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会社をクビになった俺、深夜ダンジョンでゴミ拾いしてたら【鑑定】が覚醒して配信界のトップになった  作者: 小狐


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真壁遼の価値

 大阪某所。

 特別会議室の空気は、最初から重かった。


 大阪管理局が秘匿管理する特別区域に建てられた建物は、有事以外に活用されることはない。

 だが、ダンジョン万国博覧会の事件で臨時の対策本部が設置されており、現在進行形で事態の収束対応に追われていた。


 その対策本部からさらに奥へ進んだ場所に、限られた者しか入れない特別会議室があり、そこには既に多くの者が集まっていた。


 室内を入ると、壁面に大型モニターが複数設置されており、東京側の映像がいくつも並んでいる。


 ダンジョン庁の事務次官。

 内閣府の危機管理担当補佐官。

 外務省の外務担当次官。

 警察庁から派遣されたという、一見すると胡散臭い雰囲気を醸し出している怪しい男。


 それ以外にも映像を通して関係省庁のトップ級が顔をそろえていた。

 会議室側にも数人の事務職員がいたが、誰も無駄な雑談をしなかった。

 音があるとすれば、資料をめくる紙の音と、空調の音くらいだった。


 室内はコの字で机が組まれており、その中央に御厨玄斎が座っている。


 黒に近い紺の和装を着ており、無駄に存在感が高まっている。

 姿勢は崩していないが、肩に力が入っているようにも見えない。

 その身から漂うオーラは最早妖気にすら見える程だった。


 時間になり、本日の進行役でもある日本国政府側の一人が、静かに口を開いた。


 「御厨先生。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


 「礼はよい。儂は呼ばれたから来ただけじゃからの」


 御厨の声は低い。

 だが、その場にいる全員が聞き逃さないように、自然と背筋を伸ばした。


 「では、早速ですが。真壁遼氏の扱いについて、先生のご意見を伺いたく」


 「扱い、か」


 御厨は、わずかに目を細めた。


 「その言い方からして、すでに半分ほど入口自体を間違えておる」


 画面の向こうで、数人が動きを止める。

 怪訝な顔を露骨に向けて、視線を泳がせていた。


 「…先生、間違えていると、言いますと」


 「真壁遼という個人だけをどう扱うか、そう考えておるのなら、遅い。あれは個人の問題では終わらん」


 御厨は、机の上に置かれていた資料へ目を落とす。


 資料には、ダン博事件の被害規模がまとめられていた。

 死者数。

 負傷者数。

 避難者数。

 倒壊した建物数。

 確認されたダンジョンボス。

 コア解除までの推定時間。

 そして、その最終局面で中心にいた人物の名前。


 ――真壁遼。


 御厨は、その名前を一度だけ指でなぞる。


 「この国では、鑑定士は便利な目、そして道具として扱われてきた」


 誰も口を挟まなかった。


 「素材の値を出す。魔道具を判別する。押収品を確認する。封印保管庫で危険物の判別をする。どれも社会にとって必要な仕事じゃ。だが、世間から見れば地味な裏方でしかない」


 御厨の声に、怒りはなかった。

 ただ、長く積もったものを一つずつ並べているような、そんな響きがあった。


 「探索者は最も目立つ最前に立つ。配信者は映像を通して注目を集める。強い魔物を倒せば称賛され、珍しい素材を持ち帰れば話題になる。だが鑑定士はどうじゃ。危険物を見つければ、それは当然。見落とせば責任だけが降りかかる」


 会議の場に出席している者たちの視線は伏目がちになる。

 だが、お構いなく御厨は続ける。


 「国内の制度がまったく機能していないとは言わん。等級もある。資格もある。手当もある。だが、それはあくまで既存業務のための枠組みじゃの。国家戦略上の人材として鑑定士を扱う意識は、薄かった。いや、なかったの」


 「国外では違う、ということでしょうか」


 外務省の担当次官が尋ねた。

 御厨はそれに頷く。


 「国による。じゃが、違う国は確かにある」


 モニターの資料が切り替わった。

 英国、米国、欧州の研究機関、中国、ロシア。

 国名と組織名が並ぶ。


 「英国にはロダン家のような家がある。魔道具、封印品、古い遺物。その価値と危険を見定める家系が、社会的な権威を持っておる。米国では企業や巨大クランが優秀な鑑定士を、高額な報酬と引き換えに囲い込む。軍需に近い扱いを受ける者もおる。大陸側では研究機関の中核に置かれる場合もあるし、国によっては国防資源として管理されることもあるの」


