オープンワールド型ダンジョン②
1970年代の半ば、アメリカ合衆国ニューヨーク。
ブルックリン橋の主塔付近に、ダンジョンコアが突如として形成された。
なぜ発生したのかは、今もなお不明とされている。
当時の各国機関はダンジョンの研究を一定の水準まで進めていたが、ダンジョンとは地下に発生するものという常識が深く染みついていた。
空中に近い場所での異常を、ダンジョンと結びつけて捉える人間はこの時点で誰もいなかった。
人々が気付いた時には既にダンジョン化した後だった。
ブルックリン橋を中心に半径2キロ弱の領域がすでに異界化しており、地上を闊歩する魔物の姿が市民にさらされ、ニューヨーク市内は未曾有のパニックに陥った。
通常、ダンジョンコアは地下に発生し、その周辺を異界化することで初めてダンジョンを形成するが、外でコアが起動した場合、何もない空間がそのままダンジョンとして指定される。範囲環境だけが先にダンジョンとして確定し、内側に魔物が生存できる領域が生成される。
通常のダンジョンであれば、定められた範囲の外側で魔物は存在を保てない。
だがオープンワールド型は違った。
範囲指定の特性ゆえに、魔物は範囲を越えても生存できる。
これが異界化と呼ばれる現象であり、一度起きてしまえばダンジョンコアを再度停止しない限り、元には戻らない。
オープンワールド型には、もう1つ厄介な習性がある。
時間の経過とともに地上領域が拡大していき、それと並行して下層域にもう1つのダンジョンが形成され始めるという点だ。
地上と地下の双方にダンジョン領域を持ち、その奥にコアを守護するダンジョンボスが生まれる。
ブルックリン橋の事件は、たまたま現場が橋の上だったために地下ダンジョンの形成は免れた。
その代わり、ダンジョンボスが地上に居座り続けるという、最悪の事態が発生してしまう。
この時ダンジョンボスとして誕生したのが、後にグランドドラゴンと記録される個体である。
現在、スミソニアンダンジョン博物館に骨格標本として保存されているのは、この個体だ。
なお、ダンジョン万博のアメリカ館にあるのもこれだ。大きな手間をかけて目玉展示物として会期中は展示している。
世界で初めてオープンワールド型ダンジョンが形成されて、討伐までにS級探索者・S級クランの多くが命を落とした。
それほどまでに過酷な環境と強力なダンジョンボスが、ダンジョンコアの行く手を阻むその構図は、最終的な決着まで4年かかり、多くの人材、資材を費やす結果になった。
その4年というのはあまりに長く、ニューヨーク市は壊滅の一歩手前まで追い詰められていた。
後世、この一連の出来事はブルックリン大橋の悲劇と呼ばれる。
世界で初めてオープンワールド型ダンジョンの存在が公に認知された日でもあった。
現在では多くの教材に載るほどに有名な事件であり、今になってもなお、人々のダンジョンに対する危険度を表す指標でもある。
なお、悪用する者が必ず現れるという懸念から、ダンジョンコアの存在は今もなお、各国上層部以外には秘されている。
オープンワールド型を引き起こすための条件、その手順、再現の難度。
それらは、世界で数えるほどの人間しか知らない。
◇
屋上のルーフトップバーから俺は、明らかに日常にはいない造形物に目を奪われていた。
米国館の屋根を破って立ち上がった巨体が、夜空の中に黒く輪郭を残している。
全長は、米国館の標本以上の大きさを誇り、優に30mを超える、見上げるしかない大きさに成長していた。
落ちくぼんだ眼窩の奥に、赤い色の光が薄く点った。
異様に目立つの目をもったあの化け物に対して、鑑定スキルが自動で焦点を合わせる。
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対象:アンデッド・グランドドラゴン
(スミソニアン所蔵・1970年代ブルックリン橋事件の個体)
種別:ダンジョンボス(オープンワールド型・コア守護個体)
現在状態:中途蘇生(骨格の上を腐肉で覆った状態・復元率は6割前後)
属性:腐属性(外部付与/本来種は雷属性)
規模:全長30m級・戦闘評価S級相当
備考:龍脈からの魔力供給がリングによって部分遮断されており、完全蘇生に至らず。
コア守護本能で行動・ブレスは腐属性瘴気・生物に対し特効有。
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さっきまでの妨害はなく、一発で鑑定が通った。
ただ、種としての格が高いのか、情報量が尋常ではなく、これまで感じたことのない量の情報が一気に脳に流し込まれていく。こんな感覚は初めてで、目を何回も瞬いた。
鑑定結果を見て、ブルックリン大橋の悲劇が強制的に俺の頭に描きだされる。
探索者登録の研修で、必ず触れる事例だ。
ダンジョン災害のその代表例として全員が叩き込まれる。
そして俺は今ここで何が行われていたのか察してしまった。
オープンワールド型ダンジョンがまさに今、ここに顕現しようとしている。
異界化という言葉は知っていはいたが、まさかこの身で体験するとは思ってもいなかった。
明らかに俺がいた世界とは違う違和感。
得も知れぬ恐怖だけが、俺の五感全てに叩き込んでくるようなこの感覚。
そんな俺にはお構いなく、ドラゴンの体は急激に成長を遂げていく。
だが、映像資料でみたドラゴンとは違って様相が大きく異なっていた。
一見するとゾンビ化していると思ってしまうような腐肉が、骨を中心に繋がれていき、何かが異物が混ざった皮膜を中途半端に形成していた。
翼の膜は破れたまま広がっており、肉体の復元が中途半端で止まっている。
俺の鑑定スキルも中途蘇生と表示されており、個体名も頭にアンデッドが付けられていることからアンデッド化で止まっているのは間違いないだろう。
アンデッド化までで食い止めたのはリングのおかげだ。
リングの防衛機構が、夢洲の下を流れる龍脈からコア側への魔力供給を部分的に遮断している。
完全な蘇生に届かず、アンデッドの形で固定された。
その代わりにと言わんばかりに、本来は持ち得なかったはずの腐属性が外側から付与されている。
◇
桐野が、スマホを握る手を強く動かした。
画面を素早くタップして、耳に当てる。
「いまダン博にきているんだけどマジでヤバいことが…」
俺が振り返ると、桐野はすでに通話相手と短く言葉を交わしていた。
「うちの大阪支部、現場急行で。位置はダン博中央リング、対象アンデッドドラゴン1体、コア起動確認」
ふた言で報告を済ませて、通話を切る。
一方の俺はこの状況を外部に伝えるべく、配信機材を立ち上げた。
電波はまだ生きてるかな、そう思うも無事配信がネットワークに接続し、起動する。
画面の右下に、配信中、の文字が小さく出る。
「お疲れさまです! いま緊急で動画回してるんですけど!」
数秒も待たずに、コメント欄が一気に動き始めた。
流れる速度が、ふだんの数倍になっている。
『夜のダン博だ』
『真壁さんなに焦ってるんだ?』
『ダン博のリング映ってる』
『なんか変なの映ってるぞ。なにあれ?』
『無敵のレオっぽいオープニング』
映し出す映像に違和感を持つ視聴者たちが、いつものトーンでは返せない速度で、コメントを流していく。
「何から話していいのかわからないんですが、ダン博会場がダンジョン化しました」
真壁「いま緊急で動画回しているんですけど、人生に絶望したので、ダン博に行きます!」




