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なりゆくままに  作者: 北野 いまに
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アンのお手柄

 自警団員は、交代で扉に斧を打ち付けた。だんだんと穴が広がって人が通れそうな大きさになった時、扉が軋んで歪み、天井が一部落ちてきた。カレラ指揮官は、斧を振るっていた自警団員を下がらせた。

「止めっ。扉から離れろ。崩れるかもしれん」

 扉ががれきを支えていたらしい。扉を少し壊したから、その一部が落ちてきたんだ。幸い、それ以上崩れることはなかったが、これ以上扉を壊すと出入り口付近が崩れ落ちて、出られなくなってしまうかもしれない。

「これでは、出入口を使えんな」

 カレラ指揮官が、苦々しそうに言った。

「いっそ天井をぶち抜いてしまいましょうか」

 やけくそを起こしたらしい自警団員が言った。カレラ指揮官は、苦笑いした。

「天井の上には瓦礫が乗っているぞ。それこそ一気に崩れ落ちてくるだろう。他の手を考えよう」

 みんなが考え込んで腕組みしたり天井を睨んだりしていると、アンが扉の穴を覗き込んで俺の裾を引っ張った。

「おじちゃん、あたし、この穴を通れる」

 そう言われてみれば、アンみたいな子供なら通れそうだ。

「あたしがこの穴から出れば、がれきを除けられるわ」

「いや、でも、外には敵がいるかもしれないし、がれきにつまずいて怪我をするかもしれないし」

 俺が急に心配になっておたおたしていると、パウルが余計な口を出した。

「大丈夫だ。このあたりに敵がいるはずがない。いくら奴らでも、仲間がいるあたりを大砲で撃ったりはしないだろう」

「そりゃそうかもしれないけど、何かが崩れてきて頭に当たったら痛いし……」

 ところが、心配されている本人は、こんなことを言った。

「おじちゃん、大丈夫よ。がれきに動かないでってお願いしながら行くから」

「お前、転がすことしかできないだろ」

「動かないようにできるもん」

 本当かなあ。そういや、女魔術師とブランコを取り合ったことがあったっけ。でも、あの時には、ブランコ一つを止めただけだ。山のようながれきを止めるのとはわけが違う。

 カレラ指揮官が、俺たちの言い争いを止めた。

「魔術師殿、他に手が無いんだ。見習い殿の言うことを信じよう。見習い殿、大丈夫なんだな?」

「大丈夫です。任せて」

 アンは、そう言うなり、穴に飛び込んだ。体をくねらせて器用に通り抜けていく。俺は、思わず追いかけて穴に飛び込もうとしたが、穴の大きさが全然足りなくて、頬やら肩やらにひっかき傷を作っただけだった。

 外に出たアンは、何かぶつぶつ言っている。呪文のつもりらしい。地上への階段を上りながら、ときどき「いたっ」とか「きゃっ」とか、小さい悲鳴を上げている。本当にちゃんと魔法を使えているんだろうか。あれじゃ、呪文なんかまともに唱えられていないはずだ。怪我をせずに外に出られればいいけど。

 大分やきもきしたんだが、幸い、俺の心配は当たらなかったようだ。そのうち、上の方でがらがらと大きな音がし始めた。アンが、がれきを転がしてどけているんだろう。いきなり下の方を動かしたりせず、上から順にやっているらしい。以前下宿の塀を崩してしまったのに比べると進歩している。

 だが、安心するのは早すぎた。アンの大雑把さを忘れていた。がれきを動かす音がだんだん大きくなり、天井が軋み始めた。何かのかけらが落ちてくる。やばい。

「みんな、この石炭庫に入れ!」

 俺は、手近な石炭庫に走りこみながら怒鳴った。一番奥まで行って、すぐに天井に魔法をかけ始めた。アンがどれだけ大雑把にがれきを動かすかわからない。がれきを一度に全部動かそうとして半分くらい落としてしまうかもしれない。いや、そもそも、がれきをどっちに動かせばいいかすら、まともに考えないような気がする。下手をしたら、地下室本体の天井はもちろん、石炭庫の天井だって危ない。俺は、石炭庫の天井が崩れないように、大急ぎで呪文を唱えた。

