷くサイラスに見送られ、ジサイと呼ばれた精霊の後をついて歩く。

 先ほどまでの廊下と違い、奥の間へ続く通路はジサイが進む度に頭上の照明が灯り、固く黒い床を照らす。

 通常みる照明器具とは違い、カットされた宝石のような形状のそれらによって彩粒が地面に降り注いでは、埃が光を吸い取り宙を舞う。

 これから行く場所をより神聖な雰囲気に思わせようとしてあえてこの形状の照明を使っているのだろうかとお上りさんのように視線を彷徨わせてしまうアルマは今サイラスがいなくてよかったとほっと息をついた。

 儀式といわれどもメンテナンス度外視したファンタジー色が強すぎてライトなゲーマーは落ち着いていられないのである。

 これほどまでに長かっただろうかと建物の外観との違和感を覚えたころ、管理者ジサイが床へと沈み込んだ。

 油断していたせいで反応できず、とぷりと小さな体が頭まで消えてからその場に駆け寄った。


「ジサイさん……様!」

 敬称を間違えすぐさま訂正するも戻る気配はなく、一人置いていかれたアルマはおろおろと手を彷徨わせる。

 心なしか、彼が消えてから照明の光が弱くなってる気までして、サイラスたちの救援を呼ぶべきかと踵を返したところで再び何もない地面から頭が覗いた。

「何を慌てておる、ここは我らの庭ぞ」

 現れるも消えるも自在だと得意げに鼻を鳴らす精霊にだからと言って何も言わずに消えないでくれと言いかけたところで彼の瞳孔が横に伸び、笑顔が消える。


「さて本題に入ろうか、死霊魔術師」

 ドキリとした。ポーカーフェイスな奴だなとポタムイでは特に評価されていたのにあまりにもわかりやすすぎる反応だった。

 しまったと、焦りが目に出ていたのだろう。精霊は顔を覗き込んだあとにんまりと目尻を下げた。

「そうだよな?今のご時世で己の情報が広まるのは避けたいよなぁ?取引と行こう」

「……カマを、掛けましたか?」

「泉の管理者とは、根源から排出先まですべてを管理するもののことだ。この国にいる限りこのジサイの目を盗んで魔力を行使することはできない。己の体内で魔力炉を回転させ還元できる種族、主に竜だな。それか、死者から魔素を抽出できる死霊魔術師でない限り」

 そして貴様はその類の種族ではない。

「知っているぞその魔素の匂い!カーネリアンの愛し子、ヒト種のリピズスの匂いだ。待っていたぞ死霊魔術師リピズス!」

 200年、200年だ。そのためにジサイはヒト種と関わりを保ったままで管理してきたのだ!


 歓喜の面持ちで叫ぶ精霊にアルマは目を見開いた。そして視線をつま先へと落とす。

 精霊の度合いを越えた喜びは目に涙を浮かべて笑う様子からよく見て取れる。だが、己はリピズスではない。死霊魔術師をマスターしているわけでもない。

 前世にあったファンタジー物でもよく見られるように今の世界の精霊も寿命が長いのだろうが、200年という途方もない時間を仕事だけ熟して粛々とその期を待つなどという、もはや狂気の沙汰とでもいえるような行動をしてきた生き物に真実を告げるのは酷だった。

 だが、嘘を言ったところでどうしようもないのだ。

 アルマの様子に歓喜をしまい込みぎょろりと首ごと視線をよこしてきた精霊に向け口を開く。


「私はアルマ。死霊魔術師リピズスの目的のため使用され、副産物としてこの体に転生しただけの……別人です」

 もちろんカンテラの機能を知っているわけでも、死霊魔術を使いこなせるわけもなく、また加護によって行使できるようにしてもらえた炎の魔術もド素人。

 何を頼みたかったのかは知らないが、おそらくあなたの役に立てるようなことは一切ない。



 告げた。告げてしまった。

 固まった精霊の反応を見るのが怖く、おなかの前で組んだ両手へと視線を落とす。

 じっとりと汗が滲む。

 彼にとっては思わずそちらの弱みとなりかねない情報を漏らすほどだったのだ。

 ごっそりと表情が抜け落ちて、こちらに断罪の手を翳してくるのが瞼の裏に浮かぶ。

 ゆらりと足元の影が動き、思わず目を瞑った。



「偽りの愛し子」

 返事が出来ない。発声の一つ一つがアルマへ重圧として積まれていく。

「首を挙げよ」


「ならば、死霊魔術師リピズスになってもらうまでだ。200年待った。貴様の寿命程度の年数わけがない」

 必ず成し遂げてもらう。


 精霊はアルマに一方的に告げると祭壇へと手を翳した。


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