真壁、配信やめるってよ!②
会議室の空気が止まった。
自分で言った言葉が、そこまでおかしかったのだろうか。
俺は、少しだけ不安になる。
「……あの」
最初に口を開いたのは、瀬尾副長官だった。
「真壁さん。確認させてください。配信をやめる、というのは」
「しばらく、です」
「しばらく」
俺は頷いた。
「事前申請が必要で、場所も確認して、映すものも確認して、コメント欄も制限して、終わったあとアーカイブも確認するんですよね」
「その必要がある、という説明です」
「それは、分かりました」
分かってはいる。
危ないものを映してはいけない。
言ってはいけないこともある。
俺の配信がもう以前と同じではないことも、昨日の通知欄を見れば分かる。
「だったら、やらない方が早いかなと」
瀬尾副長官の表情が、ほんの少しだけ固まった。
「いえ、止めたいという話ではありません」
「でも、自由にやっていい話でもないんですよね」
「それは……そうです」
正直な答えだった。
だから、俺も怒る気にはならない。
瀬尾副長官が悪いわけではない。
管理局の人たちが悪いわけでもない。
たぶん、誰かが悪いという話ではないのだと思う。
「俺、別に抗議したいわけじゃないです」
「抗議、ですか」
「はい。国がどうとか、管理がどうとか、そういう話をしたいわけじゃなくて」
俺は、机の上の資料を見た。
配信場所、鑑定対象、コメント欄、アーカイブ。
どれも大事なのだろう。
でも、そこに並んでいる項目を見ていると、俺の知っている配信ではなくなっていく気がした。
「申請して、確認して、止められて、怒られてまでやるものではないので」
会議室の空気が、また少し止まる。
今度は、さっきより重かった。
瀬尾副長官は、すぐには返事をしなかった。
資料に目を落とし、それから俺を見る。
「………真壁さんにとって、配信とは何ですか」
急に聞かれて、俺は少し困った。
配信とは何か。
そんなことを、あらためて考えたことはなかった。
「……何でしょうね」
自分でも、はっきりした答えは出ない。
「最初は、生活のためでした」
会社をクビになった。
お金が必要だった。
ダンジョンで拾ったものに値段がつくと分かった。
それを配信した。
それだけだった。
「でも、見えたものを話したら、コメントが来て。驚かれたり、助かったって言われたりして」
俺は、言葉を探しながら続ける。
「価値がないと思われていたものに価値があったり、危ないと分からなかったものが危なかったり。そういうのを、そのまま話していただけです」
そこが大事だったのだと思う。
見えたものを、自分の言葉で話す。
コメント欄が驚く。
ときどき変な方向に盛り上がる。
俺はそれに慌てて、そして困る。
でも、誰かが見ている。
それが、俺の配信だった。
「だから、台本を読んだり、ここまでは言っていいです、って確認してから話したりするなら、俺じゃなくてもいいんじゃないかなと」
瀬尾副長官は、ゆっくり息を吐いた。
「…なるほど」
「すみません」
「謝る話ではありません」
瀬尾副長官は、そう言った。
ただ、その声は少しだけ重くなっていた。
「本日の説明は、いったんここまでにしましょう」
「いいんですか」
「はい。こちらも、整理が必要です」
たぶん、俺が配信をやめると言ったことが、想定外だったのだろう。
俺としては、そこまで変なことを言ったつもりはない。
禁止されるならやらない。
確認が大変ならやらない。
ただ、それだけだ。
でも、瀬尾副長官たちの顔を見る限り、それだけでは済まないらしい。
「真壁さん」
「はい」
「この件について、後ほどもう一度お話しさせてください」
「…分かりました」
俺は頷いた。
会議室を出ると、護衛がまた同じように前後についた。
ホテルの廊下を歩きながら、俺は小さく息を吐く。
「俺、そんな変なこと言いました?」
前を歩く護衛が、一瞬だけ振り返った。
「変ではありません」
「ですよね」
「ただ、大きいです」
「…何がですか」
「影響が、です」
そう言われても、実感はなかった。
部屋に戻るとシオが肩から机の上へ降りる。
小さな殻が、テーブルの上でころんと揺れた。
「別に、しばらく配信やめるって言っただけなんだけどな」
シオは答えない。
ただ、殻の光が弱く揺れた。
俺はソファに座る。
