ダンジョンコア解除戦③ 終戦
(………どこだ…外部干渉ラインは…どこだ)
さっきは偶然だったのか、2本目を見つけることに手間取っていた。
似たような術式ラインが多くあり、それを鑑定スキルで確実に見つけ出すという行為は、俺の頭を相当に酷使しているようで、鼻から赤い線がぽつりと落ちる。
(絶対に見つける。見つけ出すっ!)
ほんの少しの違和感が目に留まった。
すぐに鑑定スキルで深く追ってみると、外部干渉ラインと表示された。
先ほどの青白い術式ラインとは違って、赤みを帯びた術式ラインで、周囲とは僅かに馴染んでない感じがある。
手動制御パネルを起動させ、切断を実行する。
――――――――――――――――――――
外部干渉ライン:2本目特定
役割:暴走命令の継続送信
処理:切断完了
――――――――――――――――――――
(よしっ!! あと1本!!)
視界の端で、桐野の体が大きく跳ねた。
黒いワイヤーが足首に絡み、床へ叩きつけられる。
「桐野さん!」
「こないでっ!」
桐野の声が飛んだ。
「そっちを続けて!」
俺は歯を食いしばり、パネルに視線を戻す。
だが、見ないでいられるわけがなかった。
桐野は押されていた。
たしかに桐野が先手を取っていた。
けれど無精髭男のスキルは、そこから一気に戦場を変えた。
金属ケースからいくつも伸びる先端が尖ったワイヤーが、床を走り、宙を舞い、上からも横からも桐野を襲う。
桐野は魔弾で撃ち落としていた。
撃ち落として、撃ち落として、それでも数が足りない。
右肩を裂かれる。
脇腹を抉られる。
膝を打たれ、体勢が崩れたところへ、ワイヤーが床から跳ねて桐野の頭部に狙いを定める。
桐野はそれを紙一重で避け、魔弾で無精髭男の足元を撃った。
無精髭男は半歩下がるだけでかわす。
「手数は見事っす。そこまで射手スキルを使いこなしている探索者はそういないっす」
無精髭男が笑った。
その指が、また動く。
ワイヤーが桐野の左腕を捕らえた。
続けて右足。
引き倒された桐野の背中に、細い杭が舞い落ちる。
「っ、あ……!」
配信機材は復活と停止を繰り返したが、ちょうどこのタイミングで息を吹き返す。
そこで配信された動画は衝撃的な内容で、コメントも荒れに荒れていた。
『桐野さん!?』
『やばいやばいやばい』
『止めろよ』
『真壁さん見てないで逃げて』
『あんだけ刺されて血がでてないのワラタ』
『これ映してていいやつ?』
『誰か助けに行けないのかよ』
『俺の桐野たんの背中がっ!!!!(´;ω;`)』
『いやお前のじゃねーだろ』
その光景に俺の指先が震えた。
鑑定スキルも集中を無くしたのか、術式ラインの探査が止まった。
(駄目だ。俺が止まったら、本当に全てが終わってしまうっ)
ダンジョンコアに再び目を向け、そして鑑定を深く通し直す。
数万本の術式ラインの中で、最後の一本だけを探す。
(あと一本なんだっ!!)
無精髭男の視線が、ちらりとこちらへ向いた。
急に素に戻ったかのように笑みが無くなる。
「こっちの探索者崩れよりも、一般人のあんたの方が数万倍厄介っすね」
無精髭男が指を立てた。
ワイヤーに吊られかけていた桐野の体が、さらに強く床へ押しつけられる。
「優先順位は一般人のあんたが先っすね。これ以上は面倒になるんで、さっさと片づけるっす」
金属ケースが開いた。
短い杭が、無精髭男の周囲にずらりと並んだ。
確実に俺を刺し殺す、そんな殺意を全身に受け、俺は思わず身を強張らす。
「多少、手間はかかったすけど、これで終わりっす」
杭を飛ばそうとしたその瞬間、無精髭男の指が止まった。
「……あ?」
無精髭男が眉根を寄せる。
指を動かそうとするも、うまく動かなかった。
足を踏み出そうとしても、上手く踏み出すことが出来ない。
「なん……すか…これ」
入れ替わるかのように桐野が床に片膝をついたまま、ゆっくり顔を上げた。
全身が傷だらけだった。
服は裂け、肌には赤い線がいくつも走っている。
だが、不思議なことに血は一滴も流れていなかった。
「ようやく回った」
無精髭男の目が鋭くなる。
「……何をしたっすか」
「最初の魔弾」
桐野は荒い息のまま、指先を無精髭男へ向けた。
「ほんの少しだけ、私の血を混ぜた」
「……少量の血ごときで、俺っちの体に状態異常を入れられるわけないっす」
「状態異常じゃない」
桐野の裂けた袖口から、赤い糸がするりと伸びた。
空中で細く揺れ、無精髭男の頬の傷へ向かう。
「身体掌握」
無精髭男の表情が、そこで初めて変わった。
「……ロダン家の一員か」
『ロダン家?』
『英国の名門の?』
『今のなに』
『血を操ってる?』
『スキル2つ持ちってこと?』
