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ヒーローの作り方  作者: 広森千林
第三章 朱い世界の戦い方
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七月③ かくも儚きパフェの味

 九尾駅きゅうびえきから徒歩三分の位置にあるハイロー九尾店きゅうびてん。その地下に行列の出来るパフェ屋がある。

 前に一度、有耶あやしゅうちゃんと僕の三人で来た時は日曜日のおやつ時だったのもあり、待ち時間は一時間半にも及んだ。

 今回は二十分ほどで店内に案内された。前回の記憶があるだけに、早く感じる。慣れって怖い。

 二人用の小さなテーブルに向かい合う形で座り、さっそくメニューとにらめっこをはじめるしゅうちゃん。

「いちごとマンゴーに決めてたんじゃないのか?」

「んー、なんか七月限定の夕張メロンパフェなるものを見つけてしまって、心が揺れているの……」

 いろんな種類があるものだなぁと感心しつつ、僕もメニューを開いてみる。

 豊富なメニューの中にあって、特に異彩を放つひとつを見つけた。

 トマトパフェ。

 美味しいのだろうか……。

空門そらかどくんはもう決まってるの?」

「うん。僕はチョコバナナだけで満足だ」

「えー、前もそれだったじゃない。他にも美味しいのいっぱいあるのに〜」

「老後の楽しみにとっておくよ」

「今よ、今! 十代でしか感じることの出来ない感動があるのよ! 年を取ると味覚感受性が低下するらしいし! だから食べるなら今!」

 よく分からないことを力説しはじめる朱ちゃんだった。

 十代でしか感じることの出来ない感動ねぇ……パフェの話でなければ、それなりに説得力もありそうなものではあるが、残念ながら僕はパフェの味で感動できるたちじゃない。そもそも、お店によっての味の違いさえよく分かっていない。僕にとっては甘くて冷たい食べ物、ただそれだけだ。

「じゃあ、なにか朱ちゃんのオススメのがあったら、それを食べるよ」

「ほんと!? じゃあね、じゃあね……」

 ふたたび食い入るようにメニュー表を見はじめる。

「メ……メロンとか……おすすめだよぉ……」

 なぜか小声で言ってくる。

「それって……朱ちゃんが一口食べたいだけだろ?」

「う……」

 僕の言葉が図星だったのか、メニュー表で顔を隠す朱ちゃん。その仕草が可愛くて、思わず笑ってしまった。

「いいよ、メロンにするよ」

 僕がそう言うと、メニュー表から顔を出した朱ちゃんが満面の笑みを浮かべる。なんでもいい僕としては、朱ちゃんが喜んでくれるならなんだって構わない。

 僕は店員を呼び、イチゴ、マンゴー、メロンの三つを注文する。二人なのになぜ三つなのかと疑問に思ったのか、

「えっと、三つでよろしかったですか?」

 と最後に念押しされてしまった。少しはずかしい。

 数分後、運ばれてきた三つのパフェに目を輝かせながら、朱ちゃんは写メを撮りはじめる。

「えっへへ。有耶あやに送っちゃお〜」

「倍おごれって言われていたけど、それを見たら三倍おごれとか言われそうだな……」

「ふふ、言いそうだね!」

「勘弁してほしいな……」

 僕は苦笑いを浮かべる。

 メールを送り終えた朱ちゃんはパフェに向かって手を合わす。

「さ、食べよっ! いっただきまーす!」

 朱ちゃんはまずイチゴパフェから一口。両手を頬に当て、ご満悦である。

「おっいしいぃ〜! 幸せぇ……」

「先に僕のメロンを好きなだけ食べていいよ」

 朱ちゃんの目が輝きを増す。

「いいの! いいの!? ほんとにいいの!?」

「いいよ」

「では! 遠慮なく!」

 そう言うと、朱ちゃんはメロンの果肉とアイスをスプーンにめいっぱいのせ、口に運ぶ。

「イチゴの酸味とアイスの甘みの絶妙なコラボもいいけど、メロンの甘みをアイスが引き立てるこの組み合わせもやっぱり素敵! アイスと混ざり合って静かに消えていくこの儚さがたまらないわ!」

