第28話:2槽式の湯気と、お父さんのような背中
この1ヶ月、ずっと食べてきた給食の中で間違いなく一番美味しかった。
前の学校では、焦げてしまった揚げ物や、シチューの鍋底の焦げついた部分なんかを私が食べるのが当たり前だった。量だっていつも少なかったのに。
ここの給食は、サラダも、揚げ物も、メインメニューも全部が綺麗で、ちゃんとした適量を貰えた。ただそれだけのことが、涙が出るほど嬉しかった。
午後の作業も、みんなが常に私のことを気にかけて声をかけてくれたおかげで、本当にあっという間に1日が退勤時間を迎えた。
仕事が終わり、みんなで休憩室に戻って私服に着替える。
前の学校では、私が毎回最後に着替え、そのあとに全員分の洗濯をするのが当たり前のルールだった。けれどここでは、「野崎さんから先に着替えていいよ!」と一番最初にロッカーへと案内された。
野崎「あの、洗濯……」
調理員「洗濯? いいよいいよ! やっておくから! これはね、お当番がローテーションで回ってくるから、自分の番の時だけでいいんだよ!」
野崎「じゃあ、やり方だけでも後ろから見ていていいですか?」
調理員「初日で疲れてるだろうに、座っててもいいのにー! 本当に頑張り屋さんだね! OK、ついておいでー!」
ニコニコと笑顔で教えてくれる。その姿が本当にありがたかった。
「これを聞いたらまた怒られるかもしれない」とビクビクしながら質問しても、まともな答えすら返ってこなかったあの頃とは、世界がまるで違っていた。
洗濯室へ行くと、私はそこで初めて「2槽式洗濯機」というものを目にした。
洗濯槽が……横に2つ並んでいる!?
後から知ったことだけれど、洗濯機は給食室に必ずあるわけではなく、設備として存在しない学校もあるらしい。前の学校は最新式の全自動だったけれど、この学校は違った。
調理員「洗濯物が多いから、何回も回さないとダメなんだよね〜」
チーフ以外の調理員全員分の制服の上下、割烹着、帽子、エプロン……。
一人では持ちきれないほど大量の洗濯物に対して、その2槽式洗濯機はあまりにも小さかった。
調理員「ここに、水とお湯を自分で調節しながら入れるんだよー。あ、このホースから出るお湯、熱湯だから気を付けてね」
差し出されたホースからは、ものすごい湯気がモウモウと立ち上っている。
少し指先が触れただけで、確実に火傷すると分かるレベルの熱さだった。
この学校、人は最高に良いけれど、給食施設や設備はどれもこれも全部が古い。……でも、前の学校のあの地獄に比べたら、こんなの100万倍マシだった。
洗濯機を回している間も、調理員さんはたくさんお喋りをしてくれた。
「なんか今期のアニメ見てるー?」とか、「好きな俳優さん誰ー?」とか。
こういう、同世代ならではの他愛のない世間話で盛り上がれることが、何よりも新鮮で、たまらなく楽しかった。
洗濯も無事に終わり、休憩室でみんなで帰る時間まで賑やかにお喋りしていると、チーフにトントンと肩を叩かれた。
チーフ「お喋りしてるところ悪いね」
野崎「あ、いえ!」
チーフ「えーっと。ウチは、どうですかね。大丈夫そ?」
野崎「皆さん本当に優しくて……。まだまだ皆さんにご迷惑をかけてしまいますが、ここで一生懸命頑張らせて頂きたいです!」
チーフ「うんうん、そうかそうか。あのな、前の学校の事は綺麗さっぱり忘れていいからな」
野崎「……はい! 私、ここで1から教えて頂きたいです!」
チーフ「女の世界ってのはなぁ。ああいう変なやつが頭にいると、必然的にその下も同じ動きになっちまうんだよなぁ。俺は男だから、女の人みたいな楽しい会話も気の利いた事も言ってやれないけどよぉ。なんかあった時は、いつでも頼って欲しいと思ってる」
野崎「……ありがとうございます!!」
チーフの温かい言葉に、胸がまた熱くなる。
チーフ「俺、娘がいるんだけどよぉ。野崎さんと同じような歳なんだよな」
野崎「そうなんですね……!」
チーフ「だからよぉ。野崎さんがそんな酷い目にあってるって聞いて、なんか娘と重なっちまってよぉ。いや、俺さぁ、娘に嫌われてっからさぁ……パチンコ行ってるのいつも怒られるし……。だから、あまり野崎さんに辛い思いをしてほしくねぇのよぉ」
野崎「ありがとうございます……」
そっか。
チーフがさっきから私を見るたびに、困ったように眉毛を下げて「可哀想に……」という表情を浮かべていたのは、自分の娘さんの姿を私に重ね合わせていたからだったんだ。
なんだか、目の前のチーフが本当の父親並みに心強く、大きな存在に見えてきて、余計に嬉しさが込み上げてきた。
たった今日、初めて会ったばかりなのに、ここまで私のことを心配してくれるなんて。きっと、午前中も作業しながら、一日中ずっと気にかけてくれていたのだろう。
張り詰めていた心の糸が完全に解き放たれ、私は気づけば、心の中に仕舞い込んでいた本音をぽろぽろと口にしていた。
野崎「私……実は今日、ここに来るまですごく不安で……怖くて……。『次もダメだったらどうしよう』って、朝、道端で泣いちゃってたんですけど……」