ホテルのソファは、沈み込むように柔らかい。
座り心地はいい。
なのに、なぜか落ち着かない。
◇
同じホテルの別室では、瀬尾副長官がWEB会議を前にしていた。
「はい。説明は終えました」
画面の向こうには、ダンジョン庁本庁の会議室が映っている。
画面の奥にはダンジョン庁長官が座っていた。
複数の職員が資料を開き、誰も軽い顔をしていなかった。
『真壁氏の反応は』
「当面、配信をやめると」
画面の向こうが、目に見えてざわついた。
『やめる?』
『一時停止、という意味ですか』
『政府側から止めた形に見えるのはまずい』
『配信サイト側にはまだ伝えていませんよね』
瀬尾は、眉間を押さえたいのをこらえた。
「本人に抗議の意図はありません。むしろ、非常に冷静です。制限が多いなら、そこまでして配信するものではない、という判断です」
『……今の状況でそれを言うのか。それが一番難しいってわかっているのか』
誰かが言った。
その通りだった。
ただ、やらないと言った。
モニター越しで長官を見つつ、瀬尾は口を開いた。
「配信サイト側からの照会は」
『来ています。チャンネル保護措置、公式認証、海外向け特別枠、いずれも真壁氏本人の意向確認待ちですが、なぜ政府が一個人に対して干渉するのか、と苦情も併せてきています』
『海外メディアも動いています。未だ正式発表がないことを不自然に見ています』
『Zでも、真壁氏が沈黙していることへの憶測が出始めています』
画面の一つに、短文投稿の一覧が表示された。
『真壁さん、まだ声明なし?』
『配信止められてないよね?』
『国が囲った?』
『ダン博の英雄を黙らせるな』
『いや本人寝かせてやれ』
まだ炎上というほどではない。
だが、火種は確実にある。
瀬尾は静かに画面を見る。
真壁本人は、たぶん今ごろホテルの部屋で困っている。
それだけだ。
しかし世間は、真壁の沈黙に至らぬ意味を付け始めている。
『……実はWEG Tokyo組織委員会からも確認が来ています』
別の職員が言った。
瀬尾は顔を上げる。
「もう、ですか」
『はい。真壁氏を安全鑑定協力者、場合によっては公式鑑定解説員として起用する案がありましたので』
『ダン博中止後、WEG Tokyoの開催にも慎重論が出ています。真壁氏の協力は、国内外への安心材料になる予定でした』
予定。
瀬尾は、その言葉に小さく息を吐いた。
だがその『予定』は、真壁遼の一言で崩れた。
いや。
崩れたのではない。
こちらが、『真壁遼』という人間をまだ理解していなかっただけだ。
『副長官、どうされますか』
「真壁さんに、条件を伺うしかありません」
『条件、ですか』
「配信を続けてもらうための条件です。こちらが決めるのではなく、本人が何を失いたくないのかを聞く」
会議室の画面の向こうで、数人が黙った。
瀬尾は続ける。
「我々が守りたいものと、真壁さんが守りたいものが違う。そのまま管理しようとすれば、彼は降ります」
この言葉にダンジョン庁長官は反応した。
『降りる?』
「ええ。怒らず、騒がず、ただ静かに。退場できることができない、この舞台から降りようとするでしょう」
瀬尾は、横に置いた資料を見る。
・配信活動管理案
・情報保全案
・WEG Tokyo協力案
どれも、真壁遼が配信を続ける前提で作られていた。
前提が違う。
そこから整え直さなければならない。
『わかった。瀬尾君、君に一任する。必ず真壁氏を説得してくれ』
『承知しました、長官』
WEB会議を終えたあと、瀬尾はしばらく椅子に座ったままだった。
窓の向こうに、大阪の街が見える。
ダン博事件の傷は、まだ何も癒えていない。
その中で、真壁遼は世界に見つかった。
だが、世界に見つかったからといって、本人の配信まで国が持ち物のように扱っていいわけではない。
瀬尾は立ち上がる。
「もう一度、真壁さんと話します」
同席していた管理局職員が頷いた。
「すぐに調整します」
瀬尾は首を横に振った。
「急ぎすぎないでください。彼は、ようやく当事者になったことを気付いたのですから」
それでも、時間はない。
配信サイト、海外メディア、WEG Tokyo、そして一番厄介な国内世論。
全部が、『真壁遼』の次の言葉を待ち始めていた。
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