 従士も自警団員も、音が大きくなるにつれて事態を飲み込み、俺のいる石炭庫に逃げ込んできた。だんだん窮屈になる。身動きできないくらいに詰め込むことになったが、何とか全員が入れたようだ。ヨエルとトミが腕を突っ張って俺の周りに空間を作ってくれたから、魔法を使い続けることができた。

 俺の心配が全部当たったんじゃないだろうか。大砲の弾が当たったのとは比べ物にならないくらいの轟音がして、地下室の天井が落ちた。天井と一緒に、大量のがれきが落ちてきた。まわりに立ち込める塵埃に息をするのも困難な状況が続いた。俺は、むせかえるのを防ぐために服の布地を口に当てて、何とか呪文を唱え続けた。かなりの力が天井に加わっている手ごたえがある。何が何でも、天井を支える魔法だけはやめられない。こんなに必死に魔法を使ったのは、生まれて初めてだ。

 入り口あたりにいる自警団員が何か叫んでいる。外からアンの声がする。気付くと、がれきの立てる音は、ほとんどおさまっていた。アンが魔法を使うのをやめたんだろう。石炭庫の天井も振動しなくなり、自警団員の声が聞き取れるようになった。

「やめてくれ。もう出られる。頼むから、やめてくれ!」

「もう十分だ! 助けてくれ」

 助けてくれもないもんだと思いたいが、実は、俺も同感だ。

 アンの声も聞き取れた。

「出られるのお?」

「出られるから、もうやめろ!」

 石炭庫内からの大合唱は、アンへの懇願だった。

「わかったあ」

 アンの返事を聞いた俺は、気が緩んで、うっかり呪文を止めてしまった。途端に、天井が軋みだした。かなり傷んでいるらしい。慌てて呪文を再開する。ヨエルとトミに、早く全員を出すように目くばせする。ヨエルは、俺が言いたいことを察して、すぐにカレラ指揮官や副官とともに脱出の指揮を執り始めた。トミは、俺の周りの空間を守って、最後まで一緒に残っていてくれた。

 トミと俺が最後に石炭庫を出た。ただ歩くだけならともかく、呪文を唱えながら危なっかしいがれきの山を登るのは、難しい。仕方がないから、トミの誘導で、できるだけ通りやすいところを伝って石炭庫から離れた。呪文をやめると、途端に石炭庫の天井が崩れ落ちた。天井の上には、まだ結構な量のがれきが残っていた。あれが頭の上に落ちてきていたらと思うと、今更ながらにぞっとする。他の石炭庫は、全部崩れ落ちていた。

「うわあ、魔術師殿、すごいぞ。あんたのおかげで助かった」

 トミも、同じものを見て、今更ながらすくみ上っていた。俺は、アンの魔法の威力に気を飲まれて、返事もできない。必死に魔法を使った疲れも手伝って、立っているだけでやっとだ。

 その時、上からアンの泣き声が聞こえてきた。何があったんだ? 俺は、がれきの山をあっという間によじ登った。以前の商売柄、こう言うのは得意なんだ。ただ、今にも倒れそうだったのに体が動いたのが不思議だ。

 地上に出ると、アンが服を掴んで泣いていた。従士たちは、笑っている。なんだろ? 大したことじゃなければいいんだけど。

 アンは、俺の姿を見ると、駆け寄ってきて訴えた。

「服が破れちゃったよお」

「なんだ、そんなことか」

 へなへなと力が抜けた。アンが着ているのは、平民の女の子が着る一般的な服だ。スカートが膝くらいまでで、アンみたいなお転婆が走り回るにはちょうどいい。破れて大騒ぎするような服ではない。

「大事な服なのよ。男爵様の奥様からいただいたんだから。奥様が子供のころに着ていた服なんだって。あなたは活発だからこの服がいいわって、わざわざ探してくださったんだから」

 そんなこと言ったって、どう見ても貴族の服じゃないよ。奥様もよっぽどお転婆だったのかな?


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