手間のかかる予備呪文
サラの紹介が終わると、自警団員の一人が手を上げて質問した。
「奴らが大砲を撃ってる場所は分かってんすよね?」
副官が答えた。
「市内に三分の一ほど入ったテグベーゲン通りにある広場だ」
「そこのそばまで行けりゃいいんすよね?」
「そばに行くだけではだめだ。大砲が見えなければならない」
「きっと、敵兵で一杯なんすよね?」
「斥候の報告では、路地の一本すら敵兵のいないところはないし、建物の中にも見張りが配置されたそうだ。奴らは、二門を壊した魔術師を近づけまいと必死だろう。よほどうまい手を考えないと、近づくのはむつかしい」
「隣の通りの下を下水道が通ってますぜ」
「わかっている。だが、テグベーゲン通りまでどうやって行くんだ? 敵本隊だから、それこそ何千人もいるんだ。目を盗んで移動するわけにはいかないぞ」
「へっへっへ、それがですねえ」
「芝居がかってるんじゃない。お前はどいてろ」
その自警団員の後ろから太い手が伸びてきて、そいつをわきへ押しやった。ウッジだった。
「実は、テグベーゲン通りの広場まで下水道から地下道が通っているはずなんです」
副官とカレラ指揮官は、顔を見合わせた。
「下水管理者からもらった資料には出ていないぞ」
「年寄りの下水道人夫から教わったんです。あの辺りがまだ町の外だったころ、テグベーゲン通りに下水管理所がありました。これは古い資料で確認しました。その人夫の話では、町が広がった時に下水管理所を移して、その時に下水管理所から下水道までの地下道もふさいだそうです」
「ふうん、それなら資料に出ていないのもうなずける。その地下道は、本当にあるんだろうな」
「たぶん大丈夫です。教えてくれた人夫は、信頼できる爺さんでした」
「確認せねばならんな。行ってくれるかね」
「はい」
ウッジは、部下を連れて出て行った。
「魔術師殿」
「はい」
「はい」
サラも返事した。
「おっと、魔術師が二人になったんだったな。まあいい、二人ともだ。本当に地下道が通じていたら、開通し次第、敵の大砲を破壊しに出る。今のうちに休んでおいてくれ」
「はい」
眠れるだけ眠っておこう。
ところが、サラは、休むのを断った。
「私は休めません。やることがありますから」
「そうか。だが、休める時には休んでおけよ」
カレラ指揮官は、休憩を無理強いしなかった。
「なんだよ、やることって?」
「これよこれ。これ全部に予備呪文をかけるのよ。夜明けまでに終わらせなきゃ」
サラが示したのは、礫の袋だった。
「予備呪文に時間がかかるのか?」
「当たり前じゃない。これ一個一個に予備呪文をかけるのよ。朝までかかるわよ」
「何個あるんだ?」
「たくさん。あ、言っとくけど、朝までにこれだけ全部にかけられるというのは、とっても早いんだからね。一回かけてあるからそれで済むのよ。最初からかけたら何日もかかるわよ。私は、やつらが到着したあとずーっとやってたのよ」
「いや、もう、よくわかった。頑張ってくれ」
俺は気が遠くなった。予備呪文ってのは、そんなに大変なものだったのか。使えるほうがいいに決まっているけれど、使えるからってそんなにありがたいものでもないかもな。
俺は、何とか休もうと思って横になっていた。どうやら、少し眠れたらしい。ウッジからの伝令が戻って来るまでの記憶がない。
「地下道をふさいだと思われる工事跡が確かにありました。今、入り口をふさいでいる壁を取り除いているところです」
「よし。うまくいきそうだな」
「ただ、物音をたてられませんので、慎重にやっています。そのせいで、地下道を開通させるのに時間がかかります」
「良い判断だ。むやみに急がず、十分注意深くやってくれ。地下道が通じたら、伝令をよこせ」
「はい」
