戦果と犠牲
潜伏場所を調べると、五人が神聖帝国にやられたことが分かった。最初に戻って待ち伏せに遭った小隊の武士達ばかりだ。遺体は、二階の床に整然と並べられていた。顔しか知らない者が多かったが、アンにうっかり酒を出したデニスがその中にいるのを見つけ、目を背けた。遺体には戦いで付いた傷があったし、金目のものや武器が取り上げられていたが、遺体を傷つけた跡はなかった。神聖帝国の連中にも人間らしいところがあるようだ。移動する前に、遺体を倉庫の裏庭に埋めた。彼らをここに置いていくのではかわいそうなんだが、連れて行くわけにもいかない。武士たちは、やられた仲間をできるだけ手早く、でも丁寧に埋め、カレラ指揮官が短いが心のこもった弔辞を述べた。その間、俺は、アンと一緒に遺体が見えない場所に引っ込んでいた。子供に見せるようなものじゃないからな。
幸い、俺たちが突入した時、味方には死人が出なかった。けが人は大勢いたが、重傷者はいない。パウルの怪我が一番ひどかったが、彼は、能天気なことに、今回の名誉の負傷の傷跡をどのように残すかについて講釈を垂れていた。
味方の被害が小さかったのは、俺が振り回す大砲に敵兵が動転したおかげらしい。魔法で動かす大砲には、投石機で飛ばした石のような勢いがない。丁度、俺たちの陣地を壊した丸太みたいなもんだ。重くて強いけど、遅い。だから、避けることができるし、当たり所が悪くなければ死にはしない。現に、大砲にぶつかって死んだ敵兵は、一人もいなかった。大砲が壁にぶつかった時に挟まれた奴もいなかったようだ。この事実は、俺を大いに安心させた。ただ、頭を打って昏倒している敵兵くらいはいた。そういう奴が二人残っていたので、通りに放り出した。
崩れた建物にいた敵の伏兵は不運だった。崩れたときに巻き込まれて圧死した者が何人かいたようだ。トミは、埋もれてしまってよく分からないと言っていた。がれきの中から引き出された敵は十七人いた。みんな傷を負って歩くのもやっとだったから、武器を取り上げて逃がした。つまり、食糧浪費要員だ。
俺が操った大砲には、割れ目ができてしまった。床をぶち抜いたときか、最後に石の壁にぶつけたときに割れたんだろう。あんなに頑丈そうなのにな。大分役に立ってくれたけれど、持って歩くのも難儀だし、敵が取り戻しても使い物にはならないから、そのまま放置することにした。
移動する前に、潜伏場所にあった食料を全部回収した。敵には、食料を運び出す時間がなかったらしい。いくばくか減っていたのは、攻め込んだ連中が食べたんだろう。
あれやこれやが終わって第二の潜伏場所に移動する途中で、俺は、急に震えだした。寒くもないのに、止めようとしたって止まらない。今日みたいな活劇は、やっぱり俺には無理なんだ。たとえ敵であっても、この手で人を殺すのはやっぱり怖い。今回は伏兵を殺してしまったけれど、あれは家が崩れたからだ。俺が直接殺したんじゃない。もし、俺が操る大砲に直接押しつぶされた敵が一人でもいたら、こんな震え方じゃすまなかっただろうな。
武士たちは、今回の勝利は俺のおかげだと言ってくれる。敵兵を一応一人も殺していない俺が殊勲者だそうだ。人を殺さなくても戦争ができるんだな。でも、今回これで済んだのは、偶然だと思う。これからは、もっと冷静にやろう。アンや仲間を守るには、戦争に勝ちさえすればいいんだ。敵を殺す必要はない。命のやり取りは、俺には向かないよ。武士にこれを言ったら笑われるだろうから、言わないけどな。アンには言ってもいいかな。
幸い、アンは、それほど怖い思いをせずに済んだようだ。助け出された武士たちの話では、敵が潜伏場所に突入した時、あまりに素早かったので戦う間もなく石炭庫に押し込められてしまったそうだ。三階にいた見張りが知らせに駆けおりてきたときには、すでに手遅れだった。石炭庫の中では、アンを一番奥に座らせて、武士たちが周りを守っていてくれたし、いろいろと安心させるような言葉もかけてくれたらしい。おかげで、助けた俺が震えているのを、助けられたアンが慰めるという、へんてこなことになった。とにかく、アンを守ってくれた武士たちに感謝だ。
第二の潜伏場所も燃料屋の倉庫だった。捕虜になっていた連中は、体中真っ黒になってしまったのに、また石炭庫に詰め込むつもりかと不満たらたらだった。ヨエルからこちらの潜伏場所の指揮を引き継いだカレラ指揮官は、さすがに不平を言わなかった。でも、しきりに袖で顔を拭いていたから、やっぱり石炭庫が嫌だったんだろうな。実際には、ぎゅうぎゅう詰めにはなったものの、石炭庫には入らずに済んだ。アンの手足や顔は、濡れ手拭いで拭いてやった。いくら物資を節約しなければいけないと言っても、これくらいは女の子の特権だろう。




