サラ
潜伏場所が二つともだめになったので、俺たちは、とりあえず、穀物屋の倉庫に入った。この倉庫があるあたりは、神聖帝国の連中がほとんどうろつかない。静かにしていれば、しばらくは見つからないだろう。砲撃は続いていたが、何隊かが奇襲に出た以外、俺たちは、その日一杯その倉庫にじっとしていた。アンは、今朝の大活躍で疲れたのか、指導してくれと言い出すこともなく、ずっとおとなしかった。俺は、いつ大砲の弾が市壁まで届くかとひやひやして過ごした。ヨエルやパウルは、心配ばかりしていてはいけないと言って、何やら勝負事を始めた。俺も誘ってくれたが、そんな気分にはなれなかった。トミは、俺と一緒に心配してくれた。他の従士や自警団員も、みんなそれぞれに心配したり遊んだりしていた。
夕方になって、砲撃が止んだ。かなりの建物が壊されたが、まだ市壁には届いていなかった。暗くなって敵兵の活動も止み、俺たちはやっと緊張を解くことができた。
カレラ指揮官は、副官を市壁内の領主様との連絡役に送り出した。市壁の出入り口はまだこちらが確保しているが、そこに至る道は敵兵が固めている。でも、奴らがあまりいない場所もあって、そういう場所を利用して、魔術師が飛ばすブランコで市壁内と行き来ができるんだ。この手段は、敵に見つからないように夜しか使わないことになっているそうだ。ついでにアンを一緒に連れて行って市壁内に保護してくれと頼んだが、移動すること自体が危ないからと断られてしまった。
副官は、夜半に帰ってきた。いつのまにか寝ていた俺は、その気配で目を覚ました。カレラ指揮官が、副官の報告を聞いていた。
「王軍からの使いとしてクリント男爵が来ていました。クリント男爵によりますと、ターケット周辺に到着した敵兵の数は、概ね一万二千、さらに六千がラガン近辺におり、三千が補給線警護に当たっているそうです」
「ラガンに三分の一を残してきたか」
「はい。ラガンを攻め落とした後のことを考えていなかったようです。周辺の山などに逃げ出したラガンの兵に悩まされています。住民もかなりの部分が逃げ出して、兵に協力しています」
「何のためにラガンを落としたんだろう? やみくもに征服しても、その後の統治がうまくいかないのでは仕方がないな」
「ラガンの殲滅を図ったようですね。一つの国を殲滅するなどできるはずがありません。ラガン兵たちのおかげで、神聖帝国軍は、ラガンで略奪した食料を思うように運び出せずにいます。そのせいで、ターケット周辺の神聖帝国軍の食糧事情は、我々が期待した以上に悪くなっているようです。十分食べさせられず、兵の間に不満が蔓延しているようだとのことでした。無理をして大砲を運んだのは、一刻も早く我々を落として食料を手に入れたいからなのでしょう」
「他の大砲について、何か言っていたかね?」
「彼らが運べたのは、ムスタ殿が壊した二門のほか、市外から砲撃している二門があるだけのようです。これらを早く運ぶために重馬をすべて出してしまったので、他の大砲は、いまだにラガンの近くにあります。今は、重馬をそこまで戻しているところです。明日あたりから残りのうちの何門かを運び始めるでしょうが、馬も疲れているはずです。あと数日は、今ある大型砲二門だけしか使えないでしょう」
「数日後には大砲が増えるのかもしれないんだな」
「クリント男爵は、ムスタ殿の成果について感心され、王軍も攻撃的な魔法を使わない魔術師を前線で用いる工夫を考えなければと仰っていました。ムスタ殿の採った方法をお知らせしておきましたので、うまくいけば、大砲がここに来ることはないかもしれません」
「それは助かる。ぜひそうしてもらいたいものだ。敵の補給は来ていないのかね」
「奴らの補給路は、ラガンからターケットまで長く伸びています。我が諸侯軍は、地の利を得ていますから、奴らを確実に妨害できています。あちらこちらに移動しながら神出鬼没に攻撃して、物資を運ばせていません」
「明るい材料が多くて助かる。だが、事態は、我々の予想よりはるかに早く進んでいるな。今のまま奇襲を続けていては、何日もしないうちに主導権を敵に取られてしまいそうだ。領主様から新しい指示を戴いたかね?」
二人の話を聞いていた奇襲隊員たちは、一斉に耳をそばだてた。離れたところにいる奇襲隊員たちも、立ち上がってこちらを見ている。
「はい。大型砲による市壁砲撃を妨害せよとのことでした」
奇襲隊員たちが、一斉に俺を見た。そんな、みんなで図ったように同じことをしないでくれよ。大砲をどうにかするのは、俺の仕事になっちまってるんだな。実際、大砲を壊せるのは俺だけなんだから、それは仕方ないや。でも、いくら期待されても、そばに寄れなきゃ何もできないよ。
ヨエルがそれを指摘してくれた。
「今度の大砲は、敵本隊の中に置いてあります。ムスタを大砲の近くまで安全に送り届けないと、壊せません。どうやれば近づけるでしょう?」
パウルがつぶやいた。
「ムスタが空を飛べればなあ」
「無茶言うな。誰にも飛べないんだ」
俺は、思わずむきになった。
「ほかの誰かにムスタを飛ばしてもらえばいいのでは?」
「他の魔術師がここまで来てくれりゃあな」
俺がパウルに反論した時、副官の後ろからひょっこりと顔を出した女がいた。
「来たわよ」
驚いてそちらを見ると、アンと喧嘩をした、あの大人げない女魔術師だった。
「悪かったわね、大人げなくて」
「俺、口に出してたか?」
「しっかり聞こえたわよ。考えてることが口に出るなんて、大人げない人ね」
仕返しをされてしまった。
「あの子は?」
「アンなら、もう寝てるぞ。子供なんだからな」
女魔術師は、部屋の隅に行って、アンの寝顔を覗き込んだ。
「よく寝てるわ。かわいい顔してるわね。あんな天才とは思えないわ」
天才? やっぱり、アンは天才なのかな?
