俺とシオはどうやらレベルアップしていたようです
中層の入口区画を抜けてから、俺たちは探索配信を続けていた。
通路の作りが品川側と違った。
壁際の棚の列が途切れ、短い通路と小部屋が入り混じった構造になっている。
人の管理が行き届いていない場所が増えた。
移動中の並びは自然に決まっていた。
先頭は榊のクランメンバー、榊が中間、俺が最後尾だ。
最初の魔物が現れたのは、30分ほど進んだところだった。
クランメンバーが前に出て対処する。
俺は後ろの壁際に寄って様子を見ていた。10秒もたたずに片付く。
「中層の前半はこのくらいのペースで出てきます」と榊が配信に向けて言う。
コメントが流れた。
『回収屋中層でどうするの』
『戦わないの?』
『後ろで鑑定してるの地味に仕事してる』
それからも遭遇が続いた。
俺は常に最後尾を保つ。
シオは肩口にいて、戦闘のたびに少し身を縮めたが、離れようとはしなかった。
中層に入ってから6時間が経つ。
「そろそろ上がりにしますか」
帰りに同じ道を戻ることを考えると、引き返す頃合いだった。
「上がりましょう」
「視聴者の方が3万人超えてます」と榊が端末を確認した。
「6時間の配信は珍しいですよ」
コメントが少し流れた。
『6時間本当にいた』
『帰りも確認してる』
『中層これだけ見れる配信はなかなかない』
俺は返事をせずに来た道を戻り始めた。
◇
帰り道は行きより早かった。
区画の接続部をいくつか抜け、通路が少し広くなったあたりで、前方に光源が集まっており、そこには人が多く滞留していた。
近づくと、20人前後の集団だった。
全員が同じクランマークの装備を着けている。
《天城フロンティア》の文字だ。
国内最大手の総合型クランで、中層以深への搬送運用班を別に持っていると聞いたことがある。装備が統一されていて、搬送と護衛を組み合わせた規模だった。
隊全体が動きを止めていた。
壁際に男が1人、座って頭を下げていた。
周囲の数人が立ったまま小声で話し合っている。
立てない様子だった。
「何かありましたか」と榊が近くの隊員に声をかけた。
「確認中です。端を通っていただければ」と若い女が答える。
それ以上の反応はなかった。
20人の隊が足止めされているなら、部外者に構う余裕はなかった。
隊の端では、2人が端末を開いて何かを照合している。
別の1人は男のそばにしゃがみ込み、しばらくして首を横に振った。
原因はまだ特定できていないらしい。
通路の端を歩いた。そのまま通り過ぎようとしたとき、男の方に目がいった。
物に鑑定をかけるときの感触と同じだ。
情報が流れ込んでくる直前の、薄い引っかかり。
人間に向けると、いつもなら壁にぶつかって戻ってくる。
今はその壁がない。あっさりと、そのまま通り抜けた。
【鑑定】が通っている。意図して使ったわけではない。
シオが肩口で動いた。男の方向に体を傾け、いまにも降りそうな気配がある。
そしてすぐに結果が返ってきた。
――――――――――――――――――――
対象:人体(術式干渉状態)
状態:呪詛付着・軽度
危険度:中(放置で進行)
発生源:術式残滓との接触
備考:現在は表層干渉。時間経過で深部へ浸透する
――――――――――――――――――――
足が止まった。
「呪いが付いています。この区画にある術式残滓に触れたときのものだと思います。今は表層にとどまっていますが、放置すると進行します」
「……治癒師の方ですか」と横に立っていた男が聞いてくる。
「違います。鑑定士です」
男が少し間を置いた。
「……鑑定士が、人相手に使えるんですか?」
「物に対して使うのと同じ仕組みで動きます。ただ人間に向けた経験がほとんどないので、詳細な診断は難しいですが」
男はすぐには答えなかった。
代わりに、後ろの方で別の隊員が口を開く。
「呪いを見分けられる鑑定士がいると聞いたことはありますが…」
その言葉に、隣にいた隊員が短く頷いた。
「世界に数人いるか、という話だ。一般的な鑑定スキルで出てくる能力じゃない」
「そのことは俺には分かりません。ただ自分の鑑定には出ています」
その返しで会話が止まった。
誰も次の言葉を出さなかった。
「……榊さんですか」
後ろから声がした。
30代前半の女が、榊の方を見ている。
「はい」
「配信、見てます。ということは」
と女が俺を向いた。
「回収屋さんですか」
榊が「そうです」と返した。
女は隊の奥の大柄な男に何か伝えた。
大柄な男が前の方の人間に声をかけて、腕を組んでいた男が俺の方を向いた。
◇
「西園寺です。現場を任されています」
男が組んでいた腕を解いて、こちらに向き直った。
「除ける方法はありますか」
「自分にはできません」
そう返してから、少しだけ間を置く。
「ただ」
シオを見た。
シオは肩口にいたまま、俺の方を向く。
殻がわずかに光っている。
呪詛のことを分かっているような、何か言いたげな目をしていた。
「うちの子が、何かできるかもしれません」
誰も声を出さなかった。
「シオ、できるか」
シオが殻を一度上下に動かす。頷くような動きだった。
肩口から離れて、シオが男の足元に向かう。殻がゆっくりと光を帯びはじめた。
周囲が静かになる。
光が強くなった瞬間、男の肩口から黒い淀みが滲み出るのが見えた。
薄く、煙のように広がっては、すぐに散る。
シオの殻から波が一度広がって、それを包むように消し止めた。
「……聖属性か」と後ろで誰かがつぶやく。
「テイム魔物で聖属性って」「小型で、あのサイズで」「浄化できるのか」という声が重なる。
隊員の何人かが一歩後ろに引く。端末を出しかけた誰かが、その手を止めた。
男に【鑑定】を向け直すと、術式干渉の項目はきれいに落ちている。
◇
シオが俺の方に戻ってきた。
殻の光はもう収まっていて、いつもの小さな殻に戻っている。
拾い上げて肩口に乗せると、定位置にちょこんと落ち着いた。
榊がカメラを一度下に向けた。
それから俺を向いたが、何も言わなかった。
コメントが流れた。
『シオさん……』
『回収屋の相棒が人助けてる』
『呪詛払いって専門のスキル無いと普通できないやつじゃないの』
『6時間の配信でこれ見れるとは』
西園寺が俺の方を向いた。
「名前、聞いていいですか」
「…真壁です」
「ソロですか」と西園寺が続けた。
「はい」
「ありがとうございました。何かお礼を」
「結構です」
「そういうわけにも」
「通りかかっただけなので」
榊が横から口を挟んだ。
「あの、一応お伝えしておきますが、今ずっと配信中でして。この場面も映ってます」
西園寺がカメラを一度見た。
「……かまいません」
少し間がある。
頭を下げる前に、もう一度だけ俺の肩口を見た。
隊が動きはじめる。
2人に支えられた男が立ち上がって前へ歩き出し、後ろの隊員がそれに続いた。
榊がカメラを正面に戻す。
「今日の中層コラボ、ここで終了としたいと思います。…回収屋さん、お疲れ様でした」
コメントの流れが一段速くなって、しばらく止まらない。
肩口でシオが、小さく殻を揺らした。
遠ざかる隊の中で、西園寺が一度だけこちらを振り返ったように見えた。
その視線がどこに向いていたかは、わからない。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