 「……先生は、その…我が国は、その点で立ち遅れていると」


 「遅れておる」


 御厨は迷わず言った。

 その一言は、会議室の空気を少しだけ硬くした。


 「もちろん、国内には国内の事情があるのはわかっておる。探索者人口、配信文化、民間クランの成長、一方で管理局の人員不足。理由を挙げればいくらでもあるじゃろう。だが、理由があることと、遅れていないことは別じゃの」


 御厨は、モニターの向こうを見た。


 「真壁遼の映像は、すでに世界に流れた。あれを見た者は、こう考える。『日本には、超級魔道具を初見で読み、外部干渉を見抜き、複雑怪奇な解除手順を正しく選び、そして実際に止めた鑑定士がいる』、と」


 ダンジョン庁の上層部が、苦い顔で資料を見下ろす。


 「……本人の能力詳細を伏せても、映像は…その、残っています」


 「そうじゃ。隠すには遅いの。ならば、隠すことよりも守ることを考えよ」


 「…保護体制については、すでに検討を始めています」


 「それだけでは足りんの」


 御厨は、机の上に指を置いた。


 強く叩いたわけではない。

 それでもその指に宿る存在感に、全員の視線が集まった。


 「真壁遼を特別扱いするだけでは足りんのじゃ。鑑定士という職業の扱いを根本から変えねばならん。でなければ、『第二の真壁』はこの国から出て来ぬ」


 誰かが息をのむ音がした。


 「そして『第一の真壁』も、いずれ日本に残る理由を失う」


 会議室が沈黙した。

 その言葉の意味は、誰にでも分かった。


 日本が真壁遼を正しく評価しなければ、海外が評価する。

 日本が真壁遼を守らなければ、海外が守ると主張する。

 日本が真壁遼に居場所を用意しなければ、海外が用意する。


 それは善意だけとは限らない。

 だが、条件だけなら、いくらでも良いものを、夢を見させてくれるだけの報酬を提示してくるだろう。


 「御厨先生は、真壁氏を特級鑑定士に推すおつもりだと伺っています」


 「推す」


 御厨は短く答えた。


 「ただし、それを褒美のように渡すな。肩書だけ与えて終わりにするな。権限、報酬、保護、自由度。その全てを見直せ」


 「自由度、ですか」


 「命令で縛るな、という意味じゃ」


 御厨は、少しだけ目を伏せた。


 「映像を見る限り、あの者は命令で動いたわけではないの。見えたものを見逃せず、必要だと思ったことをした。そういう人間を、上から押さえつければ、すぐに壊れる」


 「………ですが先生、国家安全保障上の観点からは、一定の管理が必要です」


 警察庁から派遣されたあの怪しい男が初めて口を開いた。

 御厨は否定しなかった。


 「必要じゃろうな。だからこそ、慎重にやれと言っておる。保護と監視を同じもののように近づけるな。協力と命令を同じ紙の上に並べて書くな。本人が気づいた時には逃げ道がない、などというやり方をすれば、最後に困るのはこの国じゃ」


 言い返す者はいなかった。


 しばらくして、内閣府の進行役が周囲を見渡しながら口を開いた。


 「……では、今後の方針としては、真壁氏への保護体制、特級査定の前倒し、鑑定士等級制度の見直し、高危険度案件における鑑定士の現場権限の再検討。加えて、海外からの接触管理……」


 「それに配信まわりも入れておけ」


 御厨が言った。


 「配信、ですか」


 「今回、世界が真壁遼を見つけた入口は配信じゃ。今後も、あやつが何かを配信すれば、それは個人の趣味では済まん。他国の政府機関、クラン、企業、研究機関、妙な宗教団体まで寄ってくるの。今や世界を動かすまでになった配信サイトも、黙ってはおらんじゃろうて」


 「大手配信サイト側からの接触も想定すべき、と」


 「想定ではない。もう来ておると思った方がよい」


 御厨は、そこで少しだけ息を吐いた。


 「本人はおそらく、ようやく寝られると思っておるぞ」


 会議室の何人かが、気まずそうに視線を落とした。


 「その男の人生を、ここにいる者たちが今から勝手に変えるわけじゃ。せめて慎重に、そして敬意をもってやれ」


 その言葉で、会議の空気は決まった。


 真壁遼をどう扱うか。

 鑑定士という職業をどう見直すか。

 配信という不特定多数の接触点からどう守るか。


 それらが別々の議題ではないことを、その場にいる全員が理解した。





 そして、同じ頃。

 当の本人は、管理局の一室で新しいスマホを前にしていた。


 「……機種変更って、こういう場所でするものでしたっけ」


 俺は、机の上に置かれた箱を見ながら呟いた。

読んでいただきありがとうございます。

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