「サラ殿、こちらに戻りなさい。みんなに紹介しよう」
この広い倉庫に暗く絞ったランプが一つしかない上に、魔法使いの灰色のローブを着こんでいたのに、副官に呼ばれて戻ってくる女魔術師は、キラキラ輝いて見えた。アンをほめられたから、ひいき目で見ているかもしれない。
副官が、女魔術師を紹介した。
「魔術師部隊のサラ殿だ。我々奇襲隊が敵の砲撃を抑えるにあたり、魔法による支援をお願いすることになる」
サラは、優雅にあいさつした。スカートをはいていないのに、裾を持ち上げる振りをした時には、まるでスカートが見えたようだった。
「うーん、やっぱりアンとは違うな」
「お子ちゃまと一緒にしないでくれる?」
「アンだって、オレーグ男爵の奥様が仕込んだんだよ」
「でも、お子ちゃまじゃない」
ここで仕返しだ。
「むきになるなよ。大人げない」
サラは、ぷうっとふくれて、あっちを向いてしまった。子供っぽさでは、アンとどっこいだ。
パウルは、俺に空を飛ばせる案に、まだこだわっていた。
「サラ殿、あんたはブランコを扱えたよな。ムスタを運べないか?」
俺は、サラのブランコの扱い方を思い出して、ぞっとした。あんなに荒っぽく動かされたんじゃ、落っことされちまう。
「この人一人だけなら運べるわよ」
「いや、護衛も一緒に送り込みたいんだ。ムスタ一人じゃ、敵兵に見つかったらあっさりやられてしまう」
「護衛と一緒にこっそりと? しかも、敵の近くだから声を出せないんでしょ。無理よ」
「ムスタにはできるじゃないか」
「声を出さずにブランコを扱うなんて、魔術師部隊にもできる人がいないわ。魔術師ってね、一人ずつ得意な技が違うのよ。それに合わせた作戦を立てるしかないの」
「そうかあ」
がっかりするパウル。つられて、俺も声に出しちまった。
「そうかあ」
「何よ、あんたまで」
「ブランコぐらい誰でも扱えると思ってたんだ。でも、俺にしかできないんだな」
「なんで、あんたしかできないなんてことになるのよ。あんたみたいにこそこそした呪文じゃなかったり、ちょっと壁にぶつかったりするだけよ」
「それは、できるって言わないだろ」
「やっぱり言わないかな?」
サラは、小首をかしげた。俺をからかってるのかな? 思わず喧嘩腰になったところで足をすくわれた感じだ。語気を強めたのが恥ずかしくなるじゃないか。
そこに、カレラ指揮官がけりをつけた。
「とにかく、魔術師殿に空を飛んでもらうのは諦めろ」
パウルはまだ心残りのようだったが、とりあえず黙った。
「サラ殿は、攻撃的な魔法では魔術師部隊で最も優れているそうだ。近距離戦での飛び道具が得意とのことだ」
副官が水を向けると、サラは、説明を始めた。
「魔法を使って、礫を敵にぶつけるんです。マスケット銃と同じようなものですが、早さと正確さでは、私の礫のほうがずっと上です。五十尋位までの距離なら、十分な威力があります」
「見せてもらえますか?」
一人の武士が言った。サラは、重そうな袋を取り出して、中を見せた。豆粒くらいの礫がぎっしり入っている。
「この鉄の礫を飛ばすわけですか。当たると痛そうですなあ」
その武士は、少しがっかりした様子だった。礫が小さかったから、魔法で飛ばした時の威力を想像できなかったんだろう。サラは、冷たい目で見返した。
「痛いじゃすみませんわよ。お試しになります?」
またカレラ指揮官が割って入った。
「二人ともやめなさい。大人げない」
「はい、失礼しました」
武士は、おとなしく引き下がった。
「それ、五分の間に三回も言われちゃったわよ」
サラは、ふくれっ面だ。大人げない。




