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第七話 VS師匠

 ウィルに案内されながら走ること三十分ほど。

 都市の中心から結構離れた場所に、古びた道場があった。木造のでかい建物だ。


「ここがお前の師匠がいるところか?」


「そうだね。用事でも無い限り師匠はここにいるはずだよ」


 ウィルと共に道場の中に入る。中は土足厳禁らしいので、靴を脱いで入った。

 入ってすぐに、弟子と思しき人と数人、すれ違う。


 中にはウィルに声を掛ける人もいた。

 勇者パーティ選抜戦頑張れよ、だとか。スカートめくりして捕まるなよ、だとか。


 そして歩いていくと、不意に広い空間に出る。

 一辺二十メートルほどの広い部屋。天井は高く、ウィル三人分はある。

 床はしっかり磨かれた木の板。


(って、この床グレートウッドじゃねえか)


 一見するとただのこげ茶色の木だが、グレートウッドはきちんと加工すれば魔力を貯められるようになる特殊な木材だ。

 魔法使い用の杖の材料だったりする。

 加えて、木材のくせに鋼鉄よりも固くしなやかなので、滅多なことでは壊れないのも特徴だ。

 厳しい鍛錬を行う道場の床としては最高峰の素材だろう。


 その部屋の中央に、静かに瞑想するように一人の老人が立っていた。


「師匠」


 ウィルが声を掛けると目を開いてこちらを見てくる。


 筋肉があるわけでもない。武器を持っているわけでもない。

 精悍な顔立ちだけど、一見してただの白髪の老人。

 だが、その立ち姿には隙が無かった。


(強いな……)


 どれほど強いかはわからない。ただ、雰囲気がそこらの人間とは全く違った。


 白髪の老人は声を張り上げて言った。


「おおおおお! ウィル! よく来た! 勇者パーティの選抜戦はどうしたんだ?」


「師匠、それは明日です」


「そうだったそうだった! 最近物忘れがひどくてな! まあそんなことはいいだろう! 今は再開を喜ぶべきだ! ッハハハハハ!」


 老人は明るく喋った。

 見た目に反して物凄く元気だ。


「明日が本番なんだな! 今日が道場に来る最後の日となるわけか! よし! ここは弟子を全員呼んで宴をするしかな――」


「師匠、その前に一つ、頼み事が」


 ウィルが真剣な表情でそう言うと、老人は雰囲気を察したのか、少し声を低くしていった。


「頼み事? ここまで来て一体何だ?」


 聞かれて、ウィルは俺の方を見ながら言った。


「彼に勇者パーティの推薦状を書いて欲しいんです」


 老人がこちらを向いたので、自己紹介をする。


「俺はジン。勇者パーティに入るための推薦状をもらいに来ました。あなたがウィルの師匠ですか?」


 老人はハリのある声で答える。


「そうだ。俺はグラトム。この道場で弟子に戦い方を教えている。それで、推薦状? なぜ俺にそれを?」


 するとウィルが事情を説明してくれた。


「師匠。彼は明日行われる勇者パーティの選抜戦に出場したいと言っているんです。しかし、選抜戦に出場するためのテストを受けても、合格判定が出るまでに一週間かかります。明日の選抜戦には到底間に合いません」


「それで、俺に推薦状を書いてくれと言っているのか?」


「その通りです」


「しかしなあ……」


 グラトムは顔をしかめた。


「いくら弟子の頼みとはいえ、初対面の男に推薦状を書くのはできねえなあ。ああ、ジンって言ったか? お前が選抜戦に出たいのはわかった。が、推薦状を出すのは普通弟子だけなんだ。その理由はわかるか?」


「まあわかります」


「言ってみろ」


 面倒だからさっさと推薦状を書いてほしいけど、流石にそんなことは口に出せない。

 仕方なく適当に説明する。


「自分の弟子なら実力をきちんと把握できる。実力が分かるから安心して推薦状を出せる。それに対して実力のわからない人間に推薦状を渡せば、選抜戦で重症を負ったり最悪死んだりするかもしれない」


