救出
パウルが胸を張って先頭に立ち、他の者が大砲の両側を固めて行進している。みんな、自信たっぷりのように見える。俺は、奴らが隠れている窓からは死角になる位置でぼそぼそと呪文を呟きながら歩いた。敵の見張りからは、順調に大砲を移動させているように見えるはずだ。護衛の人数が少なすぎるとか、どこに運んで行くんだろうとか、そんな疑問を持たれなければいいけど。
俺は、奴らが隠れている建物の中でどのように大砲を動かすかを考えながら歩いた。まず、敵兵が覗いている窓まで持ち上げて、まっすぐ部屋に突入させる。そのあと、大砲が壁の外に出てくるまで螺旋を描くように動かし続ける。こうすれば、多分敵兵の多くが負傷するなりして戦えなくなるだろう。大砲が外壁を破ったら、そこで螺旋は終わりだ。そのまま潜伏場所の壁をぶち抜く。考えていると、気持ちが落ち着いた。やることがあれば、意外に冷静でいられるもんだな。とりあえず、ここまで動きを頭の中で繰り返し、本番に備えた。
本番は、すぐにやってきた。窓の隙間から覗いている敵兵が動いたんだ。中の誰かと話をしている。俺たちを疑っているに違いない。パウルが大声で命令を叫んだ。
「ぶち込め、魔術師!」
俺は、すぐに呪文を変え、大砲を二階の高さまで持ち上げて、一気に窓から部屋に叩きこんだ。敵兵の驚きの声が一瞬聞こえたが、大砲が窓枠を破壊する音でかき消された。そのあとは、目には見えない大砲の場所を頭の中に描きながら、あらかじめ決めておいた通り螺旋状に動かす。俺の思い通りに動いている手ごたえはある。建物の中から聞こえてくる破壊音がその証拠だ。最後にひときわ大きな音がして、通りに面した壁が一文字に裂け、破片が飛び散った。裂けた隙間から大砲が見えたから、そいつを引き出して、潜伏場所の一階の壁に放り込んだ。その壁にも大きな穴が開いた。俺は、大砲に三回輪を描かせた。敵兵に当たるかどうかは分からないが、やらないよりはましだろう。
敵の見張り達がどうなったかを確認する時間はない。俺たちは、その穴めがけて駆けだした。その時、後ろですごい音がして、木片やほこりが飛んできた。肩越しに後ろを見ると、俺が大砲で痛めつけた建物が崩れ落ちるところだった。これなら、敵の見張り達が後ろから攻めてくることはないだろう。ふと、この建物の大家が賠償請求してくるんじゃないかと心配になった。魔法で家を壊したら、罪になるんだろうか。作戦を立てたのはパウルなんだから、彼に何とかしてもらえばいいや。今は、とにかく、アンを助けなきゃ。
大砲に魔法をかけっぱなしの俺が一番最後に穴に飛び込んだときには、一階にいた敵兵が逃げ出た後だった。一人残らず逃げたところを見ると、俺が振り回した大砲は、誰にも当たらなかったようだ。だが、おかげで戦わずに済んだ。
武士達が、外に飛び出していき、馬車に乗せてあった武器を抱えて戻ってきた。その直後、大砲を引いていた重馬が暴れだすのが見えた。あちら側の見張りを牽制している連中が射た矢が当たったらしい。馬車を引いたまますごい勢いで走って行ってしまった。捕虜たちに渡すはずの武器を失わずに済んでよかった。
俺たちが飛び込んだのは、一階倉庫の片隅に作られた小さな事務室だった。大砲は、生意気にも、座り心地の良さそうな長椅子の上に鎮座していた。パウルは、壁の配置を確認して、床の一か所を指示した。俺は、大砲を天井まで持ち上げて、指示された場所に叩き付けた。大砲は、床を支える根太をへし折って大砲自身よりだいぶ大きな穴を開け、地下室の床にめり込んで止まった。下敷きになった奴はいないみたいだ。そこは、石炭庫の入り口だった。石炭庫の中に何人もの人がいるのが見えた。メッケルン風の上着を着ている。俺たちの仲間だ。アンもその中にいるに違いない。今助けてやるぞ。
ここで魔法を途切れさせると、敵に反撃される。俺は、すぐに大砲を持ち上げ、床の穴から見える範囲で動かし続けた。何本かの矢が穴から飛び出してきた。たぶん俺を狙ったんだろうが、大砲が暴れていて穴に近寄れないから、的が見えない状態で射ている。当たるわけがない。
でも、タイミングを計って、見えるところに飛び出てきて射たら当たるかもしれない。俺は、用心のために、大砲を動かす速度を俺が扱える限界まで上げた。はずみで、動く範囲が見えないところに及ぶようになった。地下室から、驚きと怒りが混じった悲鳴が聞こえてきた。矢は、飛んでこなくなった。
パウルたちは、床の穴から石炭庫に、次から次へと武器を放り込んだ。捕虜たちは、武器が落ちてくるたびに気勢を上げていた。
ほとんどの武器を投げ込み終った時、地下から大きなゴツンという音がして、大砲の手ごたえが無くなった。振り回し続けていた大砲が地下室の壁にぶつかったらしい。やり過ぎちまったんだ。どう呪文を変化させても、大砲を戻せなかった。こうなったら、直に見ないと魔法で動かせない。
俺が焦って穴から地下を覗こうとすると、パウルが俺を押しのけた。
「やめろ。のんびり覗いていると狙い撃ちされるぞ。後は俺たちに任せろ」
そう言いながら、武士たちは、床の穴に飛び込んでいった。石炭庫からも武士達が駆けだしてくるのが見えた。剣戟の音が聞こえる。俺の出番は終わったらしい。
そう思うと、頭が朦朧としてきた。魔法を使いすぎたんだ。よく今まで持ったよ。地下では激しく戦っているのに、何とか責任を果たしたという思いで、妙に満足した気分だった。カレラ指揮官の声が聞こえる。生きてたんだ。追い出せとか言っている。俺たちが優勢らしい。来た甲斐があるよ。
女の子の声がした。何を言ったかわからない。小さい声だった。ぼんやりと、周りの騒ぎが大きすぎて、小さく聞こえただけかもしれないなあなんて考えた。
俺は、はっとして飛び起きた。何やってんだ、俺は。アンを助けに来たんじゃなかったのか? まだアンの顔も見ないうちにこんな所で休んでいてどうするんだ。
俺は、後先考えずに床の穴に飛び込んだ。下を確認せずに飛び降りたもんだから、木片か何かの上に着地して足首をひねり、派手に転んでしまった。だが、ここでのんびり寝ているわけにはいかない。痛みを我慢して無理に起き上がると、目の前に真っ黒に汚れた顔があった。大きな目でこっちを見ている。ほっぺたに涙の跡がこびりついていて、すごい顔だ。その汚い顔を見て、俺は、こいつを拾った日のことを思い出した。食い物を全部こいつに食われちまったんだった。だから、アンが「おっちゃん」と叫びながら俺に抱き付いたとき、こう言っちまった。
「腹へってないか?」
何でこんなこと言ったんだろうな?