「当たり」
桐野が血で出来たワイヤーみたいなものを、無精髭男の前まで突き出した。
「普通ならこれでも即、拘束状態までもっていけるんだけど…あなた相当に強いからしんどかったわ」
「……くそっ」
「攻守交替ね。ここからは私のターン」
桐野が自分の掌を握り込んだ。
爪が皮膚に食い込み、血が赤い粒となり浮いていく。
その血の粒が連結して糸になって宙を舞った。
無精髭男も抵抗しようともがくも、身動きが取れないほどに身体の主導権を奪われていた。
そんな無精髭男の手足に血で出来たワイヤーの先端を細らせて、容赦なく貫いていく。
「っ!! ぐぉぉっ!!」
「完全に拘束させてもらうわ」
どうやら桐野は自身の血を侵入させて、拘束を強化するみたいだ。
この命のやり取りの終局を無事こちら側の勝ちで終えそうだ、と安心したその時、最後の違和感をつかんだ。
黒く濁った術式ラインが俺の鑑定スキルに捉えられる。
他の何万本もの線に紛れているのに、そこだけが濁って見えていた。
――――――――――――――――――――
外部干渉ライン:3本目特定
役割:外部ダンジョン接続
処理:切断推奨
――――――――――――――――――――
俺は迷わず、切断を実行した。
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外部干渉線
青白線:切断完了
赤色線:切断完了
赤黒線:切断完了
外部干渉:全切断
最終処理:リブート実行
――――――――――――――――――――
「3本目、解除した!」
桐野が、ほんの一瞬だけこちらを向いた。
その瞬間だった。
無精髭男の全身が、びくんと跳ねる。
血の糸が何本も切れた。
「っ、舐めんな……っすよ」
無精髭男が、最後の力で拘束を引きちぎった。
そして足元に落ちていた短い鉄杭を拾う。
さっき桐野の魔弾で弾かれ、床に転がっていた無精髭男の武器だった。
俺はリブートスイッチへ手を伸ばしていた。
――――――――――――――――――――
手動制御パネル コア再起動
外部干渉:全切断
現在状態:暴走残滓あり
入力方法:リブートスイッチ押下
備考:再起動完了でコアを初期状態へ復帰
――――――――――――――――――――
無精髭男の腕が振られた。
リブートスイッチを押す瞬間、視界の外に僅かだが異物が目に映った。
俺はそっちに意識を向けた。
(刃物? いやあいつの武器かっ)
鉄杭が、真っすぐ俺の胸へ飛んでくる。
避けられない。
手を引けば、リブートが遅れる。
手を伸ばせば、鉄杭が刺さる。
究極なまでに引き延ばされた時間の中で、俺の指がリブートスイッチに触れようとした。
そして同時に目を瞑った。
鈍い音がした。
固い物が砕け散るような、そんな音。
一方の俺の指には何も感触が伝わっていなかった。
押せなかった。
ほんの少しだった。
ほんの少しだったのに。
「…………ん? あれ?」
痛みや何ら感触がないことに気付いた俺は、目を開けた。
そこに飛び込んて来た光景は思いもよらぬ結末だった。
「……あ、あ……あ」
桐野が俺の目の前に立っていた。
桐野があの無精髭男との間に入っていたのだ。
無精髭男の方へ背中を向け、そして俺と目が合った。
「……絶対に、守るって…いった…じゃん」
その言葉と同時に桐野は俺にもたれかかった。
背中に視線を移すと、深々と心臓の位置に杭が刺さっていた。
「桐野さん!」
だが、俺の手首を押さえつけるみたいに、細い指が重なった。
「……押して」
声は、かすれていた。
「……最…後まで……ね」
俺は叫びそうになりそうな声を噛み殺し、指に力を込めた。
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コア再起動:実行
外部干渉ライン:全除去
ダンジョンコア:正常化
アンデッド属性:剥離
暴走状態:沈静化
備考:再起動により全てのシークエンスを停止。
それに伴いダンジョン化を始め全ての機能を停止状態に移行。
――――――――――――――――――――
ダンジョンコアが、青白い光を放った。
ダン博会場の夜空に広がっていた黒い筋が、煙みたいにほどける。
フレーム全体が一度だけ低く軋む音が鳴り、足元の振動が消え、そして遠くからアンデッドグランドドラゴンの咆哮が響き渡った。
ほどなく桐野の体から、力が完全に抜ける。
手がだらんと下がり、重くのしかかった。
俺はその事実を受け止められなかった。
そんな俺に対して、シオが声なき声で鳴いたような気がした。
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