「分かってるじゃねえか。そういうことだよ。お前に推薦状は書けない。すまないが諦めて帰ってくれ」


 手をひらひらさせて諦めるよう促してくるグラトムに、俺はきっぱりと言った。


「いや、書いてもらいます」


 途端に、グラトムの目つきが鋭くなるのが分かった。


 それでも俺は続ける。


「つまり、俺がこの場で実力を認めさせれば、推薦状は書いてもらえるということですよね?」


「ああ、確かにそういうことではあるんだが――」


 グラトムは、ギロリと睨んでくる。


「あまり俺を舐めるなよ? 小僧」


 俺は特に表情を崩すことなく言い返す。


「舐めていませんよ。全く」


「ほおおおおう」


 グラトムはニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、ウィルに命令した。


「ウィル、道場から全員外に出せ。そして誰も入ってこないように見張ってろ」


 ウィルが驚愕の表情を浮かべる。


「し、師匠!?」


「すべこべ言うな、とりあえずやれ」


「は、はい、分かりました」


 ダッシでウィルは走って行った。

 ウィルの足音が聞こえなくなったところで、グラトムは言う。


「これで、一対一だな」


「そうですね」


「助けを呼んでも誰もこねえぞ?」


「? それがどうかしましたか?」


「お前が大怪我しても、誰も助けてくれるやつはいねえってことだ」


「心配しなくても大丈夫ですよ。どうせ怪我しませんし」


「小僧……相当な自信だな。いや、違うな……慣れている。慣れすぎている。お前のそれ、その歳で出せる雰囲気じゃねえぞ、普通。ジン、お前、一体何者だ?」


 やはり、だめか。

 できるだけ俺の実力はおおっぴらにしたくなかった。

 強かろうと弱かろうと、有名になればいろんな影響がある。

 それはいい影響だけではない。悪い影響もたくさん出てくる。


 有名人がマスコミに嗅ぎ回られるのと同じように。

 人に強さを見せすぎると面倒な敵を作ってしまう可能性がある。


 だから転生して状況が落ち着くまで、少なくとも数十年は、俺の実力が露見しないようにするつもりだった。

 けど……。


「……一対一なら別にいいか。誰も見てないしな」


「何のことだ?」


「いや、ここならちょっと本気出しても大丈夫かなと思ったので」


 そう言いつつ、適当に構える。

 合わせて、グラトムも構えを取る。


「一本勝負だ。戦闘不能になるか、降参した場合負けだ。いいか?」


「はい」


 グラトムは視線を鋭くする。


「最後の忠告だ。降りる気は無いんだな? 死んでも知らねえぞ?」


「降りません。推薦状をもらうまでは」


「……そうか」


 数秒間、沈黙が辺りを支配する。

 緊張感が少しずつ高まるのを感じた。

 そして、その時はやってくる。


「――はじめ」


 グラトムが開始の合図を口にしたと思った瞬間、超速で放たれた回し蹴りが俺の腹にめり込んでいた。


 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ跳ね返った時、既に間合いを詰めたグラトムに腕を掴まれ背負い投げ。


