ブランコ
男爵邸では、従士たちが邸内に寝起きするようになったので、いくつかの部屋を改装した。大半は寝室にするために、布団や寝藁が沢山運び込まれただけだ。広間横の部屋は、食堂になった。人数の割に狭いので、椅子などなくて、立ち食いだ。
午後から橋の作りを調整すると言われたから、今のうちにその食堂で昼飯をとることにした。アンと二人で山羊肉のシチューを食っていたら、一人の従士が声をかけてきた。橋に上がれなくてからかわれていた従士だ。ヨエルやパウルより若い。俺と同じくらいの年だろうか。
「魔術師殿、ご一緒してよろしいですか?」
どうせ立ち食いだし、歩き回りながら食べているやつもいる。ご一緒して悪いなんてことがあるもんか。
「お名前は、トミ、でしたっけ?」
「トミ・ハネルです。トミと呼んでいただければ結構」
「では、トミ。何か御用ですか?」
「先ほどは醜態をお見せして申し訳ない。どうにも、ぐらぐらするものに乗るが苦手で」
「すみませんね。あのような軽い橋だと、人の重さでぐらつくんですよ」
「いや、魔術師殿のせいではありません。浮き橋なんかもだめなんです。乗った途端にひっくりかえってずぶ濡れです」
想像しちまったのかな、アンがきゃははと笑った。慌てて小突いてやめさせた。
「ほら、謝れ」
「トミ従士おじちゃん、笑ってごめんなさい」
それで丁寧に言ったつもりか? 俺には疑問があったが、アンが素直に頭を下げたのを見て、トミは、笑った。
「ずいぶんと長い名前だな。私は、名前が短いのが自慢なんだが」
「じゃあ、トミ」
「それでよし。ところで魔術師殿。あの橋をもっと安定させられませんか?」
俺は、うーんとうなった。トミは、情けない顔になった。
「あのぐらぐらは、止められないんですかね?」
「止めるのは無理でしょうね。持ち運べないくらい重くするなら別ですけど。例えば市壁に使われているくらい大きな石なら」
「それでは重すぎます。人力で持ち運べないのは、論外です。でも、私はぐらつく橋に乗りたくない。何とかなりませんかねえ」
無茶言うね、この人。
「奇襲隊から外してもらってはいかがですか?」
うっかり口走ったら、トミは、とても悲しそうな顔をした。
「神聖帝国が迫っている今、こんなことにこだわっていてはいけないのはわかっているんですよ。でも、ほら、足元がぐらついて橋から落ちてしまっては、お役に立てないではないですか。落ちたときに敵兵の一人でも道連れにできるかもしれませんが、それでは戦果として物足りない。敵は怖くありませんが、あの橋だけはちょっと。別の方法がないものでしょうか?」
「うーん」
そんなことを言われても、あの案を出すだけでも結構大変だったんだ。困ったな。
「乗るのが嫌ならぶら下がったら?」
アンが横から口をはさんだ。俺たちは、びっくりして口を閉じた。
「だって、子供は、橋桁からぶら下がって遊ぶのよ。橋の下側を渡る競争をしたりするの。大人だって、ぶら下がれると思うわ」
トミは、アンの顔をしげしげと見て、「それだ」とつぶやいて走り去った。俺たちは、わけもわからず取り残された。
「トミ、どうしたの?」
「どうしたんだろうな?」
俺は、トミが橋にぶら下がって猿のように伝っていく様子を思い描いた。さまにならない。従士にさせたい格好ではないな。
来いと言われていた時間に合わせて、橋の作成現場に行った。そしたら、パウルが大騒ぎをしていた。
「魔術師殿、聞きたいことがある」
俺が近づいたら、興奮で顔を赤くしたパウルが大声でわめいた。俺、何か悪いことしたっけ? でも、よく見れば怒っている風ではないな。
「魔術師殿。この橋桁を倉庫の窓に通せるか? 壁にぶつけずに」
「できますよ」
お安い御用だ。梯子を窓に通すなんて、閂を閂鎹に通すよりずっと簡単だ。俺は、やって見せた。持ち上げるまでにしばらくかかるのはいつものことだから見逃してもらって、上がった後は、無造作に窓を通してみせた。
ふと気づくと、その倉庫は、俺が世話になっていた倉庫だった。昨日男爵邸に来たときには、前の仕事に関係する物事に触れるだけでびくびくしていたっけ。一日足らずで、俺もずいぶん変わったな。従士たちの雰囲気によるところもあるんだろうが、やっぱり、堅気になったのが効いてるな。でも、戦争は、堅気の仕事なんだろうか?