「もし敵兵がいる建物に通じているようなら、直ちに作戦を中止して、敵に見つかる前に戻って来いよ」
「はい。じゃ、俺は戻ります」
「しっかり頼むぞ」
伝令は、手を振ってまた出ていった。それを見ながら、ヨエルが嬉しそうに言った。
「ウッジもたいしたもんだな」
「なんが嬉しいんだ?」
「自分の部下がちゃんと仕事をしてるんだ。喜んで当たり前だろう」
「もう一つ上に上がりたいようなことを言ってたぜ」
「ああ、中隊長になりたんだろ。そうすれば、専任の自警団員になれる」
「下水の仕事をしなくても食えるとか言ってた」
「週給が出るからな。しかし、ウッジが下水の仕事をやめるのは困るな。こういう地下道の情報を得られなくなる。奴を中隊長に取り立てるのはやめておこう」
ひどい奴だ。
「おいおい、冗談だよ。考えておく」
ヨエルが慌ててそう言った。気持ちが顔に出ちまったみたいだ。「気持ちがすぐ顔に出るなんて大人げない」なんて言われそうな気がして、俺は、サラを見た。今の会話には気付かなかったらしく、こつこつと予備呪文を唱えている。やれやれ、こう言う大人げない奴を相手にすると、疲れるぜ。
また少しうとうとしたらしい。気付くと夜明け直前だった。そばで小声がする。サラは、まだ予備呪文をかけ続けていた。たいした根気だ。そのサラに、アンがしきりに話しかけていた。昨日は早々に寝てしまったから、早く目が覚めたらしい。
「おばちゃん、こっちの礫には予備呪文がかかってるの?」
「あら、わかるの? 古いけど、かかってるわよ。ちょっと、おばちゃんって何よ」
「礫が退屈そうなの。ねえ、おばちゃん。そっちのには新しい予備呪文がかかってるのよね?」
「今かけたところよ。どうして、おばちゃんって呼ぶのよ」
「礫が、行きたい行きたいって言ってるわ。ねえ、飛ばすのにどのくらいの呪文がいるの?」
「ほんの一言よ。そうそう、おばちゃんって呼ぶのはやめてね」
「おばちゃん、すごいなあ。あたしだったら、三つも四つも言葉がいるわ」
「おばちゃんをやめなさいってば」
「どうやって練習したの? あたしもおばちゃんみたいになりたいなあ」
「だからさあ」
俺は、アンを止めた。
「アン、こら、邪魔するな」
「あんた、起きたの。この子何とかしてよ」
「邪魔をしてすまん。アン、こっちに来い」
「おじちゃん、後で行くわ。ねえ、おばちゃん、どうしてたくさんの礫にいっぺんに呪文をかけないの?」
こういう時にアンが言うことを聞くはずがない。一応返事しただけでも立派なもんだ。
「あんた、弟子を甘やかしすぎじゃない?」
やっぱりそうかな。
「どう躾けたらいいのかよく分からないんだ。女の弟子なんか持ったことないから」
「女だって、男と変わらないわよ」
「男の弟子も持ったことがないんだ」
「何よそれ。とにかく、おばちゃんっての、止めさせてくれない」
「なんだい、そんなことを気にしてるのかよ。でもなあ、アンからみりゃ、立派なおばさんだぜ」
「おばちゃんなんて呼ばれたら、美容に悪いわ」
「アンが仕事の邪魔をしてるんじゃないのか?」
「仕事はそろそろ終わりよ。この子に付き合ってあげるくらい、なんでもないわ」
「ふうん。アン、お姉ちゃんと呼べば、予備呪文を教えてもらえるかもしれないぞ」
「お姉さま、お願いします」
アンは、素直に呼び方を変え、頭を下げた。サラは、妙な顔をしながらも、アンに予備呪文について講釈し始めた。アンは、一心に聞いている。やっぱり、以前アンが俺に教えてくれたのと同じく、魔法をかける対象の気持ちを読み解くなんて話をしていた。対象の気持ちが分かるというのは、どんな感じなんだろうな? 物に気持ちがあるなんて理解できない。だが、もうすっぱり諦めたんだから、気にしないことにしよう。




