誰も見てなくていい。俺は俺の配信を始める
榊からのメッセージは、まだ既読のままにしてある。
「例の件、返事はいつでも」
一文だけ。急かさない書き方が、うまいと思う。
こうされると、考えれば考えるほど向こうの話に乗りたくなる。
返事をしないでいると申し訳なくなってくる。
人を動かすのが上手い人間の、ちょっとした技術だった。
だが、俺は今朝からずっと考えていて、結論にたどり着いていた。
乗らない、というのが正確な言い方かもしれない。
榊が信用できないとか、そういうことじゃない。
ただ、他人のチャンネルに出て、他人の企画の一部になるのは――なんとなく、会社員だった頃と同じ構図な気がした。
上の方針で動いて、成果は会社のものになって、いらなくなったら切られる。そういう話じゃなくても、俺の感覚がそう言っている。
「じゃあ、自分でやればいいじゃないか」
声に出すと、思ったよりあっさりした結論になった。
自分で配信する。顔は出さない。
フードを被ったまま、ダンジョンで鑑定して、面白いものが出たら喋る。
どうせ最初は誰も見ない。見なければ失うものもない。
思い立ったら動く性分は、こういうときだけは便利だった。
◇
準備は午後のうちに済ませた。
コンビニの帰りに百均へ寄って、スマホスタンドと小型三脚を買う。合計で五百円ちょっと。
高い機材を揃えようとしたらキリがないが、まず試してから考えればいい。
どうせダンジョン内は暗いし、画質の差なんて誤差だ。
配信プラットフォームは「ダンジョンTube」にした。
ダンジョン系に特化していて、規約も収益化の条件も他より現実的だ。
榊が使っているのもここだったと思う。
アカウント名は少し迷った。
かっこいい名前は絶対につけたくなかった。
探索者の配信者には「闇を斬る男」とか「覇王の鑑定眼」とか、そういう名前が多い。
俺には似合わないし、似合わせる気もない。
結局、「回収屋」にした。
深夜ダンジョンで廃品を拾っている。
それは本当のことだ。
見栄を張っても仕方ないし、目立つ名前より実態に近い方が後々楽だという計算もある。
◇
深夜0時を少し過ぎたころ、品川第七ふ頭ダンジョンの搬入口前に立っていた。
今日は回収スタッフのバイトではなく、個人の探索者資格で入る。
低層は資格さえあれば誰でも入れる区画だ。危険度が低い代わりに、自己責任の部分も多い。
スマホをジャケットの胸ポケットに収め、レンズだけ外へ向ける。
三脚は使わないことにした。固定するとアングルが固まりすぎる。
フードを深く引っ張って、顔が映り込まないことを確認してから、配信ボタンを押した。
タイトルは『深夜ダンジョン回収屋、鑑定しながら拾ってく』
視聴者数:0。
「……まあ、そうだよな」
誰も来ない前提で始めればいい。
声に出すのが少し恥ずかしいが、聞いてる人間がいないなら関係ない。
「えー……回収屋です。今から深夜ダンジョンに入ります。廃品を拾いながら、鑑定スキルで値段を調べていきます。地味な配信ですが、よかったら」
言い終えて、搬入口をくぐった。
◇
中に入ると、ダンジョン特有の冷たい空気が体を包む。
石の匂い。人工照明の白い光。モンスターの気配はない、今日も低層は静かだ。
視聴者数はまだ1。
たぶんボットか、別端末で開いた自分のアカウントだろう。気にしないことにした。
まず目についたのは、通路の端に転がっていた砕けた魔石の塊だった。
大人の握りこぶしより少し大きい。
見た目は灰色に濁って、完全に死んでいるように見える。
普通の回収班なら処分行きにするやつだ。
「これ、昨日も誰かが放置してたやつですかね。まあ、一応見てみます」
【鑑定】を向ける。
――――――――――――――――――――
魔力石英塊(劣化)
現在価値:低
備考:内部に未劣化の核が残存
再利用:粉砕・精製工程を経れば中級魔石素材として使用可能
