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なりゆくままに  作者: 北野 いまに
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ウッジ

「ムスタ、休憩してくれ」

 石工のロルフ親方がやっと休憩の許可を出してくれた。今朝は作業の都合があるとかで無理に頼み込まれて、大きな石を五個も続けて動かしたんだ。頭がぼーっとする。もう一個動かしたら、どこかに落として人足を何人か潰しかねないくらいだ。俺は、一も二もなく休ませてもらうことにした。

 こういう現場のそばには、食い物屋が屋台を出してたりするんだ。俺は、蜂蜜を塗ったパンと焼いた肉を買った。あれ、妙に安いぞ?

「肉の仕入れ値が下がったんでさ」

 店主が教えてくれた。

「領主様の命令で、農家が家畜を潰して燻製やら塩漬けやらを作ってるんですがね、処理しきれなかった分を市場に流してるんですよ。だから、こうやって安く売ることができるんです」

 神聖帝国に奪われるくらいなら食っちまえってことか。先行き不安な話ではあるが、今はうまいものが食えることに感謝しよう。思ったより安く上がったから、その分で木の実の搾り汁を買った。大好物なんだ。

 現場の隅っこにある急ごしらえの防壁の際で飯を食うことにした。ここなら、職人たちの邪魔にならない。頭をぼーっとさせながら、甘いパンをかじって、木の実の絞り汁で腹に流し込んで、肉をゆっくり味わって、そのあとちょっと昼寝すれば、午後も元気に仕事ができるってもんだ。

 そう言えば、アンの魔法が発動するようになってからこっち、予備呪文の練習をする暇がない。興味はあるんだけどな。仕事でくたくたになっていると、夜はアンの指導をするだけで精いっぱいだ。弟子を持つのは大変だ。アンは、ここ数日で石をいろいろな方向に転がすのが、だいぶ上手になった。持ち上げられないのは相変わらずだが、親父の弟子の誰よりも上達が早いみたいだ。教え甲斐があるよ。次は何をさせようかな。現場に連れてきて、簡単な仕事でもさせてみようか。人足半人分くらいにはなるかもしれないし、実際に仕事をさせれば自信が付くだろうし。

 しばらくうとうとしていたら、でかい男どもが俺のすぐ前を走って行って目が覚めた。自警団の連中だ。昔はこいつらのそばに寄るのが怖かったが、最近はそうでもなくなった。あちこちでしょっちゅう訓練しているから見慣れたということもあるけれど、それよりなにより、自分の商売が変わったことが大きいな。やっぱり、まともな商売はいいね、誰を見てもびくびくせずにすむからな。ウッジの話では、最近自警団は、団員を選抜して特殊な訓練をしているらしい。選抜された奴には日当が出るから、体に自信のある奴等が志願してくるそうだ。だから、これまで自警団員といえば家主やら商店主が中心だったのに、今ではウッジみたいな下宿人がずいぶんと増えたらしい。たぶん、そのほうが強いだろうな。体を使ってる連中なんだから。ウッジは、分かってない奴が多くて困ると文句を言っていたけれど。

 さっきどかどかと走っていた連中は、どうやら訓練が終わったところらしい。俺が飯を買った屋台に群がっている。体が大きい分、たくさん食いそうだ。こいつらの後に屋台に行っても何にも残ってないんじゃないだろうか。先に買えてよかったぜ。

 でかくてむさくるしい連中を見るともなく見ていたら、ひとりがこっちに向かって歩いてきた。ウッジだった。

「よお、ムスタ。仕事中悪いが、ここらに座っていいか?」

 職人たちの邪魔にならないように配慮してるのは感心だが、居眠りしていた俺が仕事中に見えるのはなぜだ?

