第九話 舞踏格闘家
都市の中心の方に戻ってきた俺とウィルは、適当な宿屋に入り、一泊することにした。
ちなみにこれもウィルのおごり。
ウィルはいざという時のために結構金を持っているらしいので、金の無い時はお世話になろうと思う。
というか俺金持ってねえし。
宿を取り、また外へ出て、夜飯を食べるためにそこらへんにある飯屋に入る。
料理を注文して五分ぐらいで、いい匂いのするバラ肉入のスープと焼き鳥という謎な組み合わせが出されたので食べる。
すると唐突にウィルが聞いてきた。
「師匠には、本当に勝ったのかい?」
「ん? ああ、そうだな」
「そうか……」
少し真剣な表情。
「師匠と戦ってみてどうだったか、聞かせてくれないか?」
「ああ、まあ、それなりに強かったぞ。お前の師匠」
「そ、それなりか……」
「武道の達人って雰囲気だったしな」
「雰囲気どころじゃないはずなんだけどな……」
「歳とってもあんなに動けるのはやばいな。スーパーおじいちゃんだ」
「は、はは……スーパーおじいちゃんか……」
苦笑いを浮かべるウィルの表情は、どこか抜けている感じだ。
「ちなみになんだけど、どうやって倒したんだい?」
「え? 普通にパンチでしょ」
「そ、そうか……」
「まあ、魔法使っても良かったけど、あんまり派手にやると道場壊れるしな。あ、ちょっと壊しちゃったんだけど、それって損害賠償とか無いよな?」
「あ、ああ。道場はいくら壊してもいいと師匠が言ってたはずだから、多分。……って、ジンは魔法も使えるのかい?」
「まあね。ウィルは?」
「ちょっと風を発生させるぐらいなら」
それ、パンチラに使ってるんじゃあるまいな。
「……答えにくかったら答えなくてもいいんだけど、君の天命は何なんだい?」
「ん? 天命?」
適当に答えようかと思ったけれど。
ウィルが結構真剣な表情をしている。
ので、俺はコホンと咳払いをしてから、はっきりと答えた。
「魚だ」
ウィルが目を見開いた。
「魚!? それ、本当に天命かい!?」
驚くウィルの肩に手を置く。
「本当だ」
ウィルは信じられない様子。
ま、本当は勇者なんだけど。
「さ、魚……その天命で、師匠を倒せた、のか」
「まあな。天命も使い方次第ってやつだな」
「……僕も天命が違えば、師匠に認められたのかな」
「ん? そういえばウィルの天命はなんだ」
「僕は、舞踏格闘家だよ」
「舞踏格闘家か。面白いな」
結構レアな天命だ。
リズムを刻み、相手を翻弄する動きで攻撃を避け、強力で隙の無い攻撃を鮮やかに繰り出す。
その戦闘スタイルはまるで舞を踊るよう。
「けど、それじゃ完璧じゃないんだ」
「なぜ?」
「……舞踏格闘家は、隙の無い動きを意識すると勝手に体が動く。多分、その時の動きが周りから浮いて見えるんだ。だから、気づかれてパンチラに失敗しやすい」
「そんな冗談は置いといて、本当はどんな理由だ?」
「割と本気だったけどね」
「そこは冗談にしておけよ」
割とマジで変態だな、こいつ。
「……舞踏格闘家は、動きが読まれやすいんだ。踊るように戦うって言えば聞こえはいいかもしれないけど、攻撃には一定のリズムが存在して、それがわかってしまえば、いくらでも対応のしようはある。だから……対策できてる人にはめっぽう弱い」
確かに、一定のリズムが存在するとなると、いつ攻撃が来るのかもわかってしまう。
その時だけ防御を意識すれば良くなるから、戦う相手にとっては攻略しやすいだろう。
「他の格闘家とか、剣士の戦い方をまねしてみたりもしたよ。けどやっぱりうまくいかない。天命があるから、自分にあったやり方じゃないとうまく戦えないんだ。でも自分の戦い方じゃ勝てないし……」
ウィルはため息をついて続けた。
「本当は分かってるんだ。このままじゃ勝てないってことも。天命のせいにしたところで何の意味も無いことも。でも、今の状況がずっと続くと思うと、少し怖くてね……怖気づいちゃうんだ。情けないよね。戦闘職でもないジンが、師匠に勝てるほど強いっていうのにね。舞踏格闘家の僕が、魚に憧れちゃうなんて、僕は何を馬鹿なことをしてるんだろう……」
深刻な表情で落ち込むウィル。
「そんな落ち込むことは無いだろ」
「……そうかい? でも僕は、あの道場に通う門下生の中では弱かったよ? 天命だって、純粋な戦闘職じゃないのは僕だけだったし」
「別に、天命なんてなんでもいいんじゃねえか?」
「なんでも、いい?」
「ああ。天命ってのは選べないもんだし。本当に強い人はみんな、それが何であろうと受け入れてるんじゃないのか。自分の天命を」
「っ……!」
途端に、ウィルがはっとした表情をする。
どうしたんだと思っていると、急に俺の手を握ってきた。
そして、満面の笑みで。
「師匠!」
「は!? なんだよいきなり!?」
「今日から僕を君の弟子にしてほしい!」
「いやなんでだよ」
「どんな天命であろうと努力する姿、そしてその強さはまさに僕が目指すべき姿!」
「知らねえよ!」
「師匠!」
「師匠言うな! 俺は嫌だぞ!」
「それなら毎日朝一番でパンチラを提供するので」
「いらねえよ! というか、パンチラする努力を天命の方に捧げろよ!」
「それは……例え師匠の言葉であっても流石にできない……」
くそ、既にウィルの中で師匠にされてるし。
なんでこんなクセのあるやつの師匠なんかやらなきゃいけないんだよ!
その後、宿に戻ってからも鍛錬やら精神統一やら色々教えてと言われ、その日はめちゃくちゃ面倒だった。