 どこのグルメリポーターだよと言いたくなるコメントを口にしながら存分に味わった朱ちゃんは、

「それじゃあ、お返し」

 と言うと、マンゴーとアイスをのせたスプーンを僕の口元にもってくる。

 ぱくっ。

 口元に持ってこられたので何の抵抗もせず無意識に食べてしまった。

 食べさせてもらったと言うべきか。

 こんな風に誰かに食べさせてもらうとか、物心が付いてからの僕の記憶には一切無い。

 有耶と朱ちゃんはこうやってよく食べ比べをしていたから、今日の僕は有耶の代わりなのだろう。

「ね、美味しいでしょ?」

 朱ちゃんは少しだけ頬を赤らめながら言う。

「うん、美味しい」

 僕はうなずきながらマンゴーの味を楽しむ。

「じゃあ次は……」

 朱ちゃんはいたずらっぽい笑みを浮かべると、今度はイチゴをスプーンにのせはじめる。

 続けてアイスとフレークを一緒にすくいあげ、ふたたび僕の口元にもってくる。

「イチゴだよ、あ〜ん」

 つられて「あーん」と声を出しながら口を開ける。

 イチゴの酸味が口の中に広がり、アイスの甘さで中和されて口の中が良い感じの美味しさで満たされていった。

 なるほど、うまい。

「こうやっていろいろと食べ比べすると、違いが分かっていいもんだな」

「でしょでしょ!」

 朱ちゃんはニコニコしながら今度は自分の口にイチゴを運ぶ。

 僕も自分の分に口をつける。そこでふとひとつの疑問が思い浮かぶ。

 はたして朱ちゃんは僕の差し出したスプーンで食べてくれるだろうか。

「もう一口食べる?」

 試しがてら、聞いてみた。

「い、いいの……?」

 朱ちゃんは遠慮がちに小声で言う。

「いいよ」

 僕はメロンとアイスをのせたスプーンを朱ちゃんの口元に持って行く。朱ちゃんは口を開き、スプーンの先ごと食べる勢いで食いついてきた。雛に食事を与える親鳥の気分だ。

 そんなに慌てて食べなくてもパフェは逃げないって。

「ほいひぃ!」

 食べきるまえに感想を口にするので、よくわからない言葉になっている。まあ、美味しいと言いたいのだろう。

 それからしばらくはお互いに無言のまま黙々と食べ続けた。僕がひとつ食べ終わるのと同時くらいに朱ちゃんも二個をたいらげてしまった。カラオケでパフェが安かった日には五個食べていたから、この程度は朝飯前なのだろう。

「ねえ、空門そらかどくん」

「ん?」

「午前中に有耶となんの話してたの?」

「午前中?」

 漠然とした問いに僕は頭を傾げる。

「一度きりの人生とか、血筋も大事だけどとか……」

「ああ……。なんだっけ……朱ちゃんは一人っ子だから、一人っ子の男子とはつきあえないとかなんとか、そういった話だったと思うけど」

「もう……有耶ってば、なんて事を……」

 朱ちゃんが頬を膨らます。

「家の事は今は考えないで彼氏をつくれって言いたいんじゃないのかな」

「私は……今のままでも十分なんだけどな……」

 朱ちゃんは伏し目がちに下を向く。

 僕は有耶の言葉を思い出す。

『どれだけ想いを募らせても、自分から──言えないのよ』

 その言葉は──もし僕のほうから付き合って欲しいと言えば、違う未来がまっているとか、そういうことだろうか。それとも、一人っ子だからという理由で断られるのだろうか。

「私の場合は、もうちょっとだけややこしいというか……。これは有耶にも言ってないんだけど……」

 朱ちゃんは下を向いたまま、僕に語りかける。

「なんかね。ウチの家系って少し変わっているの。何百年と続いている不思議な現象というか──」

「何百年?」

「うん。ある時を境に……女の子しか生まれなくなったんだって。しかも、一人産んだ後は、その……あまり男子に言う話じゃないけど……二人目以降を産めない体になるんだって」

「…………」

「だから、毎回お婿さん捜しが大変だったらしくって。しかもパパとママの場合は夜凪家やなぎけ始まって以来の国際結婚だったから、親の猛反発もあって駆け落ちしたらしいの。そんなわけで最初はパパの故郷のアメリカで住んでいて、そこで私も生まれたの」

「へぇ……」

「四年ほど前にようやく里に戻ることが許されて、日本に帰ってきたって訳。そういう家族同士のもめ事を間近で見てきたから、私はできれば揉めないような恋愛がしたいなぁ……なんて思ってるわけですよ」

 朱ちゃんは少し寂しそうな表情になる。

「それは──」

 その不思議な現象は、もしかして隠世かくりよに行けるようになった代償とかなのだろうか? そんな疑問を口に出しかけて、慌てて口を塞ぐ。

 あぶないあぶない。エッジとして知ったことを刃月はつきである今の僕が当たり前のように聞いていいはずがない。

「それは……?」

「あ、いや、それなら一人っ子の僕も条件的に無理だな〜って、ははっ……」

「……うん。そうだね……」

 咄嗟に出たごまかしの言葉に、朱ちゃんの表情が曇る。

 朱ちゃんの気持ちは知っていても、希望までは分からない。僕とどういう関係になりたいのか。友達のままがいいのか、それとも僕が空門という名前を残す事にこだわりがない人間かどうかを知りたいのか。

 家族同士で揉めたくない朱ちゃん。一人っ子であるがゆえに親父と揉めることが容易に想像できる僕。

 ──どう考えても僕達の人生が交わることは……無い。

 それならば、もういっそ友達という関係さえも無くしてしまったほうが後腐れが無くていいのだろうか。

 そんな考え事をしている僕の鼻先に、朱ちゃんが人差し指をのせる。

「…………?」

「よからぬ事を考えているな〜?」

 なぜバレたのだろう。

「ねえ、空門くん」

「……ん?」

「もし、好きになった人が一人っ子だったら……空門くんなら、どうする?」

「考えたこと無いから分からないな……」

 僕は正直に答える。

「じゃあ、今考えて」

 朱ちゃんにしてはめずらしく、押しが強い。

 考える……か。

 誰かを好きになったことがないから、まずはそこからの想像になってしまう。そんなの、遠回りすぎて答えなんて出るはずがない。

 とはいえ、ここで曖昧な返事をするわけにもいかない。即席の答えをだすべく、僕が朱ちゃんを好きになったと仮定してみる。将来、名前のことで揉めるのが分かっているのなら、好きという感情を捨てる……とかだろうか。もし仮に、その気持ちを抑えきれなかった場合は、問題になるのはやはり親父か。

 おそらく僕は、親父に反対されたところで、僕自身の考えを変えることは無いだろう。あの人の言いなりになんて、なるものか。それならば──

「たぶんだけど……将来に結婚というところまで関係が続いたとしたら、朱ちゃんの両親みたいに駆け落ちするんじゃないかな」

「その子が、家族と揉めるのが嫌だって言ったら?」

「ん……それなら、別れるしかないんじゃないかな……僕だけのわがままを通すわけにもいかないし」

「そっか……やさしいね。空門くんらしいよ」

 朱ちゃんは寂しげな笑顔を浮かべた。

 僕の解答が朱ちゃんの期待に添うものでは無かったことを、その表情が如実に物語っていた。

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