「魔術師ってのは精神集中が大切なんだろ。静かにして心を鎮めているんじゃないのか」

 ウッジが勘違いしかしないのは、まじめすぎるからじゃないだろうか。

「休憩中だよ。気にせずに、ここらのどこにでも座って飯を食ってくれ」

 そう言った俺に向かってうなずくと、ウッジは、他の連中に座るように合図をして、自分は俺の横に座った。

「食うか?」

 ウッジが俺に差し出したのは、干し杏子だった。うなずいて受け取りほおばった時、ウッジが変わった布を腕に巻きつけていることに気付いた。妙に新しいうえに、派手だ。

「ウッジ、どうしたんだ、その腕? けがでもしたのか?」

「けが? いいや。ああ、この布か。これは俺の位を示すもんだ」

 ウッジがあんまり嬉しそうに答えるから、ちょっとからかってみたくなった。

「自警団には貧乏下宿人なんて位があるのか?」

「ムスタ、お前は勘違いが多いな。そんな位があってたまるか」

 ウッジは、あきれたような顔をした。勘違いの権化みたいお前に言われたくないね。それにしても、なぜこれが冗談だってわからないんだろう。からかいがいがあるよな。

「で、お前の位は何なんだ?」

「小隊長だ。俺は、小隊長になったんだよ。こいつらは、俺の部下だ。俺が指揮するんだぜ」

 ウッジは、さらに嬉しそうにそう言った。見るからに暑苦しい男どもが五人だ。そばにいるだけで熱気が来る。何が嬉しいんだよと、思わず顔をしかめちまった。

「ムスタ、やっぱりお前にもわからなかったようだな。確かにまともに戦うには少なすぎるけど、俺たちにはこの人数がちょうどいいんだよ」

 ウッジは、また俺の表情の意味を誤解して、勝手に話を進めている。実のところ、人数が少なくてほっとしてるくらいなんだがな。ところで、少人数のほうがいいってのはどういうわけだ?

「俺たちは、町の中で戦うんだ。だから、小回りの利く人数のほうがいいのさ」

「町の中? 戦争ってのは町の中でやるものだったのか?」

「色々だがな、町の外で戦うことが多いのは確かだ。町の中に攻め込まれるようじゃ、もう負ける。普通はな」

「じゃ、なんで最初から町の中なんてことを考えてんだよ?」

「広いところでやりあっても神聖帝国に勝てないからだ。奴らは、強い。俺たちがまともにやりあって勝てる相手じゃない」

 俺は、逃げ出したくなってきた。市壁修理なんかしてる場合じゃないぞ。どっちに逃げればいいんだろう?

「だからといって、逃げても、無駄だろう。あいつらは、満足するということを知らないんだ。ターケットが落ちれば、首都にも攻め込むだろうし、ここらで一番強いメッケルンが落ちたら、周りの国も軒並みやられる」

 ちょっとどきっとした。俺の考えを見抜いたようなことを言われたからだ。でも、俺の顔を見ずに話しているから、表情を読んだわけじゃない。下手に考えなければ的確な奴なんだな、ウッジってのは。

「だから、どうしてもこの町で奴らを止めなきゃならないんだ。でも、奴らは俺たちより強い。お前ならどうする?」

 そりゃあ、えー、泡でも吹こうかな。自分より強い相手に勝つ方法なんか思いつくもんか。思わずゆがんだ笑みを浮かべちまったら、ウッジが大きくうなずいた。

「そうだよ、少しでも俺たちに有利なところで戦うしかないんだ。それが、町の中だってのは分かるだろ。俺たちは隅々まで知ってるし、待ち伏せできる場所も多い。奇襲を繰り返して、だんだんと奴らを消耗させるんだ。攻め込まれるんじゃなくて、誘い込むんだよ」

「その戦い方だと少人数のほうがいいのか? やっぱり人数が多いほうが強いような気がするけどな」

「まともにやりあうならな。こっちは、そんなことにならないようにいろいろ知恵を絞るのさ。そのうち、魔術師たちにも市壁修理以外の仕事が行くぜ。よろしくな」

 何が来るんだろ?


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