「魔術師殿、どうなさった? やはり、むつかしいのか?」
いけね、一日分の回想に浸ってたぜ。
俺は、橋桁を手元に戻してから、返事をした。すぐに返事したら、橋桁を落として、倉庫の中を壊しちまうだろ。これ以上倉庫がらみで迷惑をかけたくないもんな。
「うっかり、他のことを考えていました。こんなことなら、簡単ですよ」
俺が答えると、パウルは、鋳掛屋のところにいるトミを呼んだ。
「トミ、トミ、早く来い。さっきのを持って来い。お前の考えを試してみるぞ」
トミは、橋桁の一つを持ち上げて、こちらにやってきた。ふらふらしている。一人で持つには重すぎるんだ。必死の形相をしながら俺たちのところまで持ってきた。橋桁を下すと、息を切らしながら、言った。
「魔術師殿、これを、持ち上げて、みて、ください」
「何をするんです? 持ち上げてしまうと、呪文を唱え続けるから話ができないんです。今教えてくださいよ」
「パウル、頼む」
トミは、パウルに話を振った。息が続かなかったんだな。パウルが説明してくれた。
「トミは、とにかく橋に乗るのが嫌だったんですな。それで、何とかならないかと無い知恵を絞って……」
「いらんこと、言うな」
「絞りに絞って思いついたのが、猿のように橋桁にぶら下がるという方法なんですよ。ぶら下がったまま魔術師殿に運んでもらえれば、落っこちることもないし、自分にも乗れると考えたんでしょうな」
「パウル、覚え、てろ」
トミは、膝に手をついてぜいぜい言いながら怒っていた。
「ときに魔術師殿、これに何人ぶら下がれますかね?」
「三人くらいかなあ、橋自体が軽いですから」
「奇襲隊の一小隊は、五人から十人くらいです。それだけ一度に運べると理想的なんですけどね」
「橋桁を重くすればできますよ」
「橋桁を三枚一度に運べませんか?」
「二枚落としてしまいます」
「落としたらだめです。一枚になるように工夫してみましょう」
それからしばらく、ああでもないこうでもないと鋳掛屋を含めて考えた末に、二枚の橋桁をつないだ上の真ん中にもう一枚を重ね、それらを鎹で留めるという方法に落ち着いた。実際に従士をぶら下げてみたら、十人を一度に運べた。ある従士が、負傷した時に手でぶら下がるのは無理だと意見をして、橋桁の下にロープの輪を下げることになった。ブランコみたいなロープに足を乗せてしゃがみこんだ十人の従士が橋桁の下にぶら下がっている様子は、残念ながら、大笑い以外の何物でもない。
見に来た男爵も、腹を抱えて笑った。
「ヨエル、そこにぶら下がるというのはどういう気分なんだ?」
「男爵閣下、からかわないでください。これはまじめな戦術なんですから」
「すまん。だが、遊んでいるようにしか見えんよ。魔術師殿がお前たちを運んでいるのを見てさえ、これが戦いに役立つのが信じられん」
「男爵閣下にあそこまで言われては我慢ならん。魔術師殿、倉庫の窓まで運んでくれ。役立つことを証明してごらんに入れようではないか」
男爵の笑う気持ちは分かるよ。俺だって、最初は笑いをこらえるのが大変だったんだ。でも、ここは、団長の言うとおりにしよう。実は、前の橋に比べると、今度のブランコは、俺にとってとても楽なんだ。ブランコなら、少々斜めになろうが、揺れようが、問題ないからな。この方法は、最高だ。俺は、あっという間に、倉庫の窓に十人をぶら下げた橋桁を入れて見せた。
「おお、猿が巣に」
男爵様、それ、褒めてませんよ。それに、猿の巣は、穴じゃないと思う。
倉庫の中でブランコから降りた団長たちは、鬨の声を上げながら鞘に納めたままの剣を振りかざして走ってきた。男爵から二尋位のところで止まると、団長が大声で喚ばわった。
「男爵閣下、お覚悟!」
男爵は、目を丸くした。
「何の覚悟だ?」
「笑うのをこらえて、この戦術をお受入れなされ!」
「わかった。わしが悪かった。こちらのほうが、橋よりずっと良い。笑った償いに、この戦術を考えた者に褒美を出そう」
「誰だ?」
「パウルだ」
「私ではない、トミだ」
「私でもない。アン殿だ。彼女が教えてくれた子供の遊びが元なのだ」
結局、三人とも褒美をもらった。アンは、奥方が特に選んだ、男爵家の紋章をあしらった銀の台座にエメラルドがはめ込まれた小さなブローチをもらった。パウルとトミは、金貨よりそっちのほうがよかったと羨んでいた。




