アカネ
衝突の音が、夜に響いていた。
黒い力と黒い力がぶつかり合う。
同じ色。
同じ形。
同じ——存在。
「っ……!」
アカネは押し返す。
だが、押し切れない。
重い。
力そのものが、上から覆いかぶさってくるようだった。
「……いいね」
目の前の“それ”——黒いアカネが、わずかに笑う。
「やっと戦う気になったんだ」
弾かれる。
体が宙を舞う。
地面に叩きつけられる。
息が抜ける。
「……はぁ……っ」
それでも、立ち上がる。
膝が震える。
視界が揺れる。
だが、目は逸らさない。
「……まだ……終わってない」
「終わってるよ」
即答だった。
黒いアカネが一歩踏み出す。
「最初から」
距離が詰まる。
反応が遅れる。
衝撃。
再び吹き飛ぶ。
「……っ、く……!」
痛みが走る。
でも、それ以上に——
胸の奥が、ざわつく。
「なんで……」
言葉が漏れる。
「なんで、お前……」
自分と同じ力を持っているのか。
いや、それ以上なのか。
「簡単だよ」
黒いアカネは、あっさりと言う。
「お前が生んだから」
静寂。
その一言が、重く沈む。
「……は……?」
「全部、覚えてるって言ったでしょ」
ゆっくりと近づく。
「怖かったよね」
「壊したとき」
「止められなかったとき」
頭の奥が、軋む。
何かが、浮かび上がりかける。
「やめろ……」
「だから、私がいる」
黒いアカネが微笑む。
「全部、引き受けてあげる」
その言葉は、優しい。
だが——
どこまでも歪んでいた。
---
Cicada本部。
警報が鳴り響いていた。
怒号。
銃声。
混乱。
内乱だった。
「司令官000の権限は剥奪された!」
「地下収容へ移送しろ!」
武装した構成員たちが動く。
その中心で——
000は静かに立っていた。
抵抗はしない。
ただ、全てを受け入れているようだった。
「……随分と急だな」
小さく呟く。
その前に立つのは——村上。
「合理的判断です」
穏やかな声。
だが、そこに情はない。
「Project Cicadaは、次の段階に進む」
一歩、近づく。
「あなたでは遅い」
その宣告に。
000はわずかに目を細めた。
「……そうか」
それだけだった。
---
地下収容所。
重い扉が閉まる。
冷たい空気。
鉄の匂い。
000は椅子に座らされ、手錠をかけられる。
その前に、村上が立つ。
「これで終わりです」
静かな声。
だが、その目は冷たい。
000は、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……スマホを渡せ」
ぽつりと呟く。
村上の眉がわずかに動く。
「権限を、君に託す」
続ける。
「最後くらいは、筋を通したい」
沈黙。
数秒。
やがて——
「いいでしょう」
村上は頷いた。
手錠を外させる。
スマートフォンが手渡される。
その瞬間。
空気が変わった。
000の指が、迷いなく動く。
画面を操作する。
「——発進」
短い一言。
その直後。
遠くで、エンジン音が唸りを上げた。
村上の目が細くなる。
「……何をした?」
000は、わずかに笑った。
「さあな」
---
アカネは、膝をついていた。
呼吸が荒い。
限界が近い。
「……もう無理?」
黒いアカネが見下ろす。
その時。
轟音が、夜を裂いた。
風が吹き荒れる。
何かが、一直線に突っ込んでくる。
「……っ?」
黒いアカネが振り向く。
次の瞬間。
衝撃。
黒いアカネの体が弾かれる。
距離が開く。
地面に着地する。
視線の先。
そこにいたのは——
一台のバイク。
黒い機体。
異様な存在感。
「……なに、それ」
黒いアカネが呟く。
バイクは、静かに変形を始める。
機構が展開する。
装甲が組み替わる。
やがて——
人型へと変わる。
無機質な戦闘形態。
それは、明確に“兵器”だった。
アカネの目が見開かれる。
「……あれ……」
記憶の奥が、揺れる。
断片が浮かぶ。
小さい頃。
笑いながら見ていたもの。
「……シケイダー……?」
かすれた声。
人型兵器——シケイダーが、ゆっくりと前に出る。
黒いアカネと対峙する。
無言。
だが、意志があった。
「……へぇ」
黒いアカネが笑う。
「そんなのもあるんだ」
次の瞬間。
戦闘が始まった。
高速の応酬。
黒と黒が交錯する。
アカネも立ち上がる。
加わる。
三つの力がぶつかる。
だが——
均衡は崩れ始めていた。
「……っ!」
黒いアカネの動きが変わる。
一段階、上がる。
圧が増す。
「いいよ」
低く呟く。
「終わらせてあげる」
空気が歪む。
力が収束する。
全てを飲み込むような黒。
「——ダークカタストロフ・ジ・エンド」
放たれる。
圧倒的な一撃。
回避が間に合わない。
「——っ!!」
シケイダーが前に出る。
盾のように。
アカネの前へ。
衝突。
光。
爆発。
視界が、白に染まる。
---
音が消えた。
何も聞こえない。
何も見えない。
やがて——
煙が晴れる。
そこに残っていたのは。
焼け焦げた地面と。
崩れた残骸。
シケイダーは、もう動かない。
完全に破壊されていた。
「……あ……」
アカネの声が、震える。
その足元に。
一枚の写真が落ちていた。
拾う。
そこには——
幼い自分と。
一人の男。
そして、あのバイク。
笑っている。
無邪気に。
「……なんで……」
指が震える。
その時。
足音。
黒いアカネが、近づいてくる。
そして——
その写真を、踏みつけた。
「くだらない」
冷たい声。
「お前の父親はな」
一歩、踏み込む。
「お前を実験台にした」
心臓が止まりそうになる。
「挙句の果てには——」
顔を近づける。
「拳銃で射殺した」
沈黙。
世界が止まる。
アカネの手が、震える。
写真が、握り潰される。
そして——
「……やめろ」
低い声。
震えている。
「やめろ……」
顔を上げる。
涙が滲む。
でも、その奥にあるのは——
怒りだった。
「お前が……」
一歩、踏み出す。
「お父さんを語るなぁ!!!」