 叩きつけられ、若干床がへこむ。

 バウンドして宙に浮いたところ、その老体のどこから出てくるのか分からない馬鹿みたいな力で放たれた拳が腹に。


 数度床をバウンド。

 体が壁に激突したかと思うと、いつの間にかグラトムが目の前に。


 強烈な(かかと)落としが脳天に降ってくる。


 床に叩きつけられた直後に馬乗りされ、飛んでくる殴打、殴打、殴打。目にも留まらぬ怒涛の連撃。鋼鉄よりも固い床がギシギシと嫌な音を立て始める。


 数秒で百発ほどの連打を食らい、顔面を鷲掴(わしづか)みされ、持ち上げられて腹に凶暴な膝蹴りを入れられる。


 吹っ飛ばされた。

 また馬乗りされたら面倒なので、どうにか床に足をついて踏ん張り、立ち上がる。


 が、相手は既に目の前。


 老体とは思えない流れるような動作、体勢を低くし、左手を前、右手を腰の横。

 静かに構えたその姿は、研ぎ澄まされた必殺の準備。


「ッ―――」


 その右手に纏うは黄金の闘気。



 時が止まる。



「――ッァラアアアっ!!」


 爆音。

 信じられないほどの威力が込められた拳が繰り出された。



 そして俺は――




 ――右手で受け止めた。



 パシン、乾いた音が響く。


「ッ!?」


 驚愕に染まるグラトム。

 そこへ俺は、愚直に拳を突き出した。


 すかさず反応したグラトムが、両手をクロスさせてガードする。

 次の瞬間、しっかりガードしたはずのグラトムが吹き飛んだ。


「なっ!?」


 油断なく踏ん張っていたのだろう。吹き飛んだのはせいぜい数メートルだが、吹き飛んだという事実そのものに驚きを隠せない様子。


 しかしグラトムはすぐに切り替え、苦虫をかみつぶしたような表情でガードを解いた。

 俺は、瞬時に間合いを詰める。

 はっとした表情の後、グラトムはすぐさま正拳突きを放ってくるが、ぶつかる間際に半歩動いて回避。

 がら空きのグラトムの顔面へ、闘気を織り交ぜた一撃を突き出して。



 瞬間、空気が破裂した。


 ――寸止め。


 ブオン、鼓動を揺さぶる轟音。荒れる突風。

 散らした闘気が床や壁に衝撃を与える。

 逃げ場のないエネルギーが空気を揺らし、肌の上をピリピリと(ほとばし)った。


 少しして、ごうごうと吹き付けた風がぷつりと止む。

 辺りが静寂に包まれる。

 唖然とした表情で停止するグラトム。


 俺は声を掛ける。


「まだやる?」


 数秒後、グラトムはぽつりと言葉をこぼす。


「……まいっ、た」


 降参みたいだ。

 俺は寸止めしていた腕を下ろす。


 すると、グラトムの服の中からはらりと封筒が落ちた。


「おっ、これか」


 白い封筒に、推薦状、なんの変哲もなく三文字。

 誰かに奪われては困るからと、ずっと懐に隠し持っていたのだろう。


「これがあれば選抜戦に出れるんですね?」


「あ、ああ……」


「んじゃ、もらっていきますよ」


 推薦状を取って、出口へ向かう。

 途中で振り返ってグラトムに聞いた。


「これって、署名とか色々必要ですか?」


「……必要無い。持っていけ」


「ならよかった。それじゃ、ありがとうございました」


 お礼の言葉を言って道場を出ると、入り口のところで見張っているウィルを発見。

 ウィルもこちらに気づいたようで、最初に俺の顔を見て、次いで俺が持っている推薦状に目を向けて、驚きの表情で聞いてきた。


「あれ? それってもしかして……推薦状?」


「もちろん」


「え? まさか、師匠に勝ったのかい?」


「まあ、そんなところだ。これで選抜戦に出れるな」


「……ちょっとだけ待ってて」


 そう言って、ウィルは道場の方へ向かっていく。


 なんだろう、別れの挨拶でもしに行ったのだろうか。

 もしくは道場に通う人の中には女の子もいるかもしれないから、その子のパンチラを……まさかな……いや、あいつならありえるか?


 なんて考えているうちに、数分してウィルは戻ってくる。


「よし、行こうか」


 ウィルの顔を見ると、さっきより少しだけ表情が硬い。


「どうしたんだ? そんな険しい顔して」


「あ、いや、ただちょっと、師匠に怒られただけだよ」


「そうか。頑張れよ」


「あ、ああ」


 少し気になったが、すぐにそのことも忘れて、俺達は都市の中心の方へと戻った。





 見張りをしていたウィルは、誰かの足音が後ろから近づいてくるのに気づく。

 音のする方へ目を向けると、普段と何ら変わらない様子のジンが立っていた。


(あれ? 師匠と戦ったんじゃ……?)


 多少服にシワがついているものの、怪我一つ無いジンの様子に疑問を持つウィル。

 そして、その視線はジンが手に持つ封筒へ向けられる。


「あれ? それってもしかして……推薦状?」


「もちろん」


「え? まさか、師匠に勝ったのかい?」


「まあ、そんなところだ。これで選抜戦に出れるな」


 ジンが師匠に勝った。

 ウィルには、その事実が信じられなかった。


 それが本当ならば、ジンは師匠に認めてもらえなかったウィルより強いことになる。


「……ちょっとだけ待ってて」


 それは本当のことなのか。

 確認したいウィルはジンに断りを入れてすぐさま道場の中へと向かう。

 すると、道場の中にぽつりと、あぐらをかいて座るグラトムの姿が。


「師匠!」


 ウィルが声を掛けると、グラトムは薄く笑みを浮かべた。

 次いで、道場の中を見て驚くウィル。

 鋼鉄すら上回る強度を持つとされているグレートウッドの床が、破壊されていたのだ。


 まるで、何か()()()()()()()()()()()()()かのように。


「師匠、一体何が!?」


 グラトムは、笑った。


「ッハハハ! 見て分からねえか? 負けたんだよ! 完敗だ!」


「えっ……? それは、ジンに、ですか?」


「ああそうだ。見ろよ。一回拳を振っただけで道場がこの有様だ。俺に当たらねえよう闘気を逃したんだよ、あいつは」


「そ、そんなこと」


 できるわけがない、と言おうとしたウィルだったが、グラトムの表情がそれは嘘ではないことを物語っており、続く言葉が出なかった。


 グラトムは冷静に続ける。


「手も足も出なかった。勝負になっていなかった。闘気の使い方が尋常じゃなかった、俺とは比べ物にならねえくらいに強かったんだよ、あいつは」


 ウィルは、グラトムが滅多に人を認めようとしない男だということを知っていた。ウィルは、グラトムが人を称賛したところを見たことがなかった。

 だからこそウィルは、グラトムの言葉にとてつもない重みを感じた。


 不意に、グラトムは薄く笑う。


「ウィル、あいつはバケモノだ」


 ウィルがバケモノのように強いと持っていた男に、バケモノだと言われるジン。

 ウィルは、目の前の光景が全く信じられなかった。


「し、師匠」


「ウィル。これは師匠としてのアドバイスだ」


 グラトムは真剣な表情で言う。


「あいつについていけ。そして学べ。あれは俺が見てきた中で間違いなく――最強だ」


「っ、は、はい!」


 最強。

 その単語に、ウィルは少なからず戦慄する。


 なんとなく一緒にいたジンが、想像を超えた強さを持っていた。

 そのことにウィルは驚き、戸惑っていた。


 その後、道場を出てジンと合流したウィル。

 ウィルは声を掛ける。


「よし、行こうか」


 ウィルはジンにどんな顔を向ければいいのか分からず、表情を硬くしている。


「どうしたんだ? そんな険しい顔して」


 不意にそれを指摘され、ウィルは少し焦った。


「あ、いや、ただちょっと、師匠に怒られただけだよ」


「そうか。頑張れよ」


「あ、ああ」


 しかし何度見ても、ウィルには隣に立つ自分と同い年ぐらいの男が、グラトムに勝てるほど強いとは思えなかった。


 二人は夕暮れの光に照らされながら、都市の中心へと向かっていった。

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