封印保管庫の中身
昨夜、鷹坂とのスケジュール調整があれから進んで、本日の午前中に伺うことに決まった。
依頼の中身は前夜のメッセージで一通り聞いていた。
《灰鉄の牙》が回収した旧式の封印保管庫が複数あって、外見だけでは中身の見分けがつかないらしい。
開け方を誤ると内部が傷む構造で、クラン側だけでは判断がつかないということだった。
翌朝、携行ケースに保護幼体を入れて腰に取り付けた。
蓋の隙間から覗く殻の光は薄く、底に沈んだまま身じろぎ一つしない。
出発の支度をする間も、いつもと変わらない様子だった。
◇
《灰鉄の牙》の資材保管スペースは、クランが独自に契約している倉庫の地下1階奥にある区画で、ダンジョン施設の付帯設備ではなかった。
古い型の封印扉を鷹坂が先に開けて待っていた。
神崎がその後ろに立っている。
「お疲れさまです。早くから来てもらってすみません」
「いえ、ちょうど時間が取れたので」
神崎にも軽く頭を下げると、向こうも会釈で返してきた。
前回の依頼以来だが、距離感は変わっていない。
「中、少し冷えますが」
鷹坂が言いながら扉を押さえた。
「大丈夫です」
区画の中に入ると、空気がひんやりしていた。
封印物を保管するためか、湿度が抑えられている感じがある。
「あそこが今回の分です」
区画の奥に、箱が5つ並んでいた。
縦30センチほどの金属製で、それぞれ表面に封印処理の跡がある。
古びた術式札の残骸が側面に張りついているものもあり、外見はどれも同じような古さに見えた。
「回収してからどれくらいですか」
「2週間前です。触ろうとしたら神崎が止めて。下手に開けて中身を壊す可能性があると言うので、そのまま置いてありました」
真壁は5つの箱を順に見た。
鑑定を向ける前に、まず目だけで確認する。
サイズはほぼ同じで材質も同系統に見え、封印処理の残骸は全体にある。
5つ全部が本命の可能性もあり、見た目だけでは何も分からなかった。
◇
腰の携行ケースから、硬いものが微かに触れるような短い音が聞こえてきた。
今まで身じろぎ一つしなかった保護幼体が動いている。
ケースの中で位置を変えたのか、腰に伝わる重心がわずかにずれた感覚もあった。
蓋の隙間に目を落とすと、青灰色の殻の内側で薄い光が揺れている。
出発前まではほとんど消えかけていた光だったが、昨日の室内実験で確認したのと同じ反応見せていた。
「同行させているものを出していいですか。今日の依頼に役立つかもしれないので」
鷹坂が一瞬目を見開いてから、ゆっくり頷いた。
「もしかして、ダンジョン由来の生体ですか。最近ですが、変わったテイマーがいるという話だけはうちにも届いていましたが、真壁さんだったとは」
「そうです。最近、管理局の許可を取って預かっている保護対象で。種別は潮晶殻獣の幼体です。封印系のものに反応する習性があるみたいで、今日はそれを当てにして連れてきました」
「…なるほど。どうぞ」
鷹坂が半歩下がって場所を空けた。
神崎も無言で位置をずらした。
ケースを開くと保護幼体がおり、鷹坂が少し身を屈めて覗き込む。
「……実際に目にするのは初めてで」
神崎は遠目から見るだけで、何も言わなかった。
保護幼体を両手に乗せると、殻の内側の光が一段だけ強くなった。
頭が5つの箱のうち右端へ向き、そのまま静止した。
「何かに反応してますね」
鷹坂が小声で言いながら、右端の箱を見た。
「封印系のものに反応するみたいです」
真壁は右端の箱の前に立ち、保護幼体を片腕に乗せたまま【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
旧式封印保管庫(主箱)
希少度:B+
状態:封印維持(有効)
内容:封印保存済み高純度触媒片×4・術式核(小)×1
推定価値:22万〜31万円(開封状態による)
開封条件:左端補助箱内の連動封印タグ処理→主箱上面術式タグ除去→正面ロック解除の順。
順序を誤ると内部保存素材に熱損傷が発生する
備考:補助箱4つの主封印は消失済み。だが左端補助箱のみ主箱と連動した封印タグが内部に残存しており処理が必要。
右から2番目は封印残滓が不安定。主箱の開封前に区画端へ移動させることを推奨
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「封印がまだ生きているのは右端の主箱だけです。補助箱4つのうち右から2番目は残滓が不安定なので、先に端へ移動させてください。残り2つは反応がないので、そのままで問題ないです」
神崎が右から2番目の箱を抱えて区画の端へ運んだ。
中央寄りの2つには触れず、そのままにしてある。
次に左端の補助箱を確認した。
鑑定を向けると、内側の封印タグが主箱と連動していることが分かった。
ここを先に処理しなければならない。
「こちらから開けます」
左端の補助箱の側面に指先をかけて蓋を外した。
内側に封印タグが2枚、蓋の裏に貼り付けられているのが見えた。
正しい順序で1枚ずつ剥がすと、乾いた音がして内部の術式が切れた。
次に主箱の上面を確認した。
術式タグが1枚、中央よりやや左に貼られている。
端から押さえ、ゆっくり剥がした。
最後に正面のロックを押すと、3回目で蓋が浮いた。
中身が見える。
高純度の触媒片が4つ、それぞれ別の保存容器に入っている。
術式核は親指の先ほどの透明な石で、劣化の痕跡がない。
個別に鑑定すると、合計で22万〜31万円のレンジが出た。
開封の状態次第でここまで幅があるが、今回は手順通りに開けたので、上限に近い値が期待できる。
「中身が無事です。22万から31万の間、手順通りに開けたので上限寄りになると思います」
◇
神崎が箱の中身を確認した。
「開けて壊すところだったな。こういうの、もう回収屋っていうより真壁鑑定士に見てもらう案件だな」
「最初にうちへ来てもらったとき、護符1点の査定でしたよね」
「少しは鑑定士らしくなってきましたか」
「少なくとも回収屋ではないですよ」
笑みを浮かべながら神崎は確認書を取り出し、署名と日付を確認してもらった。
引き渡しが終わって区画を出る前に、鷹坂が少し声を落として言った。
「実は以前から保留にしている術式保存板があって。別の鑑定士に見せたんですが、危ないからと止まったままで。真壁さんに見てもらえますか」
「分かりました。先に資料を送ってもらえますか。状態を確認してから日程を相談したいので」
「助かります。今日中にまとめて送ります」
頷いて、神崎が確認書をファイルに収めるのを待った。
別の鑑定士で止まったという話が、少しだけ頭に残っていた。
何を見て危ないと判断したのか、文面では分からない。
その後、諸々の手続きを終え、軽く会釈をして区画を出た。
◇
帰り際に携行ケースを見みると、保護幼体はまた静かにしていた。
これまで複数回、封印系のものに向けて同じ種類の反応を示した。
今回はその反応が仕事の判断に直接つながった。
保護幼体がいなければ見落としたとは言わない。
ただし、判断に時間はかかったかもしれない。
次も封印絡みが来るなら、また連れていこうかと思う。
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