推奨市場:精製業者向け / 通常買い取りより30〜50%増額見込み
――――――――――――――――――――
「……あ、これ、内側が生きてます」
思わず声が浮いた。
「見た目が完全にアウトなんですけど、鑑定すると中の核がまだ使えるって出てます。精製業者に持ち込めば通常の買い取りより三割から五割は上乗せになるらしい」
コメントが来た。
『え、それ本当に?』
視聴者が2人になっていた。いつの間にか来ていたらしい。
「本当です。鑑定スキルって地味で使い道が薄いって言われてるんですけど、こういうときに役に立ちます。見た目で判断されて捨てられているものの中身を確認できるので」
『すごい使い方だ』
『魔力石英って品質によっては結構するよな』
視聴者数が3人になり、5人になり、じわじわと増えていく。
◇
三十分が経つころには、12人が画面の前にいた。
たった12人だが、全員がコメントを打っている。
俺はひとつひとつのアイテムを拾い上げながら、鑑定結果を読み上げていた。
面白いものが出ると声が弾む。地味なものが出たときは正直に言う。
「これはただのゴミですね。鑑定したけど価値ゼロです。捨てます」
『正直で草』
『普通の配信者なら何とか盛るのに』
『それがいい』
そうか、盛らないことが面白いのか。
正直に言うほど、コメントが返ってくる。
その感触が面白くて、気がつけば俺も少しずつ喋る量が増えていた。
そして今夜の本番は、配信を始めてから四十分ほど経ったときに来た。
通路の隅、他の回収物に半分埋まるようにして、くすんだ色の布袋が落ちていた。
サイズは握りこぶし二つ分ほど。口がねじれて閉じている。どこから見てもただの古い袋だ。
何気なく拾い上げて、【鑑定】を向ける。
――――――――――――――――――――
魔封袋(使用済み)
現在価値:低
希少度:B
備考:内部の魔力遮断構造は健在
用途:魔導品の保管・輸送、または魔力漏れ防止ケースとして再利用可
推奨市場:魔導品専門店、買い取り相場5万〜8万円程度
――――――――――――――――――――
「……これ」
声が、少し止まった。
「使用済みの、魔封袋って出てます。中身は当然もう空っぽで、見た目はただのくたびれた布袋なんですけど……袋そのものの構造がまだ生きてるみたいで。魔導品専門店に持ち込めば五万から八万で買い取ってもらえるって出てます」
コメント欄が、一気に流れ始めた。
『嘘でしょ』
『その袋が!?!?』
『ただの布袋じゃん見た目』
『鑑定こわい』
『これが回収屋の目か……』
視聴者数が、いつの間にか38人になっていた。
「……ちょっと待ってください、数が増えてる」
思わず口に出てしまった。
『今気づいたのかよ笑』
『ずっと見てたよ』
『面白すぎてここを離れられなかった』
38人。小さな数字だ。
三十分前はゼロだったのに、気づいたら38人がいた。
俺は布袋をそっとポケットに入れて、画面に向かって言った。
「……今日、初めて配信やってみたんですけど、続けてみます」
言い終えると、コメントが一斉に流れてきた。
『待ってた』
『絶対続けて』
『チャンネル登録した』
『これ絶対伸びるわ』
配信を閉じて、暗いダンジョンの通路に一人で立った。
視聴者38人。登録24人。配信時間、一時間ちょうど。
会社員をやっていた数年間では、一度も感じたことのない手応えがあった。
言葉にするのが難しいが評価されたというより、ちゃんと届いた、という感覚に近い。
搬入口へ向かって歩き出したところで、スマホが震えた。
榊からだった。
『……もしかして今日、自分で配信始めた?』
俺は少しだけ笑って、返信した。
「始めました」
送信して、スマホをしまう。
今夜の魔封袋は明日査定に出す。五万なら五万でいい。それより今は、次の配信のことを考えていた。
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